クラウドで日本をもう一度元気な国に!挑戦者たちの履歴書(72)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がセールスフォース・ドットコムの社長に就任するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年11月19日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 現在、株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役社長として、日本におけるクラウドビジネスをけん引し続けている宇陀氏。本連載ではこれまで23回にわたって同氏の足跡を追ってきたが、今回はその最終回として、同氏が日本のIT業界全般に対して思うことを率直に語ってもらった。

 「今、セールスフォース・ドットコムのワールドワイドのビジネスの中で、日本での売り上げが飛び抜けて伸びている。これは運やタイミングの良さもあったのかもしれないけど、最大の要因は日本のお客さんに特有の事情を一生懸命考えて、それに合ったサービスを実現するために本社と粘り強く掛け合った結果ですよ。そのためには僕なんか、場合によってはマーク・ベニオフ(米セールスフォース・ドットコムCEO)とでさえも、議論しますからね!」

 CRMベンダがよく打ち出すメッセージに「CRMを導入すれば顧客情報の活用が進み、売り上げが上がる」というものがある。しかし宇陀氏に言わせれば、そんなばかな話はないという。

 「このご時世、CRMで売り上げが上がるだなんて、そんなことを信じるばかなお客さんはいませんよ! 僕はそういううそは、絶対に言わない。そんなことより、今真っ先にやらなくてはいけないのは、コスト削減ですよ。それに、団塊の世代の方々が引退することによって、商売のノウハウや人脈が急速に失われつつある状況を何とかしなくてはいけない。また、全ての会社が新しい技術による新しいビジネスも検討していかなければならない。そういうところにこそ、日本でセールスフォースのサービスを有効活用できる道があると考えているんです」

 これは何も、セールスフォース・ドットコムが手掛けるCRMやSFA、クラウドの領域に限った話ではない。日本のIT産業そのものが、将来の大きな可能性への目の向け方が不十分だと宇陀氏は言う。

 「大それた話かもしれないですけど、日本を、ITサービス産業でもう一度活気のある国にしたいんですよね。日本人って今、ものすごく悲観的になっていて、悪い点ばかりをあげつらう人が多いけど、そんなことをいくらやったって活性化しません。かつて活気のあったころのことを引き合いに出して、ますます自虐的になってる。そんなことよりも、日本には素晴らしいところがたくさんあると思います。ネットワークも3G携帯でも、地上波デジタル、SNSでも、さまざまな点で世界をリードしている。良い点を正しく認識し、そこからさらに伸ばしてゆく発想の方が、社会の発展にも、企業の成長にもつながると思う」

 ここ最近、IT業界の景気の悪さを引き合いに出して記事を書くことが多い筆者にとっても、これは大変耳の痛い話である……。宇陀氏は、こうした状況から抜け出すためには、もっと新しいことに目を向ける必要があると力説する。

 既存のITソリューション、例えばERPにせよCRMにせよSFAにせよ、こういった分野は既にもう伸びしろが限られている。そういう既存のものにいつまでも固執するのではなく、かつて日本の製造業がそうであったように、新しいものをどんどん外から取り入れて、それに日本の強みを加えたうえで世界に向けて発信し、輸出していく。例えば、ソーシャルメディアやモバイルインターネットといった要素でも、日本ならではの強みがある。そうすれば、再び世界をリードできる日が来るのではないか、と宇陀氏は言っているのだ。

 「これは戦略論なので、あまり明かしたくなかったんだけど……。今、『エンベデッド・クラウド』というものを考えてるんですよ。例えば、カーナビがクラウドと連携すれば、常に最新のマップ情報が手に入ったり、今いる地域のローカル情報をリアルタイムで手に入れたりできますよね。さらにクラウドであれば、同じことがPCやモバイル端末からもできて、さらにいろんな広がりが出てくる。この手のことは日本はもともと得意な領域だし、既にスマートグリッドや地デジといったバックグランドも現実的になってきている。例えば大型液晶テレビとクラウドを連携させたら、一体どんな新しいことができるんだろう、とかね。新型の携帯端末との可能性とか。こういう、『ソーシャルシステムをクラウドで実現する』という夢のある世界が、山ほどあるわけですよ」

 もっと言えば、将来のクラウド構想に限らず、今現在の日本にだってITで社会生活を豊かにして、景気を回復させるための余地はまだまだ山ほど残っている。例えば、救急車は搬送先の病院を、いまだに電話をかけまくって探しているケースもあるという。年金の問題もまだ片付いていない。改正建築基準法で、建築確認申請の期間が大幅に伸びた結果、住宅着工件数が大きく落ち込んでいる。これらの例はどれも、ITの力で大きく状況を変えることができるものばかりだ。

 「例えば建築確認申請なんて、クラウドで申請期間を一気に短縮すれば、住宅の着工件数が増える。住宅の着工件数が増えれば、家電や家具や自動車にも波及して、景気は上向くわけですよね。世の中で不便なことなんて、まだまだいっぱいあります。ITサービス企業も、今までやってきたことをいくら深堀りしたり、細かく分析したって、もう大きな価値を引き出すことはできませんよ。それよりも、もっと大局的な視点から、新しいことに目を向けて、世界に先行してやっていく。そうすれば社会にも貢献できるし、世界に向けて売っていくことだってできるわけです。日本のIT業界は、まだまだこれからです! クラウドもその1つでまだまだチャンスはあるんですよ!」

 さらに、宇陀氏は、クラウドビジネスの活性化を通じて日本における雇用機会を創出し、日本社会の発展に貢献していきたいと語る。クラウドという新しい形のITサービスを発展させることで、地方での雇用機会や、障害者雇用の機会も創出できるという。セールスフォース・ドットコムでは、独自の「1/1/1モデル」に基づいた社会貢献活動を行っているが、その活動を通じて障害者と接することがあり、さまざまなことを考えさせられているという。

 「当社の社会貢献活動の中で、障害を持つ人たちに接することもあります。本人たちにはなんの罪も無いのに、生まれた時からチャレンジを背負っていて、でも、とても幸せそうに生きている。皆さん、自分がどれほど不幸であるかなどと言いません。むしろ、その現実から、『どうすればより幸せになれるか?』を日々考えて努力しています。さまざまな障害を持っているのに、健常者よりもずっと明るく元気に助け合っています。このような姿を見ると、僕たちが社会に何ができているかと、つくづく考えさせられます。その一環として、北海道のNPO法人『札幌チャレンジド』と協力を始め、すでに3年以上経っています。当社では、この活動を通じて製品サポート情報やトレーニング講師養成用文書の日本語訳といった、高い知識とスキルを必要とする業務を、障害者の方々にお願いしています。現在では、このような業務に携わって頂いている方が5名に増えました。このように、いろんな形で貢献できる機会があるのです」


  24回にわたってお届けした宇陀氏の履歴書は今回で終了です。次回からは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏の履歴書を掲載する予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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