パワハラかそうじゃないかの違いはどこ?読めば分かるコンプライアンス(15)(1/5 ページ)

本連載では、あるコンサルタント企業を舞台にして、企業活動とは切っても切れない“コンプライアンス”に関するトピックを、小説の随所にちりばめて解説していく。

» 2009年01月27日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

あるランチ難民のつぶやき

今回の主な登場人物

井川 啓

グランドブレーカー シニアコンサルタント



袴田 源蔵

グランドブレーカー マネージャ


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井川 「チッ! ここの天丼屋も行列か。しゃあない、今日はコンビニの弁当で済ませるか」

 その日、グランドブレーカーのシニアコンサルタントである井川啓はランチ難民になってしまった。

 大抵の会社は、昼休みを12時からとしている。従って、オフィス街ではいくら周囲に食事処がたくさんあろうとも、同時に膨大な数の会社員が押し寄せるため、どこもすぐに満席となって行列ができてしまうのだ。

 グランドブレーカーではそのあたりの事情を考慮して、昼休みは11時45分からの1時間としている。

 従って、グランドブレーカーの社員はいつもは満席になる前にお好みの店の席に着くことができるのだが、その日の井川はちょっとしたヤボ用が長引いて正午少しすぎにオフィスを出たばっかりに、ランチ難民になってしまったのだった。

ALT 井川 啓

井川 「(それにしても、よくもまぁ行列に並ぶもんだよな。まるで、餌場のにわとりじゃないか)」

 井川は、そこここの食事処の入り口の行列に並んでいる人々の顔を眺めながら、心の中で嘲笑っていた。

井川 「(群れを作って昼飯に出かけるやつらときたら、『どこに行く?』『何食べる?』『私は何でもいいわ』『僕も何でもいいよ』って……。ったく、主体性てもんがないんだよ。昼飯時のコミュニケーションは大切だとかいうけど、やつらの飯時の会話ときたら、どうでもいい芸能ネタか最近仕入れた知識のひけらかし、さもなきゃ上司とか部下の陰口。とてもコミュニケーションとかいう高尚なもんじゃないね。要は、1人でいることが怖いだけなんだ。頭の弱いやつほど、仲間と群れていないと不安で仕方ないんだろうな。でも、俺は君たちとは違う。君たちよりも頭が良いし、能力もあるんだ。君たちはせいぜい昼休みのたびに仲良しクラブで群れていればいい。俺は君たちの上に立つべき人間だからね、昼休みを無駄話に費やすほど暇じゃないんだよ)」

 そして、コンビニでおにぎり3個と「お?い、お茶」を買った井川は、早々にオフィスに戻っておにぎりをほお張りながら、洋書店から定期購読している「Time」を読み始めた。

餌場でのにわとりの会話

ALT 袴田 源蔵
ALT 大塚 敏正

 井川が敬遠した天丼屋の中では、グランドブレーカーの大塚マネージャと袴田源蔵マネージャが、かき揚げ定食を食べていた。

大塚 「源さんよぉ、FXホープのジョブなんだけどさぁ……」

袴田 「分かってますよ?。ウチの戦略チームがちょっと遅れ気味なんでしょ」

大塚 「そうなんだ。テクニカルチームの方は大体スケジュール通りに進んでいるけど、この時期に戦略チームのアウトプットがそろってないと、テクニカルチームの次の作業ができなくなって、手待ちになっちゃうんだよ。お前は前職が銀行だったから、FX業界もまんざら知識がないわけじゃあるまい? マンパワーが足りないとか、何か問題でもあるのか? このジョブの統括マネージャである俺にできることがあったらいってくれよ」

 かき揚げ丼の汁だくの飯を、まるでお茶漬けでも食べるようにかき込みながら、大塚はどんぶり越しに袴田に問い掛けた。

袴田 「いえ、特に問題はないっすよ。井川や桜田、金田とかのシニア連中も優秀だし、マンパワーに問題ないっすよ」

大塚 「そうだよな。井川啓……。強力なシニアを付けてやったんだ。それでマンパワーが不足してますなんていったら、袋だたきの刑だよな」

袴田 「それは分かってます。……けど。井川がねぇ……」

 かき揚げの貝柱を1個1個はしでつまみながら、袴田はボソッとつぶやいた。

大塚 「ん? 井川がどうかしたのか?」

袴田 「いえね、井川が優秀なのは認めますけどね。ただ、何というか……。協調性がないんですよね。それも、単なる一匹狼のような協調性のなさではなくて、他人を見下すというか、“俺はお前たちとは出来が違うんだ”みたいな態度なんですよね。確かにあいつは頭がいい。でも、それを鼻にかけているところがある。手抜き……、ってわけじゃないんだろうけど、地道な作業をバカにするところがあるんですよね。それで、井川のアウトプットのレビューに時間がかかってしまうんですよ。戦略チームの作業の遅れの原因は、そこかもしれませんね」

大塚 「お前は逆に、地道な作業を尊重するタイプだもんな。誰かがいってたな、お前のことを『足で稼ぐコンサルタント』って」

袴田 「ハハハ、うまいこといいますねぇ。別に足で稼いでいるわけじゃないけど、確かに、銀行時代はとにもかくにも『裏付け』が求められましたからね。コンサルタントになってからも、裏付けというかデータというか、自分のアウトプットにはしっかりした根拠がないと不安なんですよね」

大塚 「それは分かるし、正しいやり方だとも思うけど、同時に俺たちにはスピードも求められてるんだから、そこも考えないとな。井川のやり方にも正しい部分はあるんじゃないか?」

袴田 「ええ、だから、井川のやり方が間違っているというつもりはないんですよ。ただ、自分のやり方からすると、何かこう、引っ掛かりを感じるというか……」

大塚 「分かるよ、分かる。お前の気持ちもよく分かる。でもな、ジェネレーションギャップってこともあるからな。いまの若者は、その、なんだ、ほら、あれ、そう、『ゆとり世代』とかいって、受験、受験でケツをたたかれてきた俺たちとは思考回路が違うんだよ。そんな若者を相手に、自分の価値観で対応しても通じないぞ。へたすりゃ、『パワハラだ』っていわれかねない」

袴田 「ええっ? 仕事の正しいやり方をいうと、『パワハラ』になるんですか!?」

大塚 「いや、だから、例えばの話だよ。自分の価値観が正しいと思っていても、ゆとり世代には『パワハラ』と感じられることもあるってことだよ。あ! いっけねぇ、今日は13時からマネージャミーティングがあるよな。あと15分しかない。さっさと食っちまわないと! とにかく、お前のチームの作業、これ以上遅らせないように頼むわ!」

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