ヤクザが会社にやってきた! どうする?読めば分かるコンプライアンス(7)(1/4 ページ)

本連載では、あるコンサルタント企業を舞台にして、企業活動とは切っても切れない“コンプライアンス”に関するトピックを、小説の随所にちりばめて解説していく。

» 2008年08月05日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

会社にヤクザがやってきた! どうしよう?

 グランドブレーカーの橋本陽一は、東京駅上越・長野新幹線の20番ホームにある狭苦しい喫煙室でたばこを吸いながら、9時20分発「あさま511号」を待っていた。

橋本 (長野新幹線も東海道新幹線のように分煙方式にすればいいものを、全車禁煙だから困るよなぁ。いまの世の中、たばこを吸っているというだけで、肩身の狭い思いをしなければならないよ。何もそこまで愛煙家を毛嫌いすることもあるまいに……)

ALT 橋本 陽一

 グランドブレーカーは、スキー・スノーボード・ウインタースポーツウェアの輸入販売を行っているスノークラフト株式会社をクライアントとして、全社的な人事制度の再構築業務を請け負っている。

 そのスノークラフトは、本社を東京・港区に置いているが、上越地方のマーケットをカバーするために、長野市に支社を設けている。グランドブレーカーは、スノークラフトの業務のために総勢20人ほどのチームを組んでいるが、そのうちの7人をスノークラフト長野支社の担当として長野に常駐させている。

 いまのところ、スノークラフト長野支社での作業は6カ月間が見込まれている。7人のスタッフを半年間も地方に常駐させるとなると数日間の出張とは違って、本社との連絡業務とか常駐スタッフの労務管理、そのほか、もろもろの事務仕事のための拠点が必要となる。そこでグランドブレーカーでは長野市のオフィスビルの一画を賃借し、長野分室と位置付けて、地元の派遣社員を2人雇い入れて常駐させている。

 スノークラフトの業務を統括している橋本は、事務仕事の決済や、スノークラフト長野支社へのあいさつ、常駐スタッフの仕事の進ちょく状況のチェックと慰労などのために、毎月1週間ほど長野に出張しており、これが2度目の長野参りであった。

 「あさま511号」は定刻通り、11時5分に長野駅に到着した。そして、橋本が昼食をとるために駅近くのレストランに向かっているとき、橋本の携帯電話が鳴った。着信表示を見ると、長野分室の派遣社員の1人である赤尾文子からだった。長野分室にはあらかじめ「あさま511号」に乗ることを連絡していたので、赤尾は橋本が到着する時刻を見計らって電話をしてきたのだ。

橋本 「もしもし、橋本ですが」

赤尾 「あ、橋本さん!! あの、ちょっと大変なんです!」

橋本 「え? どうしたの?」

赤尾 「1時間くらい前に事務所の受付に清水って男性が来て、責任者に会わせろって怒鳴りだしたんです!」

橋本 「清水……? どこの会社の人?」

赤尾 「それが、私も初めてで分からないんです。お尋ねしても、『いいから責任者を出せ!』というだけで、何も教えてくれないんです……」

橋本 「いまもいるの?」

赤尾 「はい。ものすごく怒って責任者に会わせろっていうもんですから、私、怖くなっちゃって、責任者は東京から昼ごろにやってきますって答えたら、じゃあそれまで待たせてもらうから、応接室に案内しろって……。いま、応接室にお通ししています」

橋本 「用件は何かいってた?」

赤尾 「いえ。責任者に会わせろっていうだけで……」

橋本 「そう。分かった。とにかく、これからすぐオフィスに行くから!」

 橋本は昼食をあきらめて分室に向かった。

 分室に着くと、派遣社員の赤尾文子と池本洋子が、不安そうな顔で寄り添って何かを話し合っていた。赤尾は33歳で、派遣社員になる前は中規模の会社の総務部主任まで勤めた経歴があったので、橋本が居ない期間、分室の通常業務を取り仕切ってもらっている。

 得体の知れない男が「責任者に会わせろ!」と怒鳴り込んで来るという事態は、明らかに通常業務ではなく、赤尾の対応できる事態ではなかった。清水という男が怒鳴り込んできたのが、橋本の『長野参り』の初日だったのは、不幸中の幸いというべきであろう。

 橋本の姿を認めた赤尾は、少しほっとしたような表情で、橋本のデスクにやってきた。

橋本 「何だかよく分からんが……。とにかく大変だったね、赤尾さん」

赤尾 「はい。でも、いまも応接室にでん! と構えてるんです」

橋本 「そうだったな。で、そいつに会う前に、もう少し詳しく状況を聞かせてくれないか」

赤尾 「ええ。でも、詳しくといっても、電話でお伝えしたぐらいなんです」

橋本 「ふ〜む。会社名も用件も何も分からないか」

赤尾 「はい」

橋本 「……何歳ぐらいかな?」

赤尾 「そうですねぇ、若いですよ。20代後半か、いってても30とか31ぐらいですかねぇ。ただ…」

橋本 「ん?」

赤尾 「見た目がヤクザっぽいというか、雰囲気がちょっとフツーじゃないんです……」

橋本 「ヤクザ? フツーじゃない?」

 そのとき、橋本の頭の中に、コンプライアンス推進室から発行された「コンプライアンスマニュアル」の一節が浮かんできた。

『市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体、違法な取引に関与する組織とは断固として対決するものとし、一切の関係を遮断します』

橋本 清水という男、ヤクザなんだろうか。ヤクザだったら『反社会的勢力』になるんだろうなぁ。すると、断固対決、関係遮断か……。クライアントをうまくあしらうことはできるけど、対決とか遮断とかは苦手だなぁ。おれって、小心者の平和主義者だもんなぁ……)

 「小心者の平和主義者」。これは自分の性格についての橋本自身の表現だが、橋本の評価表には、「決められたことの遂行は緻密(ちみつ)に行うが、イレギュラーな事態に直面した場合においては優柔不断となり、果断な決断力に欠ける傾向がある」と記述されていた。

 ともすればこの事態から逃げ出したくなる気持ちを抑えつつ、橋本は応接室に向かった。

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