大失敗する坂口、そして和解する女2人目指せ!シスアドの達人−番外編(3)(1/2 ページ)

前回、松嶋に「本当にマニュアルは必要なの?」と問われ、マニュアル作り以外にもIT活用を促す方法があることに気付いた坂口。その結果、「まず一度使ってみる」というハードルを超えるために、ごく短時間での操作教育を行おうと考えた。また、テストの重要さを教えられた坂口は、早速谷田にテストを頼んだのだが……。

» 2006年09月27日 12時00分 公開
[石黒由紀(シスアド達人倶楽部),@IT]

坂口のマニュアルは失敗作!! 誤解を恥じる谷田

 坂口にマニュアルを渡されてテストを頼まれた谷田だが、張り切って望んだテストの開始早々、操作が分からなくなり、困ってしまう。

谷田 (どうしよう………坂口さんには『1人でも大丈夫です。安心して行ってきてください!』なんていっちゃったのに。私ったら、何の役にも立たないじゃない……)

 坂口から渡されたマニュアルを手に、谷田は途方に暮れていた。いまにも泣きそうな思いをこらえていたところに、声を掛けた人物がいる。

松嶋 「すみません。こちら、営業一課ですよね? 松嶋といいますが、坂口さんはいらっしゃいますか?」

 はっと目を向けると、見覚えのある女性が立っていた。少し前に、坂口と一緒に食事をしていた女性だ。谷田は急いで坂口は社外の打ち合わせに出ていることを告げた。

谷田 「今日は戻るかどうか分かりません。何かご用でしょうか」

 松嶋に相談していた坂口のうれしそうな顔を思い出して、ついとげとげしい声が出てしまい、谷田はますます落ち込んでしまう。うつむく谷田の手にあったマニュアルに、松嶋が目を留めた。

松嶋 「ひょっとして、それは坂口さんが書いたマニュアルじゃない?」

谷田 「え? ええ、そうですけど……、ご存じなんですか?」

 松嶋は、いままでのことを、かいつまんで説明した。坂口は自信がありそうだったが、やはり初心者だ。様子を見ようと、手の空いた時間に訪ねてきたのだという。

 落ち着いた声で説明する松嶋の笑顔を見ているうちに、谷田は、だんだんと自分の気持ちがほぐれてくるのを感じた。

谷田 (仕事の相談だったんだ。私ったら、考え過ぎちゃってばかみたい……。さっきは失礼な態度を取っちゃったけど、気にしていらっしゃらないかしら)

 2人の関係が気にならなくもないが、先ほどの態度を謝り、実は困っているのだと相談してみると、松嶋は協力を申し出てくれた。心細い思いをしていた谷田がほっとしてマニュアルを渡すと、松嶋はそれに目を通し、次のような解説を始めた。

 坂口のマニュアルは、『○○を○○し、し、□□を□□します。』のように、いくつかの操作を1文で説明している個所が目に付く。坂口としては、文章をまとめて少なく見せることで、読み手の圧迫感を減らそうと考えたのだろう。しかし、複数の情報を1文にまとめると、分かりにくくなってしまうので、これでは逆効果だ。

 そのうえ、今回のケースでは、1つの文中で説明される操作と操作の間で、画面が変わったり、メッセージが表示されたりする。画面の変化やメッセージの表示は、操作の結果に当たるが、これが省略されたまま、操作の説明が続けられているので、読み手は混乱してしまうだろう。また、“こうなればOK”という正しい結果が省略されているということは、読み手は、自分の操作が正しかったことの確認ができないということだ。もし間違っても、気付かずにそのまま操作を続けてしまう。谷田も、どこかで操作を誤ったまま、進めてしまったのではないだろうか。

谷田 「そういうことだったんですね。理由が分かって、ちょっと安心しました」

松嶋 「坂口さんの狙いは分かるけど、これじゃ難しいわよね。教えてあげてもいいんだけど、坂口さん自身で、この欠点に気付いてくれるといいわね」

 松嶋は、坂口から連絡があったら、戻って操作を見てもらうのではなく、電話口から操作説明をしてもらうように、谷田にアドバイスした。画面が見えない状態で、言葉だけで説明する状況は、マニュアルを使って操作説明するのと、よく似ている。こうしてみれば、自分で欠点に気付くのではないかと考えたのだ。

