編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がIBMで社長補佐になるまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。
1996年、日本IBMの社長補佐を1年間務めた宇陀氏はその後、同社で理事、UNIX製品事業部長、国内とアジア・パシフィック地域のアライアンスビジネス責任者と、要職を歴任することになる。
周囲からは、このままいけば当時としては最年少の役員に就任することがほぼ確実と見られていた。しかし実はこの間、同氏の内では新しいビジネスのアイデアが膨らみつつあった。そのきっかけとなったのは、社長補佐として次世代のビジネスをプランニングするミッションに当たった時だった。
前回紹介したように、宇陀氏はこの時期、国内初となる大規模アウトソーシングビジネスの実現に向けて動いていた。しかし同時に、同氏はさらにその先のビジネスモデルをも見据えていたのだ。
「96年当時、僕は『アプリケーション・スペシフィック・アウトソーシング』という造語で説明していたんですけど、要はその後に出てくるASP(アプリケーションサービス・プロバイダー)と同じことを考えていたわけです。アプリケーションごとにネットワークを通して、ITサービスとして提供するビジネスモデルですね」
同氏が予見したように、その後1999年から2000年にかけて、ASPビジネスが次々と興隆し、一時は随分もてはやされた。しかし、そのほとんどは残念ながらビジネスとして成功することなく、撤退を余儀なくされた。
「当時、ASPに関するいろいろな団体や委員会から、委員として参加のお誘いがありましたけど、全部お断りしました。なぜかというと、当時の日本のネットワークサービスは従量課金制のナローバンドだったので、ASPを実現するためのネットワーク基盤としてはあまりにもコスト高で、かつ遅かったんですよ。なので、当時の状況ではASPの普及は困難だと思っていました」
今ではネットワーク使用料の月額固定料金が当たり前になっているが、2000年当時はまだ従量課金制が主流だった。「あの当時、もし固定料金制が主流だったら、ASPはきっとうまくいったはず」と宇陀氏は言う。
そんな折、同氏は1人の人物と出会う。ソフトバンクグループの創業者、孫正義氏である。
当時、たまたま孫氏と話す機会があった宇陀氏は、2001年からソフトバンクが提供を開始することになる「Yahoo! BB」サービスの話を聞かされる。商用ネットワークとしては、国内初となる月額固定料金制のサービスだ。ASP普及の鍵はネットワークのスピードと課金制度が握っていると見ていた宇陀氏は、当然のことながら高い関心を示した。
一方の孫氏はといえば、宇陀氏に「ソフトバンクに来ないか」と熱心に口説いてきたという。今でこそ携帯電話やブロードバンドのインフラ事業を大々的に手掛けるソフトバンクだが、当時はまだパッケージソフトウェアの流通事業が中心だった。
しかし宇陀氏いわく、「孫さんは当時、もうソフトウェアパッケージの流通業は消えてなくなると思っていて、業態転換を図っていた」という。恐らくはその業態転換を共に進める仲間の1人として、宇陀氏の実績と知見に目を付けていたのだろう。
宇陀氏にしても、次世代のITビジネスはパッケージではなく、アプリケーションのサービスを流通させるASP的なビジネスモデルが中心になるとにらんでいた。この点において、両者の思惑が合致した。2000年末、再び宇陀氏は孫氏との会談に臨み、再び孫氏から強くソフトバンク入りの要請を受ける。
「僕は決してIBMが嫌になったわけではないし、ましてや何かやらかしてクビになったわけでもなかったけど、やっぱりIBMという大組織の中で、新しいことに、俊敏にチャレンジしにくいというのはあってね。一方の孫さんはといえば、もうまったく正反対で、どんどん新しいことに大胆にチャレンジしていくし、何よりも新規事業に乗り出すときの腹の据わり方は本当にすごい。オーナー経営者ということもあるし、すごくよく勉強している。新しいITへの可能性を強く感じたんですよね」
こうして2001年1月、宇陀氏は役員就任を目前にして20年間務めた日本IBMを去り、当時のソフトバンク・コマース株式会社の社長に就任することになる。
この続きは、11月5日(金)に掲載予定です。お楽しみに!
▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)
早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。
その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。
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