「わが社も内部統制に対応するぞ」と言われたら総務部門のためのIT解説 「内部統制」編

経営者自らが内部統制の重要性を認識し、常々社員に語り掛けること。それが、内部統制の出発点だ。

» 2007年07月05日 12時00分 公開
[小林秀雄,@IT]

(上場を目指しているベンチャー企業の社長と若手総務担当社員の会話)

「わが社も内部統制に対応するぞ。キミが事務局長になって内部統制を推進してほしいんだが」

「えっ!? その内部統制って何ですか?」

「それはだな。確か上場企業に義務付けられたんだ。当社も上場を考えているから対応する必要がある」

「で、内部統制って何なんですか?」

「……」

「そうだ! 義兄が経営コンサルタントをしているんです。内部統制について話を聞けないか、相談してみましょう」

「おっ、それいいね。頼んだよ」

なぜ、内部統制が現れたのか

 いま、多くの日本企業が対応に「追われて」いる大テーマが内部統制である。なぜ、内部統制をしなければならないのか。内部統制の旗を振っている経営者や実際の作業を任された担当者は、「金融商品取引法」が内部統制を求めているからだと答えるのではないだろうか。

 その答えは、「ほとんど」正しい。ほとんどと表現したのは、「金融商品取引法」以外にも内部統制に取り組むべき(あるいは、取り組んだ方がいい)理由があるからだが、まずは、金融商品取引法の目的と内部統制の関係をしっかり確認しておこう。大きな目的を忘れると、文書化といった作業の迷路から抜け出せなくなり、作業のための作業になりかねない。

 では、金融商品取引法の目的は何か。それは、健全な金融商品の取引を担保することだ。中でも、大きなターゲットは株式取引の公平性・透明性を保つことだ。その背景には、エンロンやワールドコムなど米国で不正な財務報告が行われたことがある。日本でも西武鉄道やカネボウの粉飾決算が市場の信認を揺るがした。

 投資家が株式取引をする際の重要な指標は企業の財務報告書(財務諸表)だ。結論からいうと、金融商品取引法の目的は、株式取引を公平・透明にすることだ。それが達成できるよう、企業の経営者に対して、財務報告にウソを書かないこと(財務報告の信頼性を確保すること)を求めている。そして、ウソを書かない(財務がらみで不正が起きない)仕組み=内部統制がありますよと経営者が宣言しなさい(「内部統制報告書」を作成して署名する)というのが金融商品取引法の目的であり、内部統制の役割である。

 金融商品取引法の対象は、当然、会社を公開している企業(上場企業)だが、将来、上場を計画している企業も内部統制構築に取り組んでおいた方がいい。早めに内部統制に取り組んでおけば、上場作業がスムーズに進むからだ。

内部統制には4つの目的がある

 だが実は、内部統制の目的は、財務報告の信頼性を確保することだけではない。実際、2007年2月15日に企業会計審議会から発表された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」と題する長い文書(以下、「実施基準」と略)では、内部統制の目的として次の4点を挙げている。

  1. 業務の有効性及び効率性
  2. 財務報告の信頼性
  3. 事業活動に関わる法令等の順守
  4. 資産の保全

 内部統制には以上の4つの目的があるのだが、金融商品取引法が直接の対象としている内部統制は(2)財務報告の信頼性である。だから、企業が最終的なアウトプットとして作成する「内部統制報告書」も「当社の財務報告は信頼に足る業務プロセスで作成しています」といえればいい。とはいえ、残りの3点を無視していいのではない。法令順守ができていない企業の財務報告が信頼に足るとはいえないし、業務が非効率なら売り上げや利益に対してマイナス要因として働く。資産を不当に廉価で売った場合も同じだ。残りの3点の内部統制は、間接的だが財務報告の信頼性にかかわっている。

 「実施基準」も、「財務報告は、組織の業務全体に係る財務情報を集約したものであり、組織の業務全体と密接不可分の関係にある」として、ほかの目的との関連性を理解して内部統制を整備・運用することが望まれると述べている。

 金融商品取引法が対象とする内部統制とは、財務報告の信頼性確保をコアの目的として、ほかの内部統制にも目を配り、かつほかの目的を含んで内部統制ができる仕組みを作ることだといえる。

