前回は、ITSSの導入状況やIT技術者のスキルアップ状況を見ることで、ITSSがIT人材育成に生かされていない現状を確認するとともに、その原因を追究した。今回は、ITSSがIT人材育成に生かされていない原因の1つである「求められる人材ポートフォリオが作られていない点」を追求し、解決の方向性を検討してみる。
ITSSがIT人材育成に生かされていない原因の1つに、「企業が求められる人材ポートフォリオを作成していない」という点が挙げられる。
求められる人材ポートフォリオを作成していないと、現状との人材ギャップが明確にならず、人材育成の目標を設定することができないからだ。そのため、ITSSは現状把握にしか活用されず、人材育成には結び付かない。
では、なぜ求められる人材ポートフォリオが作られていないのだろうか? その原因を追究した上で、解決策を考えてみる。
求められる人材ポートフォリオが作られていない原因として、次の2つを挙げることができる。
求められる人材ポートフォリオを作成するためのインプットは、自社の経営戦略である。「経営目標を設定し、そこに到達するためには何をするか?」という道筋を描いたものが経営戦略であり、経営戦略を人的資源面から検討した結果が、求められる人材ポートフォリオである。従って、経営戦略がなければ、求められる人材ポートフォリオを作ることはできない(図1参照)。
ところが日本のIT企業の中には、明確な経営戦略がない企業が多い。マイケル・ポーターが著書『日本の競争戦略』の中で指摘しているように、一般的に日本の企業は明確な戦略を持たない企業が多い。しかし、日本のIT企業は、一般企業以上に戦略を持たない企業が多いように感じられる。
その原因の1つに、顧客ごとに一から作る“カスタム開発”の多さを挙げることができる。
2007年10月に情報処理推進機構ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)から発表された「エンタプライズ系ソフトウェアにおけるSE度の実態調査」によれば、エンタープライズ系IT企業のうち、「カスタム開発が売り上げの6割以上を占めている企業」が全体の2/3程度あり、4割以上の企業が8割を占めているという。
カスタム開発はユーザー企業のシステム環境に制限されるため、IT企業(SIerなど)が自社の環境を持ち込むことは難しい。そのため、IT企業が自社の強みとして、あるいは生産性・品質の向上策として特定のシステム環境に特化する戦略を立てて展開したとしても、カスタム開発ではこれを生かす機会が少なくなる。
例えば、IT企業が自社で開発したパッケージやツールを活用して他社との差別化を図ったとしても、ユーザー企業がカスタム開発を要求した場合には、ユーザー企業のシステム環境と合わずに利用できない可能性がある。
また、顧客であるユーザー企業のシステムニーズを聞いて一から開発するカスタム開発では、要求や要件を明確に定義し、文書化する必要がある。
しかし、ユーザー企業自身が自らの要求や要件を十分に整理できていないことが多いため、「ユーザー企業が要求や要件を明確に文書化せずとも、常に綿密なコミュニケーションを取ることによってお互いの考えを理解しよう」という判断から、客先にIT技術者が常駐して開発することが多い。
派遣社員のように顧客から直接指示されて作業するのではないが、客先に常駐すると、どうしても客先の意向に左右されやすくなり、自社の戦略に基づく自社独自の行動が取りにくくなる。
求められる人材ポートフォリオを、ITSSのキャリアフレームワークの職種・専門分野・レベルごとに必要な人材数を記入することにより作成しようとしても、キャリアフレームワーク上に自社の戦略を実施するために必要な職種・専門分野がなければ、求められる人材ポートフォリオを作ることはできない。
自社独自の戦略を立て、他社との差別化を人材によって図ろうとすれば、当然、万人向けに作られたITSSのキャリアフレームワークには存在しない職種・専門分野が必要となる。
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