新型インフルエンザ対策に学ぶ組織の在り方何かがおかしいIT化の進め方(44)(1/4 ページ)

昨今、次々と新しい問題が発生してくる。現代人は結論とハウツーだけを知りたがる。しかしそれでは問題は解決しない。現象を観察し、自ら考え、問題解決に当たらなければならない時代を迎えている。

» 2009年10月08日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

流行第1波で垣間見えた日本の組織の弱点

 今春、新型インフルエンザ第1波が流行した。ウイルスの毒性が強くなかったため大事には至らなかったものの、国の策定した行動計画はうまく機能しなかった。2009年5月24日、政府が「水際作戦」体制を解除して以降、マスコミはほとんどこの問題に触れなくなったが、いったん沈静化した新型インフルエンザは再び全国に広まり、感染者は着実に増加を続けていた。そしていま、想定より早い第2波の流行により、まん延状態に進みつつある。企業が策定しているBCPは大丈夫であろうか。

 以前、「60歳以上は免疫を持っている」(米国疾病管理予防センター)という話もあったが、東京大学医科学研究所など、その後の日本での研究の結果、「1918年に生存していた現在91歳以上の人」に抗体のあることが判明した(注1)。いまのところ、強い毒性のあるウイルスへの変異の報告はないようだが、オランダの研究機関から「新型インフルエンザの致死率は0.5%、季節性インフルエンザの数倍の確率」との発表があった。日本の現況とは多少合わない数字だが、本当なら大変なことだ。


注1: 米国の研究では、60歳以上をひとくくりにしてデータを処理していた。


 2009年8月には日本で初の死亡者が発生し、その後、基礎疾患を持たない人を含め、死亡例が相次いで報告されている。抗インフルエンザ薬「タミフル」に耐性を持つウイルスも現れた。また、小児科学会の発表では、新型インフルエンザによる脳症の報告例が相次ぎ、集中治療室や人工呼吸器による治療が必要となる重症例もあった。いま、その人工呼吸器の不足が懸念されている。

 一方、海外からは、ウイルス性肺炎を起こして死亡する例、妊産婦の重症化例などが報告された。また、かねてから注目されてきた強毒性のトリインフルエンザウイルスである「H5N1型」についてはヒトへの感染件数の報告は減少しているが、ブタからヒトへの感染力を獲得したウイルスがインドネシアで発見されるなど、依然、大きな脅威である。

 厚生労働省は2009年8月21日、「全国的流行期入り」を宣言し、2009年8月28日には地方自治体の関係部署に向けて、「新型インフルエンザ患者数増加に向けた医療供給体制の確保について」という連絡文書を発信した。その内容は、「病床数や人工呼吸器数といった医療供給体制の現状について、各自治体が調査・確認し、その結果を報告せよ」「各自治体が地域の実情を踏まえて、必要な対策について検討を進めよ」というものである。

 われわれからみれば、「いままで何をしていたのか」と思わせるような内容だが、ワクチンの準備と同様、行政の対策実施のスピードが事態の進展に追い付いていない。時間がある方はぜひ上記リンクで文書内容をご覧いただきたい。私の感覚からすれば、見るほどに不思議な文書である。厚生労働省が具体的に何に責任を持つのかよく理解できないが、こんな文書がないといまの地方自治体は動けないようだ。中央集権とはこういうことなのだろうか。

 民間企業でも中央集権化による同じような弊害が生じてはいないだろうか。「情報を求めるだけで責任を取らない本社や、何もしてくれないプロジェクトマネジメント・オフィス」──昨今、リストラで疲弊した現場が、権力を集中させた本社に対して漏らす不満の声を聞くことがある。現場から離れた本部スタッフや、顧客企業の経営層の顔色だけを気にするコンサルタントの作るBCPは機能するのだろうか。

 第2波がまん延状況に向かいつつあるいま、インフルエンザ流行第1波に対するメディアや、国、自治体の対応を振り返り、その問題点をあらためて考え、学ぶべき必要があると思う。

