ソーシャルメディアを使った消費者との対話にこそ、コミュニケーションの基本が求められる。空気も読まずに一夜限りのナンパを続けていると、人も企業も嫌われる。
「確かに普及率は低いし、ノイズも多い。そのうえ広告効果も分かりにくいだろう。でも、ソーシャルメディアにはそれらを補って余りある大きな特徴があるのである。ソーシャルメディアは、社会や文化、流行、購買などに大きく影響を与える『関与する生活者』をつなげ、強く結びつけ、その行動を加速させるプラットフォームなのだ」――。
本書「明日のコミュニケーション」は、TwitterやFacebookをはじめとするソーシャルメディアを使った企業コミュニケーションの在り方を説いた作品である。近年、主にマーケティング面での効用から、ソーシャルメディアがマスメディアなどで盛んに取り上げられているが、「全体的にちょっと煽りすぎ」な印象も否めない。それに日本のインターネット人口は約9000万人であるのに対し、ソーシャルメディア人口は「ほんの2000万人程度」。ネット上の会話やコメントも「まだまだノイズ中心」だ。だが上手に使えば「ハイパークチコミとでも呼ぶべき大波が起こる」。これを使わないのは「もったいない」として、どのように使えばブランド、収益向上につながるのか、そのポイントを具体的に解説するのである。
興味深いのは、ソーシャルメディア活用の軸として、「SIPS」という概念を紹介している点だ。周知の通り、広告業界ではAIDMA、AISASという生活者購買行動モデルが広告戦略を考える際の基礎になってきた。AIDMAとは『注意(Attention)を喚起されて、商品に興味(Interest)を持ち、欲求(Desire)に変わり、商品を記憶(Memory)し、購入(Action)に至る』という“購買までの流れ”を示すものだ。
一方、AISASはブログやSNSが浸透したWeb 2.0時代になってから電通が提唱したもので、こちらは『注意(Attention)を喚起され、商品に興味(Interest)を持ち、その商品を検索(Search)して、購入(Action)し、商品の評価をブログなどで共有(Share)する』ことを意味している。
そしてソーシャルメディア時代の購買行動モデルが「SIPS」だ。これは『まず商品に共感(Sympathize)し、それが自分の価値観に合っているかどうか、Googleやマスメディアで調べるなどして確認(Identify)し、購入者/購入予定者同士の輪に参加(Participate)し、実際に買った人による評価などがソーシャルメディア上で、共有(Share)&拡散(Spread)する」ことを指す。
実際、われわれは何らかの商品・サービスに興味を感じれば、まずGoogleで検索したり、雑誌を読んだりして情報を集め、とりあえずツイートしたりFacebookに書いたりしているが、このSIPSにおいて企業が注目すべきは、「共感」から始まっている点だという。というのも、ソーシャルメディアは「人と人とのつながり」でできている。従って、企業といえども1人の「人」としてその輪に入り、受け入れてもらい、ロイヤルカスタマーなどの“味方”を作っていかなければ「ハイパークチコミの大波」は決して生まれないためだ。
著者はこうしたAIDMAとSIPSのアプローチの違いを恋愛にたとえてユニークに解説する。例えば、従来のアプローチは「アテンションを重視した一方的に口説くコミュニケーションだった」。「オレってすごいよ。オレって最高!」と臆面なく自分を褒めちぎり、「いまオレ、モテモテ!」と売れていることを誇示し、その上「いま、オレお得よ。彼女大募集中!」などとキャンペーン告知までしてしまう。著者はこうしたアプローチについて、「これらは情報が少なく商品も少ない時代」だったからこそ受け入れられ、成立した“口説き方”であった」と解説。そしてひと言、「うざい(笑)」と切り捨てるのである。
では情報が爆発的に増え、市場が成熟し、企業が発信する情報について詳しく調べることも可能な現在、ソーシャルメディア上では、どのようなアプローチを取るべきなのか? まずは「友人・知人のつながりの中に謙虚に入っていき、好意を持たれるところから始めなければならない」。そして「いつもいるあの人、ちょっといいよね」と思われ、「長い時間をかけて愛されることを目指さなければならない。つまり、「いままでのが『ひと晩限りのナンパ』だとすると、これからは『結婚を前提にした長い付き合い』が求められる」というわけだ。
「長い付き合い」と言えば、2000年ごろに注目されたCRMという言葉が思い出される。これはそもそも「1人1人の顧客との“継続的な”関係作り」を指すものだった。だが、多くの企業は相変わらず一方的なコミュニケーションを続け、いっとき「CRMは死んだ」とまで言われた。むろん、CRMが失敗に終わった最大の原因は、「システムさえ導入すれば成功する」というありがちな勘違いを犯してしまったことにあったわけだが、それでも多くの企業はコミュニケーションの在り方を根本から見直すことなく、「ひと晩限りのナンパ」を続けてきた。
しかしテクノロジの発展によって、ここまで消費者との距離が縮まったソーシャルメディアという場においては、もはやそのテは通用しない。「ソーシャルメディア上のコミュニケーション」というと、“新しく特別なもの”と考えがちだが、著者が「中身を隠して一方的に口説いていた時代より数百倍まともな関係」と述べるように、その実、コミュニケーションの基本が求められるものなのだ。すなわち、多くの企業が実現できなかった、真の意味での“顧客1人1人との継続的な関係作り”が、いまあらためて問われているということなのではないだろうか。
ソーシャルメディアについて説いた作品でありながら、タイトルに「ソーシャルメディア」という言葉を入れていない点もうなずける。本書を読んで、自社のコミュニケーションの在り方を、もう一度基礎から見直してみてはいかがだろう。
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