BCPに不可欠! 初動対応計画、3つのポイント身の丈BCPのススメ(2)(2/2 ページ)

» 2011年06月07日 12時00分 公開
[副島 一也, 勝俣 良介,ニュートン・コンサルティング、構成:吉村哲樹]
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平時に考えておきたい“初動対応の在り方”

 ではさっそく、初動対応計画における重要な活動を順に見ていこう。

避難

 「揺れた瞬間に怖くなって外に出ました」「最初の揺れが収まってから外に出ました」「ずっと屋内にいました」など、今回の大震災では、同じ企業内でも人によって異なった回答するケースが数多く見られた。企業によっては避難場所に待避した後、そのまま自分の判断で勝手に帰ってしまった、という話もある。

 当然のことながら、避難についてのいい加減な対応は、そのまま人命を失うリスクに直結する。現に、建物の中の方が安全だったにもかかわらず、屋外に出て落下物にぶつかって負傷した人もいる。

 「最初の待避行動の在り方」の解は一つではないが、基本的に入居している建物の耐震性が高いようであれば、建物内にとどまっておくことがより安全だろう。とはいえ、入居している建物の耐震性、建物を取り囲むビルの耐震性、避難場所までの距離などの情報がなければ、社員も判断のしようがない。会社として責任を持って、こうした情報を確認の上、対応方針を明確にし、社員に伝えておくことが重要となる。

安否確認

 被災当日、回線に大量のトラフィックが発生し、電話連絡が困難になった。携帯メールに頼った安否確認システムは、メールサーバに高負荷が掛かったためか、メールの送受信が著しく遅延したことが確認されている。

 また一方で、社員の安否確認に追われて来客者対応がおろそかになり、来客者がいつ帰ったのか、無事であったのか、しばらく分からなかったというケースも報告されている。さらに社員本人の無事が確認された場合でも、その家族の安否が分からないために、業務が全く手につかないという事態も多々あった。

 社員のみならず、社員の家族の安否情報が取れないと、それはそのまま事業継続のボトルネックになりかねない。企業として業務再開に向けた動きも取りづらい。また、来客者に対していい加減な対応は、人道的に許容されるべきものではなく、最悪の場合、企業の信用を問われかねない。

 さらに、意外に知られていないことだが、社員の家族の安否確認の成否は、そのまま帰宅困難者の問題に直結する。内閣府の調査によれば、社員が「自分の家族の安否を確認できた場合」と「できない場合」で比較した際、後者の場合は「最大25%ほど帰宅困難者の数が減少する」と予測されている。

ALT 図2 社員本人の無事が確認された場合でも、その家族の安否が分からないために、業務が全く手につかないという事態も多々あった。社員の家族の安否情報が確認できないことは、業務のボトルネックになり得る(内閣府 「帰宅行動シミュレーション結果について/平成20年4月」より)(クリックで拡大)

 安否確認の在り方としては、今回の震災ではデータ通信を問題なく利用できたことから、できればSkypeや音声チャットなど、データ通信を利用した連絡手段を取り入れることを視野に入れておきたい。ただし、今回の震災で使えたからと言って、次の震災の時に必ず使えるとは限らないので、常に複数の手段を持つよう心掛けておくことが重要だ。なおかつ、社員の安否だけではなく社員の家族、そして来客者の安否確認をどうするのかについても、対応を決めておくことが重要だ。

帰宅困難者対応

 3月11日の17時過ぎ。JR東日本は、その日のうちの運行再開を断念する旨を発表した。道には自宅に向かおうとする人が溢れかえった。弊社、ニュートン・コンサルティングは皇居近くにオフィスを構えているが、皇居のお堀沿いの道も多くの人であふれていた。幅の広さに余裕があるとは決して言えない側道を、西へ東へと向かう人々がぶつかり合うように交錯していた。一歩間違えれば、多くの負傷者を出しかねない状況だったように思う。

 あまり知られていないが、都内で震度6以上の大地震が発生した際、警視庁は環状7号線の内側の区域を全面車両通行禁止とする交通規制を実施する。また、緊急車両を最優先で通行させるために、緊急交通路に指定されている幹線道路に関しても全線車両通行止めとなる。

 これにより、東京湾北部地震では、「200万人を越える人が満員電車状態の道路を、最低でも3時間は歩かなくてはいけない」という想定結果が出ている。負傷者の病院への移動の大きな妨げになる上、たとえ健常者でも、帰宅途中に大きな余震に巻き込まれ、二次災害を被る危険性も高くなる。

ALT 図3 震災後は余震にも注意が必要だ。今回の東日本大震災では、3月11日当日から12日の未明にかけて、震度5以上の余震が8回も発生した(気象庁)≫

 ちなみに余震についてだが、気象庁の発表によれば、2004年に新潟県で起きた中越地震では、本震と同日内に発生した震度5以上の余震は10回を数える。今回の東日本大震災も例外ではなく、3月11日当日から12日の未明にかけて、震度5以上の余震が8回も発生している。

