“当たり前”を覆すチャンスはまだまだ埋まっている情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(73)

テクノロジは「当たり前」のことを覆し、各方面に多大なインパクトを与える力を秘めている。

» 2011年12月20日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

2015年の電子書籍

ALT ・著=野村総合研究所
・発行=東洋経済新報社
・2011年3月
・ISBN-10:4492761985
・ISBN-13:978-4492761984
・1700円+税
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 「印刷技術におけるイノベーションは、紙の本の表現力を劇的に向上させてきた。しかしながら、紙に印刷されたものが本の形で提供され、それを読者が読むという意味では何も変化がなかった。電子書籍の登場により書籍の提供形態そのものが変化し、読者の読むという行動にも大きな変化か起こる可能性がある」――

 本書「2015年の電子書籍」は、国内でも着実に拡大しつつある電子書籍市場の今後を占った作品である。国内の電子書籍市場は「2006年から2007年にかけてソニー、アマゾンが米国で電子書籍専用端末を市場投入し、数十万台の販売台数を達成した」ことをきっかけに急激に拡大。2007年度は283億円だったが、2009年度には実に513億円を記録している。

 この推進力となったのはアマゾンの書籍専用端末、キンドルと、書籍の豊富なラインナップだ。アマゾンでは「端末販売時から、ベストセラーを含む8万8000タイトルもの書籍、および『ニューヨーク・タイムズ』などの大手全国紙といった豊富なコンテンツを用意した。ソニーも2006年の9月にソニー・リーダーを発売する際には1万もの書籍を準備した。また、コンテンツの価格が安価である点も人気の一因」になったのだという。

 また、日本の電子書籍市場はコミックや小説など、小さなスクリーンでも読みやすい携帯電話向けコンテンツを中心に伸びてきたが、コンテンツの特性からユーザーはおのずと「10代を中心とした層に限られていた」。

 よって「紙の書籍ビジネスに対する影響は軽微」だったのだが、キンドルなどの電子書籍端末によって「画面の小ささなどの制約」はなくなった。つまり、電子書籍端末を用いた読書は「紙の本を使った読書に近づいて」いる点で、「電子書籍による紙の本の販売の侵食」が着実に進んでいるのである。

 本書では、こうした状況が出版社に正と負、両面のインパクトを与えると分析している。例えば、在庫リスクがなくなり、絶版という概念もなくなる。リアル書店にはスペースの問題で置いておけないような年間数冊しか売れない本からも収益が得られる。しかし、「電子書籍化は出版にあたっての損益分岐点の低下をもたらし、新刊数の増大につながる」分、粗製乱造につながる恐れもある。

 また、出版社が「独自に電子書籍サイトを作る」場合、自社でプロモーションを行う必要が生じる。そうなればSEOやレコメンデーション、ソーシャルメディアなどを使った従来とは異なるプロモーションも必要になってくる。さらに、電子書籍化が本格化するにつれて書籍化のハードルが下がる分、コンテンツ面でも「高いスキルを持つアマチュアの参入が進み、プロとの競争が激化する」など、さまざまなインパクトがもたらされると説くのである。

 さて、本書ではこのように電子書籍化がもたらす多方面への影響を詳細に分析している。ただ、そうしたトレンドを通じてあらためて実感するのは、テクノロジが現実社会にもたらすインパクトの大きさである。グーテンベルクによって発明された活版印刷術によって、旧約・新約聖書が1544年に初めて印刷されて以降、印刷技術の発展によって書籍は一部の特権階級から大衆へと広がっていった。しかし「紙に印刷をする」という点では変化がなかった。

 その点、電子書籍は書籍の「物理的な提供形態」を変えた。これにより、書籍市場の在り方から関連市場のビジネスモデル、コンテンツやコンテンツ作成者の在り方までも変わろうとしている。いわば“当たり前”だったことを見直し、テクノロジを活用することで「印刷術の発明以来の革命的な出来事」を起こすことに成功したのである。

 そして“当たり前”といえば、企業の世界にも長い間、疑いを抱かれることなく“当たり前”のままであり続けてきた業務や課題は数多く存在する。つまり、電子書籍化と同様に、大きなインパクトを持つ何らかの変革をエンタープライズの世界で起こせる可能性はまだまだ埋まっているし、1つのテクノロジが新たなビジネスチャンスを呼び寄せる可能性もある。本書はあくまで電子書籍化について分析した作品だが、「テクノロジが各業界にもたらす変革」という視点で読んでみると、自社のIT戦略を考える上でもさまざまな視点やヒントが得られるのではないだろうか。


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