ITリーダーは“未来へ向けたビジネス基盤”を創出せよガートナーと考える「明日のITイノベーターへ」(1)(1/2 ページ)

仮想化技術の浸透、クラウド・コンピューティングの進展、そして市場環境の変化スピードの加速によって、今、企業ITには新時代に向けた変革が求められている。では今後、企業は最新のテクノロジをどのように活用していけば良いのだろうか――本連載では@IT 担当編集長の三木泉が、その独自の視点からガートナー ジャパンのアナリストと対談。次代のIT活用の道標を提供する。

» 2011年07月01日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

@IT 三木泉×ガートナーのアナリストが導き出す「明日のIT活用」

 企業ITの世界は今日、仮想化技術の普及からクラウド・コンピューティングのステージへと大きな転換期を迎えつつある。一方、企業を取り巻くビジネス環境もグローバル時代を迎え、多くの企業が経営の変革を迫られている。このITとビジネスの変革期が同時に訪れたことは、偶然の一致なのだろうか? それとも、これまで常々言われてきた「ビジネスに真に貢献するIT」が、いよいよ実現される時代が訪れつつある兆しなのだろうか?

 本連載では、@IT 三木泉がガートナージャパンのアナリスト一人一人と対談し、各アナリストの専門分野ごとの見識、提言を、より現実的な見解へと掘り下げていく。これにより、来るべき“ITとビジネスの変革期”を担う若き次世代リーダーたちに向けて、「次代のITはどうあるべきか」を考える上でのヒントや視点を提供していきたい考えだ。

 第1回となる今回は、ガートナージャパン リサーチ部門 バイスプレジデント 兼 最上級アナリストの亦賀忠明氏と、企業ITの未来についてのオーバービューについて対談を行った。今回は特にITインフラにフォーカスし、「ビジネス基盤」という言葉の意味を、次代のテクノロジに照らして、あらためて考えてみた。

グローバル競争で求められるのは「企業全体の力」

三木 本連載の第1回として、「企業ITが今後どうなっていくべきなのか」をテーマに、まずは亦賀さんに大局的なお話から伺えればと思います。

亦賀氏 ガートナーでは今年に入って「Reimagine IT」というコンセプトを語り始めています。これは文字通りに捉えれば、「ITの見直し」を意味します。気が付いてみれば、ITのパワーは実に強大なものになっています。グーグルやアマゾン・ドットコムがコンシューマ向けに提供しているクラウドサービスは、今や地球規模で普及していますし、トヨタとマイクロソフトのクラウド事業での提携も、グローバル規模でのサービス展開を視野に入れたものと言えます。

亦賀忠明氏
ガートナー ジャパン リサーチ部門 バイスプレジデント 兼 最上級アナリスト

 このように、一昔前には想像が付かなかったほどITの力が強大になったにもかかわらず、日本企業ではいまだに「ITはコスト削減策の1つ」という見方が強い。

 一方で米国などでは、こうしたITの強力なパワーをビジネスの競争力強化のために活用しようという動きが生まれようとしている。ITを“ビジネスの武器”として積極的に活用しようという考え方です。

三木 確かに、ITのパワーが増していることが、企業におけるITの使われ方に変化をもたらしていることは事実ですね。また一方で、企業を取り巻くビジネス環境の変化も、企業ITの在り方に影響を与えています。例えば製造業――特に液晶テレビなど家電製品の世界では、部品やモジュールを外部から調達して組み立てる手法が一般的になってきたため、独自の技術で差別化を図ることが難しくなってきました。新規参入のハードルも低くなったので、これまで特定の製品分野で長く実績を残してきた企業も、明日の成功が保証されない時代になりつつあります。

三木泉
アイティメディア @IT担当編集長

 そうなると技術力だけではなく、「生産と販売の最適化」が企業にとって重要になってくる。従ってこの部分を、ITをいかにうまく活用して強化できるか否かが、これからの日本企業の命運を分けるように思いますね。

亦賀氏 モノ作りにかかわる企業はそうでしょうね。また、消費者側の嗜好もモノの所有欲だけではなく、新しい「経験」を欲していく時代になると思います。そうなると、ネットワーク越しにサービスを提供するクラウドのようなビジネスモデルは極めて重要です。日本の家電メーカーもこのことに気付き始めて、家電とネットの融合を進めています。

 ただ現状では、「モノを売るためにネットをどう活用するか」という発想にしばられているように見えます。そうではなく、1つ1つのモノやサービスを全て融合した上で、「ユーザーにどのような“体験”を提供できるのか」というふうに発想を転換する必要があると思います。

三木 コンシューマ向け製品以外の業界も含めて、製品ライフサイクルがどんどん短くなっていく傾向もありますよね。今年売れるものが、来年売れるとは限らない。そういった局面では、市場動向をいかに正確に予測して生産にフォードバックするか、あるいはサプライチェーンをいかにうまく制御するかといったことが重要になってきます。つまり、企業の事業活動全体にITを使った制御、あるいは予測のプロセスをうまく埋め込んでいかないと、利益を継続的に確保していくことが難しくなっていくでしょうね。

