BCPをブームで終わらせないために情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(56)

東日本大震災の発生以降、各社がこぞって取り組み始めたBCP(事業継続計画)。しかしその対策、一般的な対策ノウハウを並べただけの、形だけのものになってはいませんか?

» 2011年08月23日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

会社のための災害対策マニュアル作成術

ALT ・著=金重凱之
・発行=日経BP社
・2011年6月
・ISBN-10:4822264270
・ISBN-13:978-4822264277
・1600円+税
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 企業活動にはさまざまなリスクが付きまとう。「中でも地震による災害は、ヒト・モノ・カネすべての面で、一瞬のうちに企業に多大な損失を」与える。これを日本の経済的被害という切り口から見ると、2011年3月11日に発生した東日本大震災による被害は約20兆円、1995年1月の「阪神・淡路大震災」は約10兆円、そして今後「首都直下地震」が起こった場合、被害額は最大で112兆円に上るされている。では、こうした中、企業が災害時にも従業員の安全を守り、事業活動をより確実に継続するためには何がポイントとなるのだろうか? 1つはリスクを予測して未然に防ぐ「危機意識」、もう1つは平時のように公的機関からの支援が期待できない中でも自らを救う「自助意識」だ――。

 本書「会社のための災害対策マニュアル作成術」は、東日本大震災以降、多くの企業に見直されることになったBCPBCMで採るべき対策について、具体的かつシンプルにまとめた作品である。「平時の備え」の重要性は認識していても、いざとなると、どんな備えをすれば良いのか分からない、あるいは対策に乗り出していても、漏れや抜けはないか、この方向性で正しいのか、不安に思う向きは少なくないはずだ。本書では、そうした経営者や総務・人事関係者に向けて、備えのための計70項目の視点を提供してくれるのである。

 1つの特徴は、震災が起きた瞬間の「生死を分けるサバイバル術」から、「揺れが収まってから3日間を生き抜く応急処置術」「会社を潰さないための経営資源活用術」といった3章立てとし、災害発生の瞬間から平時まで、備えの在り方を全方位的に説いている点だ。また、各項目とも解説を1〜3ページに抑え、パラパラとめくっているだけでも、見落としがちな気付きを直感的に与えてくれる点が魅力となっている。

 例えば「身一つで行動しよう」――「人間は、有事であっても、ついつい平時の行動を取りがちです。普段、会社に出勤する際には、財布や鞄、定期券、ハンカチなと持ち物を確認します。同じように、震災でも万全の準備をしようとしてしまい、逃げ遅れてしまいます」――言われてみれば、確かに犯してしまいがちな過ちである。特に会社のことを考えると、重要書類や重要データが入ったノートPCなどを持って逃げたくなりがちだ。だが本書は「重要書類をなくし、家財道具を失っても、生きてさえいれば、きっと解決方法は見つかる」として、何が一番大切かを考えるよう促すのである。

 地震が起きたら「エレベータのスイッチを全部押そう」というのも忘れがちなことではないだろうか。最近は「揺れを感知すると必ず最寄の階に停止する」エレベータもあるが、そうした機能を搭載していないエレベータもまだまだ多い。ただ、こうした「身一つで逃げる」「ボタンを全部押す」といったことは反射的に取るべき行動だけに、普段から意識していないと、いざというときに行動できないはず。やはり平時の訓練が不可欠ということなのだろう。

 一方、「災害対策本部」の設置に当たり、「本部長は社長だけにしない」ということも盲点なのではないだろうか。社長が「重傷で業務を遂行できなかったり」した場合に備えて、代行者も事前に決めておく必要があるのだ。

 災害対策本部の設置場所も「本社」とは限らない。これは本社が被災するケースがあるためだけではない。本部には情報収集用のテレビやラジオを置くスペース、対策本部員の仮眠スペースなども必要になる。そうした条件を満たす上で、本部の設置場所として本社が必ずしもベストとは限らないためだ。よって、適切な設置場所を複数選定し、各候補地の集合人員や連絡手段などを決めておく。その上で震災発生後、速やかに設置場所を決めるのだという。もちろん対策本部を準備するだけではなく、毎年の震災訓練で対策本部としての機能を確認したり、「顧客情報などのバックアップデータを使用して事業を再開できるかどうか」も確認する必要がある。

 このように説かれると、形だけの対策を定めたり、対策ノウハウを知識として知っておくだけでは、何の役にも立たないのではないかと、あらためて痛感させられる。やはり重要なのは、「自社が陥る状況」「自社の事業継続上のポイント」を事細かにイメージする想像力なのだろう。その上で「身一つで逃げる」といった行動パターンを自分の身体に染み込ませるのと同じように、各ノウハウを自社の業務事情にアジャストさせなければ、ノウハウの意義は半減してしまうのだ。

 また、そのためには、「いざというときに慌てやすい」といった自分の傾向を知っておいたり、業務上の要件やITシステムなど、自社の特性やウィークポイントを普段から知り抜いておくことも不可欠となろう。結局、冒頭で述べた「危機意識」「自助意識」とは、そうした“わが事としてとらえる姿勢”と言ってもいいのではないだろうか。

 一方で、本書は非常に重要なことも述べている。それは「長期的な復興にも目を向けよう」というものだ。「復旧」とは「元の状態に戻ること」だが、「復興」とは「長期的企業戦略を構築し新たなコンセプトを掲げて、事業を再生する」こと。より具体的には、「不採算事業を廃止し、新規事業に進出するなど長期的な視点に」立ち、中核事業を「長期的に発展させていく」ことを考えるのが大切だと説くのである。つまり、災害対策とは「環境変化に負けないための基礎体力を高める取り組み」に他ならないのだ。

 BCP/BCMを「元に戻すための対策」ととらえてしまうと、コスト要因と考えてしまいがちだし、取り組みそのものが短期的な、形だけのものに陥ってしまいやすい。BCP/BCMという言葉が貴社にとって一過性のブームで終わってしまわないよう、本書を眺めつつ、この辺りで対策の在り方を見直してみてはどうだろう。


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