 次に、内部統制でいったい何をするのかという、実行フェーズに話を進めたいところだが、もう少し、なぜ、内部統制が求められるのかにお付き合いいただきたい。

会社法が求める内部統制はコンプライアンス対応

 金融商品取引法のほかに、内部統制を求める法律がある。それは会社法である。会社法は、従来の商法や有限会社法を再編して会社のことをカバーする法律として2006年5月に施行された。会社法の範囲は広いのだが、そのうち、内部統制にかかわってくるのは経営者や取締役、監査役の「善管注意義務」という部分である。善管注意義務といわれてピンとくる人はほとんどいないだろう。要は、会社の経営に責任を持つものは自分が不正をしたり、社内に不正が起きないような仕組み(会社法施行規則は「職務の執行が法令・定款に適合する体制」と記述)を作りなさいということを指している。社内に不正が起きない仕組みは、法令に違反しない業務プロセスを構築することだ。今風にいえばコンプライアンス対応を指す。また、「業務の適正を確保する体制」も構築しなさいと書いている。これは内部統制のことを指している。

 金融商品取引法では、内部統制の直接の目的を財務報告の信頼性確保と定めているのだが、会社法の内部統制の範囲はもっと広いのである。何しろ、法令に違反しないようにすることと、適正に業務が遂行できるようにすることが取締役会には求められているからだ。これはリスク管理体制を構築しなさいということである。

 会社法の内部統制がメディアで取り上げられることはそれほど多くはないが、実際、会社法に対応すべく、内部統制の構築に取り組んでいる企業は多数存在している。企業活動にはさまざまなリスクがある。リスクに対する備えがある企業とない企業では競争力に差が生じる。リスク管理能力は経営力の要素といえる。内部統制を構築することは、経営力を強化することでもある。そこをゴールとすれば、内部統制の構築作業は「なぜするのか分からないけれど、しなければいけないのでしている」状態から抜け出せるはずだ。

リスク管理を超えて〜業務プロセスの効率化という果実も手に入る

 会社法に関連して、「内部統制はリスクを管理すること」、そして「それが経営力の強化になる」と述べたが、金融商品取引法に対応する内部統制の構築も経営力を強化する側面を持っている。

 大塚商会で企業に対する内部統制構築の支援を行っている技術本部コンサル推進グループの向川博英部長は次のように述べる。

 「内部統制は、組織目標を達成するための経営管理ツールだ。財務報告の信頼性を高めるために実施することで業務の効率性を実現できることがたくさんある」

 内部統制に対応することはすなわち、業務の効率を向上させることになるのだ。例えば、商品の誤配が多い企業があったとしよう。商品の誤配は売り上げ訂正をもたらし、財務報告に影響する。法律順守という立場からは誤配が生じない業務プロセスを構築することが求められることになる。新しい業務プロセスを構築できたらどうなるだろうか。誤配が減れば二重、三重に掛かっていた配送コストが減る。何度も行き来していたために起きる商品の毀損(きそん)も減る。顧客の信頼が高まる。つまり、企業の競争力が高まるのだ。

 向川氏は、その点に多くの経営者が気付いているという。そして、非上場企業の経営者が「内部統制が必要なのは上場企業だけ。当社には関係のないこと」というスタンスを取っていたらどうなるだろう。上場企業に差を付けられることは必至だ。だから、非上場企業にとって金融商品取引法は関係のないものと見なしていいが、内部統制はそうではない。すべての企業が取り組むべきものだし、また、それによって競争力向上という果実を得ることができる。

 行政や市場関係者の立場からは、内部統制はそれ自体が目的といえるだろう。しかし、企業経営者の立場からは、内部統制のゴールは「法令順守」のみならず、市場や顧客にとっての企業価値の維持・強化にある。その点を内部統制に対するスタンスとしよう。

内部統制の第一歩は「不正を起こさない」気風づくりから

 では、金融商品取引法が求める内部統制はどんなステップで構築したらいいのだろうか。具体的な内容は次回に述べることにして、ここでは内部統制構築に取り組む際の姿勢あるいは考え方について取り上げる。

