グラウンドでトンボの目を回す新人時代挑戦者たちの履歴書(56)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がIBMに就職するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年10月04日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 1981年、宇陀氏は日本IBMに人事部門の一員として入社する。人事部門といえば、どの企業にとっても経営の中枢を担う部門だ。従って宇陀氏はてっきり、東京の本社に勤務することになると思い込んでいたという。しかし、いざ蓋を開けてみると、入社早々に滋賀県野洲市にある工場への配属を命じられる。

 「人事は本社機構だと思っていたのに、いきなり野洲工場ですよ。で、実際に工場に出向くと、難しい顔をしたおじさんが3人ぐらい出てきて、お堅い話をし始めた。そこで僕が採用面接のときの調子で自己紹介したら、ゲラゲラ笑い出してね!」

 入社当初のことをこう明るく振り返る同氏だが、本社勤務だと思っていたのが急に地方へ行けと言われれば、多少は反発心が生まれたり落ち込んだりするものだろう。しかし、若かりしころの同氏はあくまでもポジティブ。それも、「よく分からないけど、とにかく頑張ります!」といった単細胞的なポジティブさとは違い、同氏ならではの考えに基づいたものだった。

 「野洲工場の人事部門に配属されてすぐ、『何をやりたい?』と聞かれたんだけど、『まあ、何でもいいですよ』と。だって、どこへ行ったって勉強できることはいくらでもあるし、どんな仕事からも学べることはいっぱいあるわけだから、どの部門の仕事はやりたいけど、どの部門の仕事はやりたくないなんてことは、まったくなかったですよ。こういうことは、やる側の気持ちの問題です」

 その結果、同氏に割り当てられた仕事はというと、何と福利厚生と食堂とグラウンドの管理だ。失礼ながら、現在の同氏のビジネスマンとしての活躍ぶりからは、グラウンド管理に従事している若き日の姿はなかなか想像できない。しかし同氏は、楽しげに当事のことを振り返る。

 「野洲工場には大きな運動施設があって、そこに金網を破って誰かが侵入しないか見回ったりするんだけど、トンボがよく飛んでてね。『トンボの目を回して捕まえるっていうけど、本当にできるのかな?』と思って実際に試してみたりしたね、仕事中に」

 また、新人研修の一環として工場の夜勤に従事していたとき、ちょっと休憩を取ろうと仮眠室で横になっていたら、朝まで眠り込んでしまったこともあったという。

 「目が覚めたら、もう日勤の人の勤務時間が始まってて焦ったねぇ、あの時は(笑)。 幸い、バレずに済んだんだけどね。でもあのころは、何かにつけおおらかな時代だったね」

 野洲工場時代を振り返ってこう述懐する宇陀氏だが、確かにいろいろ話を聞くと、当時は牧歌的でおおらかな日々を送っていたようだ。また当時の同氏は、学生時代から得意だった麻雀にも熱を上げていたという。

 こう書くと、若い読者は「宇陀氏は随分とギャンブル好きなんだな」と思われるかもしれないが、今と違い当時は、麻雀はサラリーマンにとって必須のコミュニケーションツールだったのだ。新社会人は皆、会社に入って早々に「麻雀もできないような奴は……」と先輩に言われて必死に覚えたものだ。そしてその揚げ句に、高い授業料を払わされるのがお決まりのパターンだった。しかし、宇陀氏の場合はちょっと違った。

 「僕は学生時代から麻雀は社会人相手に結構勝ってたから、かなり自信があったんだよね。で野洲工場に行ったら、麻雀好きの先輩方が『今度来た新人は麻雀に自信があるらしいから、ちょっと痛い目に遭わせてやれ』ということで誘ってきた。でも実際にやってみたら、もう連戦連勝で、しまいにはまったく誘ってくれなくなっちゃって!」

 ちなみに筆者も若いころは人並みに麻雀もやったが、負けることの方が圧倒的に多かったと記憶している。負けるたびに、心中では「麻雀なんて、しょせんツキ次第のゲームさ」と思いつつも、一方では「何か勝つ秘訣はないものだろうか」と真剣に考えたものだ。

 「マージャンはやっぱり、状況を見る力と、『ここは勝てるかな』と思ったときに仕掛けるリスクを判断できる力が重要かな。仕事でも同じだけど、リスクアンドテイクの判断力と駆け引きのバランスなんだよね」

 たかが麻雀と侮るなかれ。勝負事の世界で勝ち抜くための戦略は、麻雀もビジネスも多くの部分で共通しているのだ。そしてこの麻雀の強さが縁で、宇陀氏の人生はこの後、大きく動き出すことになるのである。


 この続きは、10月6日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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