IBMの強みは充実した教育制度にあり挑戦者たちの履歴書(61)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がIBMの営業で好成績を上げて課長になったところまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年10月18日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 日本IBMの大阪事業所で、営業マンとしてトップの成績を上げ、30歳という異例の若さで営業課長に昇進した宇陀氏。当時を振り返り、同氏は「とにかくお客さんに鍛えてもらった」と繰り返し言う。それも、ただ単に営業の現場で荒波に揉まれたという意味だけではないらしい。

 「IBMの良さの1つに、“若いときからお客さんのトップに会わせてもらえる”という点があるんです。もちろん、単独で会えるわけではなくて、基本的にはIBMの役員なり社長が会いにいくんだけど、そこに現場の担当営業や課長を同席させるようなことをよくやってたんですよ。あれは本当に良い制度だったと思いますね」

 若いころから、大企業の経営トップの考えに直接触れることができたのは、間違いなく貴重な体験になったという。「IBMの営業マンは、モノを売っているわけではないんですよ」と同氏は言う。もちろん、製品を販売することはするのだが、それ以前にまずは、中長期的な視野に立ってクライアントの経営課題を把握・理解し、そのうえで初めて課題解決のための提案を考える。

「御社の中期経営計画に沿ったIT戦略とは……」

「競合他社の動向を鑑みた場合……」

「欧米では今、こういう新しい事例が出てきていますが……」

 このような大局的な経営観点や、世界的な経済動向、業界動向まで踏まえたうえで提案活動を行う。これは営業というよりは、むしろコンサルティングの領域だと言えよう。さらに、経営トップだけではなく、クライアントのさまざまな部門の人間とも密にコミュニケーションを取る。その際、「御社の社長はこういうご意見をされていましたよ」「ほかの部門は、こんなことをおっしゃってましたよ」というような話をすると、非常に喜ばれたという。

 「こういうふうに、いろんな情報を集めて、それを共有してもらったり、あるいはそれらをまとめて総合的な意見として整理・調整したりといったことは、お客さんの役にも立ちますし、同時に自分自身にとっても勉強になりますよね。だから、IBMの営業はコンサルタント的な存在ではありましたけど、僕は大上段に構えて『あるべき論』を述べるんじゃなくて、『今、世の中の実例は……』『他社の見解は、あるいは他部門の見解は』という情報の整理役を演じていたような気がしますね」

 さらに、クライアントだけではなく、もちろん自分の会社であるIBMにも随分教育してもらったと同氏は振り返る。

 IBMの社員教育制度の充実ぶりは、IT業界ではつとに有名だが、一例を挙げれば、当時は営業部門の新人教育だけでも1年以上かけて、じっくり行っていたという。また、主任や課長、部長へ昇進する前後に、さらにしっかりとした教育が行われた。こうした教育プログラムは、当時は年間で平均20日間も組まれていたという。就業日数の約1割が教育に充てられるのだ。

 「僕自身は、社内教育はまじめに受けていた方だと思いますね。当時教わったことで、今でもしゃべれることはいっぱいありますしね。内容も、ハーバード大学のビジネススクールのケーススタディなんかをやってましたから、MBAにかなり近い内容でしたね。あと、財務会計なんかもかなりやりましたね」

 こうした高度な教育内容に、営業現場でのさまざまな経験が加わる。この「理論と実践」の反復で、IBMは優秀な社員の育成を図っていたのではないかと宇陀氏は言う。

 なるほど、と思う。

 筆者は決してIBMのことを持ち上げるつもりはないのだが、確かにIBMの社員は本当に精鋭揃いだと常々思っていた。

 筆者はかつて外資系ベンダに勤めていたことがあるのだが、同僚も上司もそのまた上も、多くがIBM出身者で占められており、その誰もが優秀だった。事実、外資系ベンダの日本法人のトップや役員は、ほとんどがIBM出身者で占められていたこともあるのではないだろうか? 今回の宇陀氏の話を聞いて、あらためて「巨人IBM」の強さの秘訣の一端を見た思いがした。


 この続きは、10月20日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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