亦賀氏 日本企業は、工場の生産ラインのレベルでは、すでにフレキシビリティを備えています。しかし残念ながら、業務や経営のレベルではまだまだ改善の余地がある。

 グローバル競争とは「生産ラインの効率性」だけではなく「企業全体の力」で競い合うものです。そうなると、意思決定や変化の先取りといったことを、何の武器も持たずに素手で行うより、テクノロジで武装した方が有利に決まっています。

 昔からよく「ITは使えるのか、使えないのか」という議論がありましたが、今、ユーザーの目に見えているものや、ベンダが提案してくるものだけがITの全てではありません。ベンダもSIerもメディアも、業務の課題解決と称して「ユーザーの既存業務に即効性がある」ことをITのメリットとして訴求しているところがあるのではないでしょうか。要するに、既存の業務を前提とした発想です。でも今、企業を取り巻く環境の変化に対応していくためには、既存業務の改善では間に合わない。やはり、「企業活動はもとより社会、人々を含む全体」という視点でITを見て、新たな可能性を探る必要があると思います。

グローバルビジネスを竹やりで戦うおつもりですか?

三木 以前、亦賀さんにお話を伺った際、「日本でも一部の企業ではそうしたビジョンを持って、有効なIT投資を進めているが、その他の大多数の企業では意識改革が進まず、両者の意識の隔たりは大きくなるばかりだ」とおっしゃっていました。しかし私の感覚では、仮想化技術の普及やクラウドの実用化、さらには「ITはビジネスのため」というコンセプトも浸透してきて、状況は好転しつつあるようにも感じているんですが。

亦賀氏 そうですね。昨年ガートナーが日本で行った調査でも、回答者の半数以上が「今のままのやり方ではいけない」という回答を寄せています。しかし同時に、その大多数が「しかし、何をどう変えればいいのかが分からない」と答えています。

「経営層は『ITを経営の武器に』という話に耳を傾けるべき。グローバルビジネスを人海戦術という竹やりで戦うおつもりなのか、真剣に考えてほしい」――亦賀忠明

 中にはIT部門が「ITを経営の武器に」と積極的に提案するケースもありますが、大多数の経営者にはそのような発想はないし、社内でも折り合いが付かずに結局行き詰まってしまうことがほとんどのようです。従って、まずは経営層にこうした話を理解していただくことが重要です。

 しかし往々にして、IT用語を用いると、経営層は「意味が分からない」となりがちです。そこで、ITの価値や潜在性を社内の非ITの人々に理解させるための工夫が必要になります。

 例えばITのパワーを分かりやすい例で説明するとき、宣伝ではありませんが、私はよくIBMメインフレームの話を引き合いに出します。メインフレームは古くて高価なものだという印象を持たれている方が多いかと思いますが、最新型のIBMメインフレームの最大性能値は5万2000MIPS。性能だけで見れば日本中のすべての銀行のトランザクションを1台でまかなえるほどのとてつもないパワーを有しているのです。こうしたものを誰が買うかと言えば、中国が買っていたりする。

三木 なるほど。一方で経営者にとっては、そうしたITのパワーの話と、ビジネスや経営レベルの話との間がなかなか結び付かないのではないでしょうか?

亦賀氏 それは本来、経営者自らが考えるべきことだと思います。今後の自社の成長シナリオを描く際に、昔ながらのやり方、時に過剰とも言える現場任せで本当に成長を達成できるのか、真剣に考えてみるべきです。例えが適切でないかもしれませんが、グローバルビジネスを戦争に例えるとしたら、竹やりで戦うのか、それともライフル銃を持って戦うのか、あるいは爆弾やミサイルを持つのか。持っている武器によって、戦闘力や戦い方がまったく違ってくるのは当然です。

 ITの“T”は“Technology”ですから、戦争における武器と同じ側面を持つと考えられます。テクノロジが新たなパワーを持ち始めた昨今、多くの海外企業がこのことに気付き、ITによる新たな武装する時代に入りつつあると言えます。「戦争」や「武器」というと物騒な話のように聞こえるかもしれませんが、日本企業もグローバル市場で勝ち残るためには、こうした意識が必要になるでしょう。

三木 例えばセブン銀行などは、ITを武器に、新事業領域に進出したいい例かもしれませんね。

亦賀氏 やろうと思えば、新しい考え方で、新しいテクノロジを使って、業界の垣根を越えた新規ビジネスに参入できる時代なのです。ここ20年来、日本のITの議論は、“業務”に偏りがちになっていますが、これからは、テクノロジがビジネスを駆動するのです。ですから、テクノロジのプロフェッショナルにとっては、これからが腕の見せ所だと思います。これまで、日本企業ではITは文房具のような扱いでしたが、今後、経営にとってITが重要だということになれば、どちらかといえば日陰的な存在だったITエンジニアの重要性も一気に増すはずです。

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