仕事や人生、そして復興にも、秘策はない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(61)

日本の復興にも、日々の仕事にも、秘策などはない。人としての基本に、ビジネスの基本に忠実に、有意義に毎日を過ごすことが、大きな成果を得るための唯一の方法だ。

» 2011年09月27日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

清貧と復興 土光敏夫100の言葉

ALT ・著=出町譲
・発行=文藝春秋
・2011年8月
・ISBN-10:4163744509
・ISBN-13:978-4163744506
・1333円+税
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 「民主党の蓮舫議員が2009年、スーパーコンピューターについて世界一ではなく、『二番目じゃだめなのですか』と事業仕分けで追及したが、それを聞いたら、きっと土光は激怒しただろう。未来の日本のために研究開発を惜しむなというのが持論だったからだ」――

 東日本大震災という「第三の敗戦」に見舞われた日本は、今後どのように復興していくべきなのか。また、節電が強く求められている今、われわれはこれにどう対応していくべきなのか ――本書「清貧と復興」は、そうした問題意識に基づき、戦後の日本を復興に向けてリードした土光敏夫の言葉から100の教訓をくみ取った作品である。土光は石川播磨重工業、東芝の社長、経団連会長、第二次臨時行政調査会会長を歴任しながら、自身は生涯質素な生活を貫いた「清貧の人」としても知られている。

 冒頭は「不景気でも研究開発費は惜しむな」という土光の言葉に対する著者の解説だが、この言葉は「会社の将来に必要な研究であれば、銀行から借金してでも捻出すべきだ。不景気だからといって、研究をストップしたら優秀な技術者の頭がさびてしまう」と続く。

 著者はこれを基に、「高度成長の原動力は科学技術」という認識が、今なお日本にとって大切な認識なのではないかと強く示唆するのである。確かに蓮舫議員の考えにも一理あるが、効率ばかりを追い求めず「日本という国の価値は何か、一番大切なものは何か」を見極めるべき、ということなのだろう。企業でも、コスト削減に追われて自社にとって一番大切なものを忘れ、迷走してしまうケースは非常に多い。

 ただ、本書で最も目を引かれるのは、復興をリードする上で、国や政府の在り方よりも、復興を支える企業や従業員1人1人の在り方を重視している土光独自の視点だ。それも、大仰な言葉など1つもなく、基本の確認を促すような、むしろ地味な言葉ばかりが並んでいる。

 例えば、「漫然ではダメ、意識的に働け」――「働くという字には『人べん』がつく。人が動くから『働く』。ところが、実際には『働く』の人べんが消えて、ただの『動く』になっているような面が多々ある。(中略)ただ漫然と仕事の流れに身を任せている人と、意欲を持って働く人とではやがて大きな差が出る」。

 「『できない』『むり』『むずかしい』は禁句」――「問題によっては確かに、不可能で無理で困難なこともあろう。しかし多くの場合それは、固定観念や惰性や自己防衛本能からくる(中略)後ろ向きの態度がなせるわざである。(中略)大切なのは、その問題はどうやったら達成できるかを考える前向きの態度」であり、「問題をこなす能力があるかどうかなど二の次だ」。

 この他にも「情報は天然色である」――「幹部の持つ情報は、とかく単色になりがちだ。本来の情報は天然色なのだが、上に昇ってくる間にアク抜きされてしまう。そんな薄まり弱った情報に基づいて、間違った判断をしていたら大変だ」など、今の時代にも通用する多数の言葉を紹介している。

 このように読んでいくと、 昨今のビジネス書に多く見られるような言葉ばかりであることに、あらためて目を見張ってしまう。土光が亡くなったのは1988年、今から23年前である。経団連会長を務めていたのは1970年代、第二次臨時行政調査会会長は80年代と30年以上も前だ。にもかかわらず、その言葉の多くが古さを感じさせないのは、やはりどんな時代も“基本”は変わらないということなのだろう。もっとも、当時の政府に対する言葉、「増税より無駄を徹底的に洗い直せ」などは、あまりにも今に当てはまり過ぎていて、当時からまったく変わっていないことに絶望も禁じ得ないのだが……。

 だが、変わっていないのは政府だけだろうか。人や企業が発展するための基本が同じなら、陥りがちな失敗もまた同じだ。すなわち、課題から目をそらすことなく、日々「意識的に生きる」――仕事も人生も、そうした基本を忘れたときにうまく行かなくなるのではないだろうか。特に「できない、むり、むずかしいは禁句」は、ときに根性論と混同されがちではあるが、SEの世界でもよく聞かれる教訓である。事実、われわれシステム関連の仕事も、ただ漫然とこなしてしまったときに、収益の伸び悩みや失敗が待っている。日々のビジネスにも復興にも秘策などはなく、目先のことばかり考えずに、奇をてらわずに、基本に忠実に生き、働くことが、やはり一番大切なのだろう。

 「日に新たに、日々に新たなり」――「大事な1日だから、もっとも有意義に過ごさなければならない。そのためには、今日の行いは昨日より新しくよくなり、明日の行いは今日よりもさらに新しくよくなるように修養に心掛けるべきである」

 ――復興と節電という2つの大きな課題に日本がどう取り組むべきなのか、戦後日本をリードしながら質素な生活を貫き通した土光の回答はこの一言に集約されていると感じるのだが、いかがだろうか。皆さんも、自身の人生や仕事を思いつつ、先人の教えをひも解いてみてはどうだろう。


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