「日本の工場=空洞化」という決め付けを疑え情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(27)

コスト削減のトレンドを受けて、工場の海外移転が活発化している。だが、その問題を考える前に、まずは工場のことを学んでみよう。そうすれば、いま盛んに叫ばれている「空洞化」の問題も、また見え方が変わってくるかもしれない

» 2011年01月25日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

図解 工場のしくみが面白いほどわかる本

ALT ・著=石川 和幸
・発行=中経出版
・2011年1月
・ISBN-10:4806139106
・ISBN-13:978-4806139102
・1500円+税
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 近年、工場の海外移転のトレンドが中小企業にも広がり、国内工場の空洞化が大きな問題となっている。効率化やコスト削減という命題の下、この流れは一見、止められないようにも思える。しかし、実態をよく見てみれば実はそんなことはない。「日本の素材技術は他の追随を許さないレベル」だし、「最終製品の組み立て工場の立ち上げ・管理も、日本のマザー工場に依存している」。こうした状況を鑑みれば、「日本の工場は、付加価値の高い製品製造、設計・開発、製造関連のライセンス付与、グローバル管理のヘッドクォーターとして生き残っていく」と見るのが適当だろう。

 そして何より、日本の工場は「創意工夫の宝庫であり、技術の宝庫」である。むろん、大企業だけの話ではなく、「ロケットの部品を作ったり」、「世界に出回っているハイテク品の部品を加工している中小の工場」の例も多い。その将来を悲観する向きも多いが、「日本の工場は、規模の大小にかかわらず世界に冠たる誇り高き職場」と考えるべきなのではないだろうか――。

 本書「工場のしくみが面白いほどわかる本」は、以上のような最大限の敬意とともに、「工場」の業務の流れや仕組みを解説した作品である。昨今、工場というと悲観的な文脈で語られることが多いが、本書では、メディアなどで喧伝され過ぎた感もある“海外移転”“空洞化”といったキーワードに無為に流されることなく、これまでの幾多の実績と、いまも持つ優れたポテンシャルを真正面から見直し、その解説を通じて、“日本社会・経済における存在の大きさ”を強く訴えているのである。

 そうしたモチーフを持つゆえか、本書の場合、実務内容だけを淡々と説く一般的な解説書とは異なり、読者の的を製造業関係者だけに絞っていないことが大きな特徴だ。例えば本書の冒頭に配されているのは「工場とは〜」といった教科書的な解説などではなく、「マヨネーズができるまで」「自動車ができるまで」など、身近な製品がどのようなプロセスを経て作られているのか、いわば“誰しも好奇心が刺激されるテーマ”を配置し、多くの読者に門戸を広げている。

 第二章も印象的だ。著者は家電製品や家具、衣類、雑貨など、われわれを取り巻く多くの製品が工場で加工されていることから、「工場は日常生活に直結している」と説く。併せて、工場とは単に“ものを作るところ”ではなく、ものを便利な形に加工することで「付加価値を提供」し、利益を上げて「お金の流れも生み出す」ところであると、その“真の機能、存在意義”を説くのだ。すなわち、著者は、工場がわれわれの日常、社会、経済に深く根ざした“身近な存在”であるとともに、「“海外移転”“空洞化”というテーマもまた、製造業関係者だけの問題ではない」ことを、さりげなく訴えているのである。

 その一方で、本論に入れば専門書としての深度をしっかりと確保している。 具体的には、「需要予測と販売計画」や「資材所要量計画」「購買」「在庫管理」など、いわゆるサプライチェーンマネジメント(SCM)の専門的な内容に踏み込んでいるのだが、こうした下りにおいても、決して教科書的な説明だけに終始していない。

 例えば、「現在、自動最適化(システム)は集計計算に使われており、表計算ソフトとあまり差異がありません。機能と費用対効果をきちんと見極め、必要性を判断しましょう」など、“現場のビジネス感覚”に基づいたアドバイスを盛り込んでいる。この辺りは、実際に現場で働いている人にとっても、業務の在り方を見直すうえで参考になるだろうし、各種業務を支えるITシステムの解説も、業務知識が求められるSEにとって有用な資料となるはずだ。加えて、「総合原価生産」という専門用語や、「MRP」「MES」といったシステム名が登場する際には、必ず「それがどのようなものか」についての簡潔な説明が挿入されている。こうした「誰でも事前知識なしで読める」ような配慮は、一般読者に限らず、全ての読者の理解を助けてくれることだろう。

 ただ、本書において最も注目すべきは、そうした「分かりやすさ」そのものではない。平易な言葉、平易な表現を使って、多くの人にとってブラックボックスである“工場の本当の姿”を紹介している点だろう。この点が、リーマンショック以降、何かと悲観的な視点、暗いイメージで語られることが増えた「工場」のイメージを払拭し、良い点、芳しい点も含めたニュートラルな視点に戻してくれる。

 どのような問題も、偏った知識、偏った視点から考えると、正解にはたどり着けないものである。その点、多くの人にとって、まだまだブラックボックスである「いまの工場の本当の姿」や「仕組み」を知ったとき、工場はもちろん、工場が支えているわれわれの生活や社会、そして日本経済までも、“見え方”が変わってくるのではないだろうか。本書を一読し、もう一度ニュートラルな視点から、日本の行く末を考えてみてはいかがだろうか。


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