名作「火の鳥」に感化される挑戦者たちの履歴書(52)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、セールスフォース・ドットコムの宇陀氏を取り上げている。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年09月13日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 小学生だった宇陀氏の愛読書の1つに、手塚治虫が書いた漫画『火の鳥』があったという。

 「あれはやっぱり名作だよね! 今でも大事にとってあって、自分の子どもが小さい時に読ませたりしたし、今でもたまに読んだりします」

 漫画史に残る大傑作と呼ばれている作品だけに、読者の方々にも読んだことがある方が多いだろう。古代から未来までのさまざまな時間、そして地球から宇宙に至るまでのさまざまな空間を行ったり来たりしながら、宗教的とも哲学的ともいえる壮大なテーマが描かれる。小学生のころの宇陀氏は、この作品を全巻そろえて、何度も読みふけったという。

 「そのせいなのか、子どものころから“時間”や“宇宙”といったテーマに思いを巡らせることが多かったですね」

 同氏は、中学生のときに以下のような内容の作文を書いたことを、今でもよく覚えているという。

 「時間と空間には始まりも終わりもない。どこから始まってどこで終わるのか分からない。そんな、不明確で定義できないようなところに、われわれは瞬間的に存在している……」

ALT セールスフォース・ドットコム 代表取締役社長 宇陀栄次氏

 中学生にしてそのような深淵なテーマを取り上げるとは、相当に思慮深い子どもだったのだろう。大変失礼ながら、現在の同氏の陽気でアグレッシブな話し振りからは、そのような印象はまったく受けない。しかし、そう感じるのは筆者だけではないようだ。

 「子どものころから、いろんなことを深く考えるのが好きだったかなぁ。ひょっとしたら根暗なのかもしれない。こう言うと、人からは必ず『冗談を!』と言われるんだけど。でも例えば、1人だけでずっと本を読んだりして過ごすことに対しては、まったく抵抗感を感じないし、特に寂しいとも思わない。人と話すのもどちらかというと好きじゃない」

 これはまったく意外だ。筆者も思わず「ご冗談を!」と口に出しそうになってしまう。しかし、単に沈思黙考するだけで終わらないのが宇陀氏ならではだ。ただ哲学的な思考に耽るのではなく、「こうするためには、どうしなければいけないか。そしてそれを行うためには、さらにどうすればいいのか……」というふうに、演繹法的に思考をつなげていき、最終的に現実解を導き出す。子どものころから、そのような思考の習慣があったのだという。

 こうした思考習慣を積み重ねてきた末に行き着いた同氏の信条に、「極端に無駄を嫌う」というものがある。特に、時間の無駄は徹底的に排除する。

 「時間というものには際限がないから、それから見れば53億年の地球の歴史なんてちっぽけなもんです。さらにいえば、われわれ人間が生きることができる時間なんて、ほんの一瞬にしかすぎない。だから、この一瞬の時間を無駄にしたくないんですよね。日々仕事をやっていく中でも、無駄な時間を過ごすのが1番嫌い。例えば、働いてるフリだけしてダラダラ無駄に時間を過ごしているような人に対しては、『さっさと家に帰って遊ぶか家族と過ごしてくれ!』と言いたい。その方が、よっぽど有意義な時間の過ごし方ですよ」

 さらに自分の時間だけでなく、他人の貴重な時間も無駄にしたくない、と同氏は言う。例えば商談の場でも、自分がくだらない提案をしたばかりに、顧客の時間を無駄に過ごさせたくない。そうさせないために、これまですべての仕事に全力を尽くしてきたのだという。

 「よく『時間を買う』という言い方をするけど、それはこれから起きるかもしれない時間の無駄をあらかじめ避けるためのもの。でも、過去の時間を買い戻すことは、どんな権力者や大金持ちでもできないじゃないですか? もし過去の10年間を1億円で買い戻すことができるのであれば、僕だったら絶対やるよ! でも、お金は損しても取り戻すことができるけど、時間は絶対に取り戻せないんです」


 この続きは、9月15日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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