松嶋 「狙いは良かったんだけど、書き方はまだまだかなぁ。それにしても、1文は短くする、とか、1文では1つのことを説明する、なんてことは、初級シスアドの参考書にも書いてあると思うのに、坂口さんたら、忘れちゃったのかな?」

谷田 「松嶋さんは、初級シスアドを持っているんですか?」

松嶋 「ええ。子どもが保育園のころに取ったから、もう随分前になるわ」

谷田 「ええっ!? 松嶋さん、お子さんがいらっしゃるんですか!?」

 聞けば、松嶋には小学校4年生の娘がいるのだという。若々しい松嶋には、とてもそんな大きい子どもがいるようには見えない。プライベートな話を聞いて打ち解けた気持ちになったのか、坂口をめぐってのライバルにはならないことに安心したのか、谷田は、以前から気になっていたことを聞いてみた。

谷田 「やはり、子育てと仕事の両立って、大変なんですよね?」

 松嶋は、表情を改めた。

松嶋 「そうね、大変なことも多いわね……。4、5年前になるかしら。新入社員研修で、すごく忙しかった時期にね、朝会社へ行こうというときに、娘から手紙を渡されたの。急いでいたから、そのまま家を出て、会社に着いてから手紙を開けてみたのね」

谷田 「何て書いてあったんですか?」

松嶋 「たどたどしい字で、『まま かいしゃやめてください』って」

谷田 「!! そんな……」

松嶋 「泣いたわよー。会社のトイレでこっそりね」

 その日はとにかく大急ぎで帰ったの、と明るく笑ってみせる松嶋には、悲壮感は見えない。しかし、当時はさぞかしつらい思いをしたのではないだろうか。そうまでして、なぜ仕事を続けているのだろう。

松嶋 「この間、そのときのことを子どもに話したらね、すっかり忘れてるの。私、そんな手紙書いたっけ? なんていわれちゃって。ひどいでしょ、すごくショックだったのに。でも、そんなものかもね。子どもはどんどん成長するから、私も前へ進んでいかないと、すぐに追い越されちゃう。娘が大きくなってからも、1人の大人として尊敬してもらえる人間でいたいから、仕事も頑張ろうという気持ちになるのかもしれない……。いまは、娘も応援してくれているしね」

 そして、「でも、もし次に手紙をもらうようなことがあったら、その場で開けて読むぐらいの余裕を作っておかないと、今度こそ子どもにあきれられちゃうかも」と、いいながら松嶋は笑った。

谷田 「それにしても、仕事と家のことに加えて、資格取得の勉強もするのは大変だったんではないですか?」

松嶋 「うん、大変。だけど、できない理由を探していたらキリがないでしょう? 子どもが思春期に入れば、小さいころとは違う心配も出てくるし、いずれ親の介護の問題も出てくるでしょうし。思い立ったら、うまくチャンスを見つけて、まずはやってみないとね」

谷田 「そうかぁ……、子育てだけじゃなくて、いろいろあるんですね……」

松嶋 「ごめんね、夢のない話をしちゃって。でも、いきなり高いハードルを越えようとしなければ、結構いろいろできるものじゃないかな。目の前のことを、1つ1つ一生懸命やっていれば」

谷田 「目の前のこと?」

松嶋 「例えば、私が初級シスアドの勉強をしていたころは、ちょうど研修のアンケート結果を集計することが多かったの。表計算ソフトを使って、合計・平均・最大・最小を、関数を使って出すとか、グラフを活用するとか、実務に使えそうな部分を先に勉強して、それをなるべく仕事に使うようにしてみたの。こうすると、仕事の質を高めたり、知識を身に付けたりするのに役立つでしょ? 初級シスアドは出題範囲が広いけど、細切れの時間をうまく使えば、結構勉強できるしね」

谷田 「そういうことでいいんですか?」

松嶋 「そういうことの積み重ねが、そのうち自分の力になって返ってくると思うわよ」

 そういわれると、谷田には思い当たる節があった。先輩の松下は、仕事に対する知識の裏付けが豊富だし、飲み会にひっぱりだこの水元も、仕事を要領よくこなすからこそ、声が掛かればすぐに飛んでいけるのだ。

 2人とも勉強熱心で行動派だから、松嶋のいうやり方に近いものを実践しているのかもしれない。お手本は身近にいるのだ。

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