失敗の2大パターンは“精神論とお役所仕事”情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(106)

“自社なりに考えた良い製品・サービス”を作ったところで、そこに顧客がいなければそれは単なる自己満足であり、ビジネスとしては何の意味もない。

» 2012年09月18日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

成功はすべてコンセプトからはじまる

成功はすべてコンセプトからはじまる

著=木谷哲夫
発行=ダイヤモンド社
2012年9月
ISBN-10:4478021570
ISBN-13:978-4478021576
1500円+税
注文ページへ


 「コンセプトが曖昧ゆえにうまくいかないケースは世の中に散見されます。私がかつて接したことのある、お役所がらみのプロジェクトの例を挙げましょう。そのプロジェクトは補助金を得ることを念頭に置いていたため、さまざまな書類を用意していました。申請書を見せてもらうと、これまでの実績、組むパートナー企業のリスト、スケジュール」など、「すでに五年間の緻密な計画が出来上がっており、『これを書くのは大変だったろうな』と思えるような、いかにも重厚な書類の束でした。しかし、最後までめくっていくと……。なんと、『目的』の項は最後に小さく置いてあるだけ。しかも空欄のままでした」。「担当者によると、あとで上司に書いてもらえばいいし、いちばん簡単なので後回しにした、とのこと。なぜ役所がらみのプロジェクトの多くが失敗に終われるのかが、分かったような気がしました」――。

 本書「成功はすべてコンセプトからはじまる」は、「実現したいことの包括的なイメージ」「面白く、ワクワクするあるべき将来像」である「コンセプト」の重要性と、立案力向上のポイントを説いた作品である。「iPhoneやフェイスブックを挙げるまでもなく、近年大ヒットを遂げている商品や事業は、コンセプトが際立って」いる。「実際に、ガラケーとスマートフォンのように、コンセプトが弱くて勝てない例」はよく見受けられる。著者はそうした例を挙げながら、「技術開発や製品開発は、あくまでコンセプトを実現するための手段」に過ぎず、「戦略を凝縮したもので具体的な行動の指針になる」コンセプトこそが成功の鍵になるとして、その立案方法を具体的に解説している。

 印象的なのは、説明があいまいになりがちな「コンセプト」というものについて、明確に定義している点だ。筆者は「良いコンセプトの条件」として、「面白さ――インパクトが大きくワクワク感がある」「説得力――ひるまない程度に実現可能性がある」「生き生きとイメージできること――誰に、何をなど、具体的な価値提供のイメージが頭の中に描かれている」「焦点が絞れていること――分かりやすく、全体感が一発で理解できる」の4つを指摘。コンセプトというものが、ふわふわとした実体のつかめないようなものではなく、極めて鮮明で具体的なものであることを強く訴えている。

 そうした条件を満たすコンセプト作りのポイントも興味深い。その1つが「事実のみを正しく見ること、疑うこと――精神論を真に受けていると、良いアイデアが出てこない」というものだ。その例として、「サービス産業における『おもてなし至上主義』」を挙げる。例えば、著者が「地方都市のあるシティホテルに泊まったとき」のこと、「チェックインの際、受付ではものすごく丁寧に挨拶され、チェックアウトのときには玄関の外まで」見送られた。「しかしその中身はと言えば、部屋は狭く換気が悪い、ネット接続もない、朝食は行列で長時間待たされる」など「散々だった」。「おもてなし」を重視するなら、「顧客がどの変数を重視しているのか」、まず「統計的に立証」するなど「現実を直視すべき」だと力説している。

 「強みを生かすのではなく、どうやったら勝てるかで発想する」という指摘などは、多くの企業にとって目からうろこなのではないだろうか。これは、コンセプト作りにおいて常に基本となるのは「顧客→価値提供(お約束)→その根拠」という順番であり、「資源ありきで、それを使うために顧客に何を提供するかを決める、という方向ではうまくいかない」ためだ。

 例えば、ある大手精密機械メーカーは、自社の持つ「高度なセンサー技術を応用した製品を作ろうと考え」、「プリクラ市場に参入した」。だが、「技術的には高度でもまったく売れず、見事に失敗」してしまった。そこで「最大顧客である女子高生のニーズ」を調べ、「技術にこだわるのをやめ、ひたすら『かわいく撮れる』製品を開発したところ、大ヒットを収めた」のだという。ただ、「その製品に高度な技術は全く使われていなかった」。著者はこの象徴的な事例から、「製品開発より顧客開発が先決」「組織の都合を優先して戦略を立てれば、必ず失敗」するという、当たり前であるがゆえに見落とされがちな結論を導き出している。

 さて、いかがだろう。著者も指摘する通り、近年、iPhoneのように、技術ではなくアイデアで市場を席巻している成功例が目立つ。あらゆる技術、製品がコモディティ化している以上、発想力が勝負の鍵となるのは自明と言えるが、多忙なビジネスの現場に身を置いていると、目の前のミッションをこなすことに集中してしまい、この事実になかなか気づけないのも現実だ。著者はそうした点を指して、「どの日本メーカーも同じような間違いを繰り返している」「相変わらず聞こえてくるのは、『技術力では負けていないのに……』という一種のあきらめ」だと概観している。

 特に重要なのは、「顧客は技術におカネを払うのではない」という指摘だろう。言うまでもなく、顧客は「技術や、技術を使った製品・サービスから得られる価値」に対価を支払っている。

その価値――すなわちコンセプトを深く考え明確化することなく、“自社なりに考えた良い製品・サービス”を作ったところで、その価値に共感する顧客がいなければそれは単なる自己満足であり、ビジネスとしては何の意味もないのだ。冒頭の“コンセプト不在のお役所仕事”の例は論外だが、「つまらない資料の作成」に時間を割いている例は一般企業でも少なくないはずだし、

特に、発想がハードウェアに縛られがちな製造業にとっては、この「価値を提供する」という視点は、今後ますます重視していく必要があるのではないだろうか。

 本書では「複数の情報を組み合わせる」「常に素人で在り続ける」など、今すぐ実践できる“コンセプト発想のヒント”を多数紹介している。業務部門はもちろん情報システム部門のスタッフにとっても有益な知見が数多く得られるはずだ。ぜひ一読してみてはいかがだろう。

ここで紹介した書籍は、順次、インデックスページに蓄積していきます(ページ上部のアイコンをクリックしてもインデックスページに飛ぶことができます)。旧ブックガイドのインデックスはこちらをご覧ください。


「情報マネージャとSEのための「今週の1冊」」バックナンバー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