 そのキーワードは「トップダウン」と「気風づくり」だ。株式市場に対して最大の責任を持つのはいうまでもなく経営者だ。また、企業全体の気風=価値観を体現し、浸透させることができるのは経営者だ。いずれも、一般の社員に課せられる話ではない。内部統制のキーワードはトップダウンアプローチだということは理解しやすいだろう。

 気風という点は、業務プロセスや文書化の話に比べてあまり取り上げられていないが、実は内部統制は「不正をしない」という気風から始まるといっても過言ではない。

 「実施基準」は、内部統制の基本予想として次の6項目を挙げている。

  1. 統制環境
  2. リスクの評価と対応
  3. 統制活動
  4. 情報と伝達
  5. モニタリング
  6. ITへの対応

 6項目のトップで取り上げられている「統制環境」について「実施基準」は次のように述べている。

 「統制環境とは、組織の気風を決定し、組織内のすべての者の統制に対する意識に影響を与えるとともに、他の基本的要素の基礎をなし、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング及びITへの対応に影響を及ぼす基盤をいう」

 ここでは、内部統制の土台は統制環境であるといっている。そして(引用はしないが)、組織の持つ誠実性や倫理観が組織の気風を決める要因であり、経営者の意向や姿勢が社員に影響を及ぼすともいっている。経営者は、不正を行わない気風を社内に徹底させること。それが、業務プロセスの可視化や文書化に取り組む以前に行うことだ。

 経営者自らが内部統制の重要性を認識し、常々社員に語り掛けること。それが、内部統制の出発点だ。

「先日、キミのお義兄さんに内部統制の目的を話してもらってよかったよ。てっきり、内部統制は業務を文書化することだとばかり思っていたけど、違うんだね」

「金融商品取引法でいう内部統制は、財務報告の信頼性を高めることだけど、全部で4つの目的があったんですね」

「うん。財務報告の信頼性を高めると、業務の効率も上がるらしいね」

「そういう業務プロセスを再編・構築しないといけませんね」

「今度、その点について教えてほしいな。お義兄さんに伝えておいてくれないか」

企業に内部統制を求める金融商品取引法と会社法の内容

[金融商品取引法]

 2006年6月に成立・公布。本格施行は、2007年9月ごろとされる。2008年4月から始まる会計年度から適用される。従来の証券取引法を改正し、金融商品取引法とした。改正のポイントの1つが、上場企業が行う開示の充実であり、「財務報告に係る内部統制の有効性に関する経営者による評価と公認会計士による監査を義務化」(内部統制報告制度)を設けたこと。

 上述の「経営者による評価」は、有価証券報告書を提出する際に「内部統制報告書」を併せて提出することを指している。金融商品取引法では、内部統制の具体的な考え方や実行の仕方は書かれていない。実際に内部統制を構築するためのガイドラインとして作成されたのが2007年2月15日に企業会計審議会から発表された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」である。単に、「実施基準」と呼ばれることが多い。経営者や内部統制構築の実務に当たる社員にとって、「実施基準」は内部統制の参考書として読み込んでおきたい。

[会社法]

 2006年5月に施行。企業経営に関係する法制を集約した。その中で、資本金5億円以上または負債200億円以上の大会社に対して、内部統制システム(取締役の職務執行が法令・定款に適合することなど、会社の業務の適正を確保するための体制)の構築の基本方針の決定を義務付けている。つまり、会社法は、企業にコンプライアンス体制の構築を求めている。それはひいては、企業のリスク管理の強化につながる。

著者紹介

小林 秀雄(こばやし ひでお)

東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌「月刊コンピュートピア」編集長を経て、現在フリー。企業と情報技術のかかわりを主要テーマに取材・執筆。著書に、「今日からできるナレッジマネジメント」「図解よくわかるエクストラネット」(ともに日刊工業新聞社)、「日本版eマーケットプレイス活用法」「IT経営の時代とSEイノベーション」(コンピュータ・エージ社)、「図解でわかるEIP入門」(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、「早わかり 50のキーワードで学ぶ情報システム『提案営業』の実際」(日経BP社刊)など


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