ビジネスは、“根性モノ”ではない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(30)

これほど働いているのになぜ報われないのだろう? ――そんな徒労感を抱いている人は、“量”で仕事をしていないか、“努力や根性”に頼っていないか、もう一度見直してみたい。

» 2011年02月15日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

イシューからはじめよ――知的生産の『シンプルな本質』

ALT ・著=安宅和人
・発行=英治出版
・2010年11月
・ISBN-10:4862760856
・ISBN-13:978-4862760852
・1800円+税
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 毎日、懸命に働いている。昨日も徹夜だった。それなのに、なぜ評価されないのだろう?――このように感じている人は、その“報われない状況”を嘆く前に、本書を読んで「いま自分が手掛けている仕事の価値とは何なのか」を見直してみると、出口の見えないトンネルから早く抜け出せるかもしれない。

 本書「イシューからはじめよ――知的生産の『シンプルな本質』」は、経営コンサルタント、脳神経科学の研究者を経て、2008年からヤフーのCOO室 室長を務めている安宅和人氏が、これまでの経験を基に、「知的生産性を高めるための考え方」をまとめた作品である。「イシュー」とは「2つ以上の集団の間で決着のついていない問題」「根本にかかわる、もしくは白黒がはっきりしていない問題」を意味するのだが、筆者はこの言葉を使って「バリュー(価値)ある仕事とは何か」を読者に問い掛けつつ、“報われない状況”が生じる理由を、本書冒頭から明確に提示しているのである。

 では「価値ある仕事」とは何だろう? 「質の高い仕事」? それとも「丁寧な仕事」、あるいは「他の誰にもできない仕事」だろうか? だが筆者は、これらの全てが「答えになっていない」と切り捨てるのである。

 例えば「質の高い仕事」はバリューを「質」と言い換えているだけだし、「丁寧な仕事であれば、どんな仕事でもバリューがある」とは言えない。「誰にもできない仕事」は正しいようにも思えるが、そういう仕事は「通常の場合、ほとんど価値を持たない仕事」であり、「価値がないからこそ、誰もやってこなかったのだ」というのである。

 では正解は何か? それは横軸に「イシュー度」、縦軸に「解の質」という評価軸を設定したマトリックス上で右上の象限に入るもの――すなわち「イシュー度」「解の質」ともに高いものを指すのだという。この「イシュー度」とは「その問題に答えを出す必要性の高さ」、「解の質」とは「そのイシューに対してどこまで明確に答えを出せているかの度合い」を意味している。すなわち、筆者は“まさにいま解決が求められている問題に対し、より適切な回答が出せること”こそが「価値が高い仕事」だと説くのだ。

 だが、現実を見渡せば、“さほど解決が求められていない問題”に没頭し、“いくら働いても報われない状況”に陥っている例は意外に多い。そこで筆者は、問題設定があいまいなまま突っ走ることに警鐘を鳴らすとともに、まず「イシュー度」の高い問題を見極めて、“価値のない仕事”は極力回避し、効率的に計画の実現、問題解決に取り組むことの重要性を指摘するのである。

 とりわけ筆者が強調するのは、「努力すれば報われる」とばかりに、がむしゃらに業務をこなす“根性論”の危険性だ。というのも、「『イシュー度』の低い問題にどれだけたくさん取り組んで必死に解を出したところで、最終的なバリューは上がらず、疲弊していくだけ」だからだ。しかも、そのために「仕事が荒れ、高い質の仕事を生むことができなくなる可能性が高い」のだという。著者はこうした“根性を頼りに量で勝負する”アプローチを「犬の道」と呼び、「犬の道を歩むと、かなりの確率で『ダメな人』になってしまう」し、仮にリーダーになれたとしても、犬の道を通してしか仕事を教えられなくなってしまうと指摘するのである。

 ではどうすれば良いのか? そこで筆者は、“解決すべき課題”を見極めるための考え方について、多数のアプローチを紹介している。例えば、「こうすれば良いのではないか」などと課題解決の仮説を立てる/実際に業務の現場を見てみるなど、誰のフィルターも通していない自分で仕入れた一次情報を基に考えてみる/問題を視覚化してみる/最終形(ゴール)から現状までたどってみる/「So What(だから何?)」を繰り返して仮説を深めるなどだ。この辺りはシステム開発における要件定義にもそのまま使えるのではないだろうか。

 また、もう一つ、筆者が強く訴えているのは、「自分の頭でものを考える」ことの重要性だ。特に「論理だけに寄りかかり、短絡的・表層的な思考をする」ことは極めて危険だという。「世の中には『ロジカル・シンキング』『フレームワーク思考』などの問題解決のツールが出回っているが、問題というものは、残念ながらこれらだけでは決して解決」しない、「それぞれの情報について、複合的な意味合いを考え抜」いたり、「問題を深いコンテキスト(背景・文脈)に沿って理解」したりすることが、課題解決の「勝負どころとなる」ためだ。例えば商品の戦略作りなら、「モノづくりの工程・資材の調達・物流・販売」、さらにはそれをリリースした際などの市場への影響まで「推定する力がなければ正しい判断はできない」のだという。

 企業戦略も、毎日の業務も、またシステム開発やソフトウェアテストなども、計画に沿って行うものは、あまねく「ゴール」を見極めた上で取り掛かり、都度、道を外れないよう“背景・文脈に沿った判断”を行うことが重要だと言われている。しかし、われわれは目先の楽を求めるゆえか、ついどこかから拝借してきた「表層的な論理」や「ベストプラクティス」に頼り、「考えたフリ」だけで済ませてしまいがちだ。その結果、自ら「犬の道」に迷い込み、本来なら行う必要がない大量の仕事を抱えて愚痴の渦におぼれて行く。そう、よくよく考えてみれば、“報われない状況”とは自ら作り出しているケースが意外に多いのかもしれない。

 筆者は言う。「うさぎ跳びを繰り返してもイチロー選手にはなれない。『正しい問題』に集中した、『正しい訓練』が成長に向けたカギとなる」――そう言えば、あの星飛雄馬も“根性”で理不尽な練習を繰り返した挙句、何度も肩を壊し、“星”になるまでにだいぶ遠回りをしてしまった。むろん、一つのドラマとしては面白いが、ビジネスは根性モノではない。バリューある仕事ができる“プロフェッショナル”になれるよう、本書からイシューを見極める考え方を学び、正しい訓練を行う癖を身に付けてみてはいかがだろうか。


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