現時点ではコスト削減を主目的に仮想化技術を導入するケースが多いが、今後は多くの企業が、収益向上に向けてより効果的に活用するケースが増えてくるだろう。今回は、仮想化技術のメリットを十分に引き出すための前提条件をあらためて振り返っておく。
いよいよ本連載も最終回を迎えることになりました。これまで述べてきたように、仮想化技術を上手に使えば、業務の状況に応じて柔軟に運用できる無駄のないITシステムを構築し、コスト削減、ビジネス展開のスピードアップ、システムの可用性向上など、企業は計り知れないメリットを享受することができます。2008年12月の連載開始時には「サーバ仮想化によるコスト削減」が注目を集めていましたが、昨今は仮想化をコア技術としたクラウドコンピューティングが話題になっています。仮想化技術はあと数年で確実にコモディティ化するはずです。
こうした状況を受けて、今回は仮想化のメリットを引き出すためには「ユーザーの自立が最大の鍵になる」ということをあらためて強調しておきたいと思います。“ユーザーの自立”とは、「ITを業績向上の武器としてどのように使いこなすか、自ら考える」という意味です。
この20年ほど、企業のITシステムを取り巻く環境は、アウトソーシングサービスの浸透や情報子会社の設立など、ビジネスとITを切り離していく傾向にありました。これが自社に蓄積すべきITシステムの技術や知識を、自ら放棄してしまう結果を招きました。
例えば、「どんな目的で、どんな技術を採用しているのか分からない」「ITコストの中身をきちんと把握していない」といったケースです。ベンダからの提案に対して技術的、あるいは将来的な議論ではなく、目先のコストに関する議論に終始してきたがために、肝心のITシステムの仕組みや構成についてはほとんど把握していない、という話もよく聞かれます。その結果、自社ではITシステムの改善や改革を検討することが難しくなってしまった事例は数多く存在します。
仮想化技術のメリットを享受するためには、まずITシステムの現状を把握し、それに基づいて目標を設定しなければなりません。いうまでもなく、これはITの活用全般に当てはまる基本中の基本です。しかし、仮想化技術とは「いまあるリソースを、より効果的・効率的に使うためのもの」であるだけに、そうした基本がいっそう強く求められるのです。今回は本連載のまとめとして、仮想化技術のメリットを引き出すうえで欠かせない5つの基本スタンスを、あらためて振り返っておきたいと思います。
私は「ユーザーの自立」には少なくとも次の5点が必須だと考えています。
以下ではこれらを順に解説していきます。各項目に対して自社はどういう状況にあるのか、あらためて自問してみて下さい。
ユーザー企業のシステム担当者に「自社のIT環境をすべて把握していますか?」と聞くと、ほとんどの方は「もちろん把握しています」と即答します。ところが、「では何台の物理サーバをお持ちですか?」「各サーバの稼働率はどのくらいですか?」「開発/検証環境には、どのくらいのIT資産をお持ちですか?」「年間のITコストはいくらで、どこのベンダにいくら支払っていますか?」「所有しているシステムで緊急時に使用できるものはありますか?」と質問を重ねていくと、すべてに答えられる方はほとんどいないというのが現状です。
もちろん、自社のシステムに関する数値データだけ知っていても仕方ありませんが、厳しいビジネス環境を生きていくために、ITという武器の現状を把握していなければ、判断の手掛かりがない以上、さまざまな局面で競合他社に遅れを取ることになります。
ある大手製造業では、6年前からITインフラの整備に着手し、自社システムの状況をすべて把握したうえで、それをより有効に運用する体制を築きました。サーバ、ストレージ、ネットワークを含めてシステムインフラ全体を仮想化し、情報システム部門が全社のITシステムを一元管理する体制を整えたのです。
従来は、各業務部門から寄せられる開発案件ごとにプロジェクトチームを編成し、開発後の運用も同じチームが担当するという体制でした。ハードウェアやミドルウェア、ソフトウェアの運用方針はチームによってバラバラであり、全社的な視点でみると効率的な運用とはほど遠い状態にありました。
そこで考えたのが、情報システム部門が全社のITインフラを一元管理することと、インフラチームとアプリケーションチームの分離です。ハードウェア、ソフトウェア、ミドルウェアの標準化と、それぞれの運用標準化を図り、アプリケーションチームは必要な開発・実行環境をインフラチームに依頼すれば、仮想化技術によって半日程度で開発環境が提供されるほか、構築後の運用もインフラチームに任せられる体制を整えたのです。
また、システムの重要度に応じてハードウェアの可用性のレベルを3段階に定義し、二重化など各レベルに応じた施策も3パターンに整理して、「松・梅・竹」という3つの運用パターンを用意しました。これにより、アプリケーションチームは、開発案件ごとにハードウェアの可用性をイチから考慮する必要がなくなり、システム構築期間を従来比で70%短縮できたのです。また、仮想化技術を使ってインフラを集中管理することで、物理・仮想サーバを含めて600台以上あるサーバがわずか2人で運用可能となり、人件費を大幅に削減することもできました。
これはインフラ全体の仮想化により、インフラと運用の標準化を図り、ITリソースを全社で共有する体制として効率化を果たした事例ですが、全社のハードウェアの台数や稼働率、ITコストの内訳などを明確に把握していなければ、こうした計画を検討、実行することは不可能です。
第6回『仮想化技術を生かし切るための条件』で詳述しましたが、「現在、どんなIT資産を所有しており、どの部門が、どの資産を、どのように利用しているのか」を把握するIT資産の棚卸しが、仮想化のメリットを引き出すすべての出発点になるのです。
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