連載
読めば分かるコンプライアンス(3)


競合他社への転職は情報漏えいですか?


鈴木 瑞穂

2008/4/8

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規則以上に大切な社員教育

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 法務部長の赤城雄介は、社長の小倉正人に呼ばれて社長室に向かった。

 社長室に入ると、秘書の中島康子が2人分のコーヒーを運んできた。

 小倉社長がコーヒーを頼んだときは、何か気になることをざっくばらんに話し合いたいモードであることを赤城は知っていた。

小倉 「赤城君、去年の留学生の岡田君が、1週間後には退職することになってるそうじゃないか。しかも、転職先がハイパーシステムさんだとか……。昨日、人事部からの報告の中にその件があったから、園田部長を呼んで詳しく聞いたよ」
赤城 「ええ、私も、鬼河原さんと当の岡田君と、直接に話をしてみました」
小倉 「留学費用が無駄になるという問題もあるが、わたしには、この件にはもっと別の、何か根本的な問題が潜んでいるような気がするんだよ。……なんでも岡田君は、当社の法令違反を盾にするようなことをいったそうじゃないか」
赤城 「いえ。正確にいうと、鬼河原さんはまず、岡田君の転職が営業秘密の漏えいになると指摘したそうなんですが、それに対して岡田君は、不正競争防止法の解釈論で反論したんです。次に鬼河原さんは、留学から帰ってきてすぐの退職は認められない、と指摘したそうなんです。それに対して岡田君は、民法の契約論の解釈で反論したんです。岡田君の反論は、どれも正しいといわざるを得ませんね。どうやら、相当の軍師が付いているようですね。ただ彼は、当社が法令違反を犯しているとはいってません。法令の解釈からすれば必要となる対処が欠けているじゃないか、といってるんです」
小倉 「じゃあ、ウチの会社とすれば、何をどうすればいいんだ?」
赤城 「結局は、岡田君が指摘したような対処を取ることですよね。つまり、営業秘密として守りたい情報を特定して、しっかりとした管理体制を整えること。留学制度については、スタッフも会社も納得できるルールをまとめて規程を作り、留学生に選ばれたスタッフとは、シカゴに行く前に留学後何年間は退職しないという契約を個別に結ぶんです」
小倉 「それがコンプライアンス……、というわけか」
赤城 「ええ、まぁ、取りあえずは」
小倉 「取りあえず? どういうことだ?」
赤城 「当社のコンプライアンスとは、ステークホルダーの信頼を維持向上させるために、やるべきことをやり、やるべきでないことはやらない、とすることである。これは、社長と一緒に考えた当社のコンプライアンスの定義ですよね」
小倉 「そうだ」
赤城 「従業員もステークホルダーの一員です。会社が従業員の信頼を得るということは、従業員が納得して働ける環境を維持する、ということです」
小倉 「そうだ」
赤城 「それからすると、岡田君が指摘した対処を取ることも、従業員が納得して働ける環境を作るためには必要なことですが、コンプライアンスの本旨からすれば、まだ必要なことがあると思うんです」
小倉 「それは……?」
赤城 「私は、鬼河原さんの個別教育も必須だと思うんです。岡田君は鬼河原さんにいったそうですよ、鬼河原さんのやり方はスタッフのやる気をなくさせるし、パワハラにも該当するとね。8カ月前に、やはり鬼河原チームにいた磯崎良子という優秀なスタッフが辞めていますが、彼女も同じようなことをいっていました。つまり、鬼河原さんは自分の言動を全く反省も改善もせず、スタッフの納得できる就業環境を作ろうとしていないんですよ。これは、法令の問題ではありません。コンプライアンスを法令遵守とだけとらえていると見落としがちですが、実はコンプライアンスの本旨からすれば、この就業環境の問題は極めて重要なんです。鬼河原さんの考え方や意識を根本的に変えていかないと、法令解釈や管理体制や手続きをいくらしっかりしても、第2、第3の岡田君が出てくる……。鬼河原さんだけではないかもしれない。管理職としてスタッフに接しているクラスの人たちの意識や言動は、スタッフの納得できる就業環境を作る上では極めて重要なポイントになると思うんです」
小倉 「ふ〜む、マネージャ研修にコンプライアンスの時間を多めにとるようにするか」
赤城 「ええ、まずはそこから始めましょうか」
小倉 正人

 そう言うと、2人は別々の仕事へ戻っていった。

 それから2カ月後。

岡田 「神崎、元気か?」
神崎 「おお、岡田じゃないか!」
岡田 「電話で悪いな。ほんとは辞める前に1回飲みたかったんだけどな」
神崎 「まぁ、あんだけバタバタしてりゃ、落ち着いて飲むのは無理だったわな。で、そっちはどうなんだ?」
岡田 「ああ。転職してまだ2カ月だけど、仕事のサイクルはよっぽど早い。最近はボチボチとだけど、プロジェクトの中心に組み込まれるようになってきたよ。鬼河原さんのときとは違って、プロジェクトの全体が見えるとやりがいが違うよな」
神崎 「そうか。ま、おまえはおれの次に優秀だから、どこに行っても大丈夫だろ。しっかりやれよ。で、いつか、ちゃんこ鍋をおごれよ」

◆次回予告◆

 留学から帰ってきたばかりなのに、競合他社へ転職してしまった岡田くん。

 赤城も説明していましたが、この問題の背景にはさまざまな要因が見え隠れします。次回は、この話の中に「どんなコンプライアンスの問題が潜んでいるのか」を、筆者が分かりやすく丁寧に解説します。なお、次回は4月10日に掲載予定です。お楽しみに。

グランドブレーカー
シニアコンサルタント 神崎 亮太(かんざき りょうた)
28歳
マネージャ 大塚 敏正(おおつか としまさ)
38歳
法務部長 赤城 雄介(あかぎ ゆうすけ)
41歳
社長 小倉 正人(おぐら まさと)
62歳
シニアコンサルタント 岡田 公男(おかだ きみお)
28歳
マネージャ 鬼河原 茂樹(おにがわら しげき)
40歳
そのほかの登場メンバー
ハイパーシステム勤務 磯崎 良子(いそざき りょうこ)
30歳
四菱商事勤務 石原 靖(いしはら きよし)
28歳
スマートコンサルティング勤務 江川 洋介(えがわ ようすけ)
28歳

筆者プロフィール
鈴木 瑞穂(すずき みずほ)
中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。

主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。
著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)
■要約■
岡田は、社内の留学制度を利用して1年間のシカゴ留学から帰国したばかり。留学先では、米国流の仕事術や最新のプロジェクト管理術である『メソドロジー One』を学習してきた。

しかし、帰国後岡田の上司になるのは、部下を上から抑え付けて管理するタイプの鬼河原。岡田は、そんな上司に次第に不満を募らせる。そこへ、以前の先輩だった磯崎から競合他社へのヘッドハンティングを受ける。

心理的な障壁があるものの、現在のグランドブレーカーの規則では、岡田の転職を阻止することはできなかった。そして、社長の小倉と法務部長の赤城は、規則の制定の必要性と、それ以上にマネージャたちの教育が重要であることに気付く。

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競合他社への転職は情報漏えいですか?
  Page1
社内留学制度を利用して帰ってきた岡田くん
海外留学経験が生かされない仕事環境
  Page2
信頼していた先輩からの誘い
突然のヘッドハンティング
  Page3
考えるほど募る上司への不満
会社に文句をいわせない4つの作戦
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