基幹系へのクラウド活用、そのメリットと落とし穴中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(10)(1/2 ページ)

基幹系システムとしてクラウドを利用する取り組みはまだ始まったばかり。だが、コスト削減やITシステムの標準化、情報共有などが強く求められている今、基幹系へのクラウド活用は大手のみならず、中堅企業にとっても必須の検討課題となるはずだ。今回は、事例を通じてそのメリットを引き出すポイントを分析する。

» 2011年09月08日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

クラウドは、基幹系システムにどこまで使えるようになったのか?

 電子メールやファイル共有、ワークフローCRMといった領域にクラウドコンピューティングを利用するのは珍しくなくなりました。さらに、東日本大震災でTwitterやFacebookなどのSNSがリアルタイムコミュニケーションの手段として見直され、クラウドの利用メリットに大きな注目が集まっています。

 しかしながら、基幹系システムとしてクラウドを利用するケースはまだ始まったばかりです。ユニクロやローソン、ソニーといった大企業が海外拠点展開の基盤としてクラウドコンピューティングを積極的に採用しており、その内容も次第に明らかになりつつありますが、製造メーカーや中堅企業はリスクを嫌い、その採用には慎重な姿勢が見られます。

 ただ、そうした中でもクラウドの活用に積極的な企業も存在します。特に製造業は大震災以降、集中最適化されたサプライチェーンが生産再開のボトルネックになるリスクに直面して、多くの企業が国内生産拠点の見直しと海外生産への代替生産の検討に乗り出しています。工場ごとに最適化、高度化されたノウハウは独自に積み重ねられた生産管理の仕組みによるところが大きいのですが、これが想定外の災害に対してはクリティカルな弱点となることを露呈したのです。これを受けて、今回の大震災は、多くの企業が事業戦略を抜本的に見直す契機となりました。

 こうした中、国内拠点工場の復旧・復興と海外展開は大手企業のみならず中堅・中小企業にとっても、同時に進めるべきテーマになりました。しかしながら、「海外拠点のシステムをどのような手段で実現するか」は難しい課題であり、大手企業においても有効な方向性を見い出せないでいるのが現状です。従来の考え方だと、「ERPパッケージを利用して拠点ごとにシステムを構築していく」方法が一般的でしたが、これにはIT投資コストの増大と運用サポート体制の確立に課題があります。

 また、中堅・中小企業にとっては、IT要員の人材不足、海外スキル不足がさらなる制約条件となります。クラウドコンピューティングがこうした課題を全て解決できるとは思いませんが、課題を解決する技術の1つとして取り組むことは可能です。実際に、基幹系システムにクラウドコンピューティングを利用して効果を出している企業も複数出てきています。

 今回は、そうしたクラウド活用に積極的に取り組み、成功した中堅企業の事例をご紹介しましょう。

なぜERPパッケージではなく、クラウド基盤を選んだのか?

 では、さっそく事例に入ります。中堅メーカー、J社のケースです。

事例:中堅メーカー、J社のクラウド活用〜前編〜

 中堅製造業J社は、老朽化したバンコク工場の生産管理システムを再構築することにした。

 既存システムは10年ほど前にスクラッチ開発されたもので、当時としては最新のアーキテクチャだったJavaを採用したシステムであった。だが、このシステムは「海外拠点向けの標準システム」として開発を進めたものの、作業は難航を極めた。

 当初計画では「なじみのある国内ベンダが主となって開発し、運用は現地ベンダで行う」という計画であり、開発段階から現地ベンダにも参画してもらう予定だった。しかし運用を任せられる現地ベンダをうまく見つけることができず、結局、外資系コンサルティングファームが開発と運用の両方を行うことを条件に、システム導入を行うことにしたのだった。

 プロジェクトには、J社の情報システム部門の担当者が総力を上げて参画した。だが、システム構築や運用に対する考え方から契約内容に至るまで、日本とは異なる所が大きく、システムは稼働したものの、開発費用も運用コストも当初予定を大きくオーバーしてしまった。機能面も必要最低限であり、「海外の各拠点への展開を念頭に置いた標準化システム」に使えるものとは言えなかった。J社は海外におけるシステム導入と運用について、厳しい教訓を得ることとなったのである。

 よって今回、新しいシステムを再構築するに当たり、J社は前回の失敗を繰り返すことのないよう、過去の教訓を生かして慎重に検討を行うこととしたのだった。

 J社は精密機器の樹脂パーツを製造する中堅メーカーで、現在の売上は国内5割、海外5割の比率であった。用途ごとに強度や耐熱性などの性能を変え、微細加工をしたパーツを製造しており、職人技による高度な技術力と品質の高さを強みとしていた。国内売上はここ数年減少傾向にあるが、日系のメーカーがアジアへ生産拠点を移していることもあり、海外売上は着実に拡大していた。そのため、今後さらに生産量が拡大するのは確実であった。

 また、この10年間の海外製造の経験から、「各国の拠点ごとにサプライチェーンや職業文化が異なるために、生産管理の方法も拠点ごとに合わせる必要がある」ことを学んでいた。

 例えば、バンコクの工場では近年、自動車関連企業の進出が盛んで、そのすそ野を支える関連企業が増えた。現地調達できる原材料部品は、10年前は5割以下だったが、現在では8割以上となり、コスト削減に大きく貢献している。現地の技術者のレベルも向上し、日本工場で生産している製品に比べても全く遜色なく、歩留まりも同等レベルになっていた。

 これに対して中国の重慶工場は、技術水準や生産量はバンコク以上に向上しているが、人件費の高騰や急激な成長の弊害として、電気、水などのインフラが追い付いていないことと、物流の乱れによる生産計画の変更や納期遅延が頻発するなどのトラブルが続いていた。J社としても、中国市場は生産拠点ではなくマーケットとすることに戦略を変更し、ベトナムやインドネシアへ生産をシフトさせることにしていた。

 以上のような事情もあり、各国のシステムはバンコク工場の失敗を踏まえ、その後、国ごとにパッケージシステムを使ってシステム導入を行ってきた。しかし、同じパッケージを使っていても、国ごとにカスタマイズや追加開発が必要となるほか、国ごとにベンダが異なるため、その仕様も運用もバラバラになっていた。この各国拠点でバラバラに導入、運用されているシステムが、コスト増大と生産管理標準化の足かせとなっていたのである。

 J社の経営企画部と情報システム部は社長からの指示を受け、中長期IT戦略の目玉として海外拠点の生産管理システムを見直すこととした。冒頭で述べたバンコク工場のシステム再構築は、その軸となるものであった。


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