 こうした“一斉帰宅のパニック”を回避するために、企業も普段から「災害時の社員の帰宅方針」を定めておく必要があるだろう。まず、「どうしても真っ先に帰宅しなくてはいけない事情を抱える社員」と、そうでない社員とを分けて、段階的に時差を設けながら帰宅させることが望ましい。

 参考までに、企業で働く東京都民の3分の1の人たちの帰宅を、震災翌日に分散させるだけで、先ほど述べた「“満員電車状態で移動”する人数は、半分にまで減る」とされている。「2分の1の人を翌日に帰宅させた場合には、当日の混雑を4分の1まで減らせる」とのシミュレーション結果も出ている。

万一の際の対応力強化は、ルールの明確化と訓練がカギ

 今回の震災で、実際に被災された企業の皆さまからの話を聞くにつけ、「大震災に直面しても、初動の面でしっかりと動けた企業」に共通して見られる“ある傾向”があると感じている。その一つを挙げるとすれば、それは前出の項目??「非難」「安否確認」「帰宅困難者対応」について普段から真剣に検討していたことはもちろんだが、それにも増して、訓練を積極的に行っていたことである。

 言い替えれば、企業のこうした不測の事態に対する対応力(=的確かつスピーディーな判断力と実行力)は、ルールの明確化(=ハード面の整備)だけではなく、それを実行する人の能力(=ソフト面の整備)が伴わなければならないということの証明でもある。

 余談だが、米タイム誌のシニアライターであるアマンダ・リプリー氏が実施した一つの面白い研究結果がある。彼の調査によれば、大災害に遭った直後の人々の反応は、総じてスローになる傾向が見受けられたそうだ。この行動は「否認」と定義されるそうだが、人には「自分だけは危険な目に遭わない」という傲慢な思い込みがあり、これが非常時において待避行動の遅れを招く可能性が強いのだそうだ。そして、「こうした傾向を克服するには徹底した訓練しかない」と締めくくっている。

 1万5千人を超える死者を出した今回の震災下で、大津波が直撃したにもかかわらず、岩手県釜石市の小中学生の生存率は99.8%に達したと言われている。この裏には、徹底した教育や訓練があったと聞く。また、被災直後の対応が素晴らしかったとして賞賛されているディズニーランドにおいては、来場者の安全・安心を守るために年180回近くの現場スタッフの訓練を行っているという。


 東日本大震災が起き、多くの犠牲者が出た。だが今回、自社においては問題がなかったから次回も大丈夫……そんな根拠のない安心感にとらわれている人はいないだろうか? 災害直後は、一瞬の判断や行動の遅れが命取りとなる。人間は自然災害を未然に防ぐことはできないが、同じ悲劇を回避する能力はあるはずだ。企業は、東日本大震災からの学びを最大限に活かし、真の“対応力”を身につけるための努力を惜しんではならない。努力は結果となって必ず現れる。そう確信している。

著者紹介

▼著者名 副島 一也(そえじま かずや)

ニュートン・コンサルティング代表取締役社長1991年、日本アイ・ビー・エムに入社。東京23区の法人向けソリューション営業として8年間在籍し、アジアパシフィック社長賞を2回獲得。1998年より、英国にて災害対策や危機管理、事業継続マネジメントなどのコンサルティングを行うNEWTON ITの立ち上げに参加。取締役を経て代表取締役に就任し、金融機関を中心にBCPやDRPソリューションを提供。2005年のロンドン同時多発テロや、バンスフィールド爆発事故からのBCP発動も経験する。2006年、現在のニュートン・コンサルティングを日本で設立し、代表取締役に就任。現在に至る。日本でも多くの企業のBCMS構築支援を実施している。現在IRCA(国際審査員登録機構)JAPAN諮問委員やBSI(英国規格協会)JAPAN諮問委員、JIPDEC BCMS技術専門部会オブザーバーなどを務め、BCMS普及啓発に尽力している。

▼著者名 勝俣 良介(かつまた りょうすけ)

ニュートン・コンサルティング取締役副社長早稲田大学卒。オックスフォード大学経営学修士(MBA)。日本にてITセキュリティスペシャリストとして活躍後、01年に渡英し、NEWTON IT (UK)へ入社。欧州マーケットを対象にセキュリティソリューションを展開すべくセキュリティ部門を立ち上げる。自ら部門長としてISMSの構築をはじめとしたセキュリティビジネスを軌道に乗せた。2006年Newton IT日本法人を立ち上げ、取締役副社長に就任。自らもJSOX対応、セキュリティ対応、BCM構築など幅広いコンサルティングスキルを有する。MBCI、CRISC、CISSP、CISA。


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