電子書籍時代、印刷業は提案力とデータ管理が命IT担当者のための業務知識講座(6)(1/2 ページ)

「紙に情報を刷る」ことがコアコンピタンスだった印刷業も、市場ニーズの変化を受けて、「印刷技術を売りにした総合的なコミュニケーションサービス業」に変化しつつある。

» 2011年05月12日 12時00分 公開
[杉浦司,@IT]

印刷業は、製造業ではない

 今回は印刷業をご紹介します。まず印刷業と聞いて皆さんが考えるのは、「印刷業も製造業の一つなのではないか?」ということではないでしょうか。実際、総務省が定める日本標準産業分類によると、印刷業は製造業に指定されています(ただし新聞・出版業は情報通信業の中の映像・音声・文字情報制作業に分類されています)。

 確かに印刷物を「製品」ととらえれば、「印刷機械によって量産している」と言えるのかもしれません。しかし、ほとんどの人は印刷物を「物体」としては見ておらず、そこに書かれている文字や写真といった「情報そのもの」に関心があるのではないでしょうか。

 グーテンベルクが発明した活版印刷技術によって聖書が広く民衆に普及し、そのことがルターによる宗教改革につながったのも有名な話です。新聞や書籍だけではなくチラシ、名刺といったあらゆる印刷物は「物体」としてではなく、「情報を広く知らしめる媒介として存在」しているのです。しかも「広く」というのは単に地域的な意味だけではなく、時間的な意味でもあてはまります。印刷物は、時代を超えて思想や文化を残すことができるのです。

 もちろん、商品パッケージなど「物体/製品としての印刷品質」が問われるものも少なくありません。しかし、印刷品質を決めることとなるデザイン工程では、「誰に見てもらうための印刷物なのか(=誰に、どのように、その情報を伝えるのか)」を見極めることが最も重要となります。実際、「注目される広告」や「売れる書籍の表紙」のデザインを考える制作能力が、印刷業における一つの差別化ポイントとなっていることも考えれば、「製造業」とするには、やはり違和感が残るのです。

顧客の価値観を受けて、紙とWebの間で揺れる印刷業

 では次に、印刷業の顧客について考えてみましょう。書籍や新聞を刷るのも印刷、名刺を刷るのも印刷です。印刷部数や配布先の規模を別とすれば、「印刷物に込めた情報を多くの人に広く発信したい」という思いは共通しています。

 しかし、「広く発信したい」というだけなら、印刷にこだわる必要はないのではないでしょうか。紙とインクを使わなくても情報発信できればいいのですから、電子出版は当然のこと、ブログなどソーシャルメディアでの書き込みでも構わないはずです。

 しかしながら、これだけ情報通信技術が発達した現代社会においても、紙媒体の意義はなくなってはいません。もちろん、紙媒体を使った情報発信にこだわるのか、情報発信さえできれば媒体にはこだわらないのかは、情報を伝える目的、伝える情報の内容、伝える相手などにもよりますが、「媒体」というものに対する個々人の考え方、感じ方による部分も大きいのではないでしょうか。

 また、印刷は印刷紙器(紙の箱)などの包装資材を情報伝達の媒体に変えてしまうような柔軟性を持ち合わせている点も一つの強みと言えるでしょう。この辺りをどう考えているかが、「印刷業の顧客」となるか否かの分かれ目になるように思います。

印刷業の使命は、「印刷」ではなく「情報発信の支援」

 続いて、印刷業を営む企業の社会的使命を考えてみましょう。近年は、印刷技術の高度化によって、紙だけではなく布や金属、食品などさまざまな素材に印刷を施すことが可能になっています。オフセット印刷機などによって「紙媒体に印刷する業務」だけを印刷業とするのは、もはや時代に合っていません。

 さらに、デジタルサイネージ(電子看板)や電子ペーパーと呼ばれる新たな情報技術の登場は、“インクや染料を使って、紙などの媒体に情報を刷る”といった印刷業務の概念自体を変えてしまうかもしれません。デジタルサイネージや電子ペーパーのような「媒体の中身を、データを送ることによって動的に書き換える」という技術の登場は、印刷機械や印刷工程そのものをなくしてしまうかもしれないからです。

 ではこのように、紙媒体以外への印刷によって印刷業市場拡大が期待されるとともに、情報通信技術の発展によって紙媒体への印刷市場の縮小も危惧されているという、実に複雑な状況の中で、印刷業にはどのような使命が求められているのでしょうか。

 まず、「原稿と印刷物の仕様要求を顧客から受け取って、印刷物という紙製品を製造する」というだけでは、もはや顧客のニーズを満足させることはできません。例えば、広告宣伝のための販促物では、「どのようなターゲット層に対して」「どのようなメッセージを」「どのような場面で」情報発信したいのかによって、使うべき媒体や情報発信の在り方も違ってきます。ときには、紙の印刷物よりも、Webパブリッシングを提案した方が良いこともあるかもしれません。

 すなわち、今、印刷業を営む企業にとっては「“印刷というソリューション”を顧客のニーズに合わせてカスタムデザインし、場合によっては印刷以外のソリューションを提案する」といったフレキシブルなサービス対応が不可欠になっているのです。

 そうした状況を考えても、冒頭でも述べたように、日本標準産業分類における製造業という定義は印刷業の実態に合っていません。印刷業はもはやサービス業へと進化しており、組織の使命は「情報発信の支援」へとシフトしているのです。実際、印刷業の中にはホームページ制作などWebパブリッシング事業を兼業している企業も少なくありません。こうした状況からさらに押し進めて考えれば、印刷業界は「その本来的な強みである印刷技術を売りにした総合的なコミュニケーションサービス業」へと向かっていると言えるのではないでしょうか。

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