メディアには、まともな感覚を取り戻してほしい

 新しい感染症の流行時には、皆が正確な情報を知りたくても、実は誰にも分かっていないことが多い。テレビメディアが無責任に登場させる“面白いこと”を言う人たちの話に振り回されないように気を付ける必要がある。

 特にワイドショーのように、国の安全や国民の生命にかかわる問題と、芸能人のスキャンダルをごちゃ混ぜに扱う番組の関係者は、物事の軽重の判断を失い、その場が面白ければよいといった価値観に陥ってしまっている。一方で、「正しい情報に基づき冷静に行動するよう」と、時の総理大臣と厚生労働大臣は国民に対して語ったが、国民が求める情報が、行政から迅速に発信されることは極めて少ない。

 この問題に限らず、「何のためのメディア」「何のための政府」と腹立たしい思いはあるが、自らの身を守るためには、情報の的確な収集と、必要な前提知識に基づく情報分析、それらによる状況把握が必要なようだ。

 阪神間の一地方都市に住む筆者にとって、現地の生情報やローカルメディアから報道される情報はあっても、それはごく一部であり、多くはインターネットや、東京に拠点を置くマスメディアによる“フィルターがかかった情報”になる。

 それらの情報を突き合わせ、組み合わせてみると、いろいろなことが見えてくるが、東京発のマスメディアの伝える情報に対して、いいようのない違和感を感じることがよくある。問題の本質に迫ることなく、興味本位に“観客が観客に伝えている”ような、当事者意識の低い事件報道にしてしまっているように感じられる。1995年の大地震に続いて、今回のインフルエンザも問題の始まりは神戸であった。しかし、もしこれが東京で始まっていたなら(真実はその可能性もあるが)、行政やメディアの対応もまた違ったものになっていたかもしれない。

 有名出版社の編集者が、「仕事がやりにくくなるから、インフルエンザ対策で種々の規制を実施されると困る」といった趣旨のコラムを書いていた。この問題に限らないが、大変気になるのはメディア関係者の知識不足、勉強不足である。多くの情報に接し、また著名人に会う特権を有するがゆえに、これを繰り返しているうちに、単に知っているだけで「理解している」と錯覚するようになるようだ。

 中国・戦国時代末期(BC250年ごろ)の儒学者、荀子の言葉に、次のようなものがある。「小人の学は耳より入りて口に出づ。口耳の間、則(すなわ)ち四寸のみ。君子の学は、耳より入りて心につき、四体にしみて動静(どうじょう)に形(あらわ)る」(小人の学は、耳から入ったものが口から出てしまう。口と耳の間は、たったの四寸に過ぎない。君子の学は、耳から入ったものが心に落ち着き、行動になって表れる)――混沌とした世情の中で、メディア関係者にはぜひとも「君子の学」を目指した的確な情報提供をお願いしたい。

ティータイム 〜マスクの効果は?〜

インフルエンザ感染対策として「マスクに効果はない」という説が流布されているが、これは米国疾病管理センター(CDC)や英国保健省、WHO(世界保健機関)のウェブサイトの情報の受け売りのように思う。しかし、これらのサイトでは実は次のようなことをいっている。


「(医療関係者には効果はあるが)一般人がマスクを使用して効果があるという明確なデータはない」「(一般人は不適切な使用をする可能性があるので)マスクをするとかえって害がある場合がある」「“マスクをすれば大丈夫”と大胆に行動されると、かえって危ない」――英国、米国では普段マスクを掛ける習慣がないこともあり、マスクへの盲信を防ぐ意味で「一般への使用を勧めていない」というのが正確なところのようだ。


「マスクに効果はない」説に対する国内メディアの取り上げ方をみていると、かつてITや経済の分野で、「米国では〜」「グローバルスタンダードは〜」といった言葉の下に、事実の確認も、理由の理解・評価もしないまま、多くの人がおかしなものに振り回されていた時代が思い出される。


感染から身を守る完全な方法はないから、少しでも効果があるならば、できることはやる方がよいと筆者は考えるが。


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