プロジェクトマネージャは、説得術を磨くべしやる気を引き出すプロジェクト管理(5)(1/2 ページ)

プロジェクトを円滑に運営していくためには、各関係者をうまく説得して、各々の利害を調整する必要がある。こうした仕事を苦手とするプロジェクトマネージャも多いようだが、いくつかの重要なポイントさえ押さえておけば、さほど難しいことではない。

» 2008年06月20日 12時00分 公開
[安達裕哉,トーマツ イノベーション]

プロジェクトマネジメントで最も重要な課題

 本連載の第2回「プロジェクトは、計画通りに進まなくて当然」で、プロジェクトマネジメントにおいて最も重要な課題は、

  1. 「成果の設定(仕様の確定)と仕事の設計(作業の洗い出しとスケジュール化)は不確実である」というリスクへの対応
  2. プロジェクトが「うまくいっている」「うまくいっていない」の判断

の2点であると説明しました。

 さらに、1つ目の課題については、その対応策として大別して5通りの方法が存在することをお伝えしました。

  1. 顧客に要件定義を依頼
  2. 契約の見直し
  3. 「成果の設定」「仕事の設計」の精度向上
  4. 関係者への説得・承諾
  5. 追加要求の影響を最小化

 これらのうち、1番目から3番目のものについては、これまでの連載の中でその実務上のポイントを紹介してきました。今回は、4番目の「関係者への説得・承諾」について、お話ししたいと思います。

なぜ「関係者への説得・承諾」が重要なのか

 まず初めに、あらためて考えていただきたいことがあります。それは、「なぜ関係者への説得・承諾が重要なのか」ということです。本稿を読み進める前に、このことについて少し考えてみてください。

 Thinking Time

 ……いかがでしょうか。いろいろな理由が浮かんできたのではないでしょうか。具体的な例でいえば、「要求が変わったから」「追加の予算が欲しいから」「プロジェクトメンバーにきっちり働いてもらうため」などなど、その時々の事情によってさまざまな理由が考えられます。いずれも現場において説得と承諾が必要な場面ですから、どれも正解だといえるでしょう。

 しかし、根本的なところに踏み込めば、「関係者に意思決定してもらうため」だといえます。プロジェクトにはさまざまな関係者がいます。この関係者の利害を調整し、プロジェクトを望ましいゴールへ導くために不可欠な仕事が、「関係者への説得・承諾」です。

 よって、プロジェクトマネージャは「関係者の意思決定の補助」を行い、「関係者すべてにとって満足のいく意思決定を導く」よう心掛けなくてはいけません。

 その際、プロジェクトマネージャに求められる仕事は次の4つです。

  1. キーパーソンを見極める
  2. キーパーソンへ報告・連絡・相談する
  3. キーパーソンに判断材料を提供する
  4. 言い方に気を付ける

キーパーソンを見極める

 よくいわれることですが、説得・承諾は、キーパーソンに向けて行わなくてはいけません。キーパーソンと話すことができなければ、すべてが徒労に終わるかもしれません。

 それでは、キーパーソンとは一体誰なのでしょうか? 世の中では一般的に、

 「キーパーソン=決裁権限を持つ人」

といわれることが多いようです。確かにこの定義は正確ですが、実務においては100点の答えとはいえません。

 なぜでしょうか? それは、「決裁権限を持つ人物≠意思決定する人物」であることも多いからです。

 事例を挙げてみましょう。あなたは販売管理システム構築プロジェクトのプロジェクトマネージャだとします。顧客側のプロジェクト責任者は、情報システム部の責任者です。このとき、あなたが直接会いに行くべきキーパーソンの可能性がある人物を挙げてください。

 Thinking Time

 ……いかがでしょうか? 少なくとも、情報システム部の責任者はキーパーソンである可能性が高いでしょう。しかし、ほかに可能性のある人物もいるのではないでしょうか?

 用心深いプロジェクトマネージャであれば、以下の例のようにさまざまな可能性を考えます。

社長 ワンマン社長であることが分かっている場合、必ず会いに行くべき人物です。
営業部長 営業マンの数が多い会社の場合、営業部長は発言力のある人物である可能性が高いでしょう。後で仕様をひっくり返される可能性があります。
購買部長 在庫が経営課題に挙がっている会社の場合、購買部長が横やりを入れてくるかもしれません。
経営企画部長 社長への影響力が強い人物かもしれません。彼がへそを曲げると、プロジェクトが頓挫する可能性があります。

 実質的な意思決定者を見分けるには、「顧客の組織図」を見るという方法があります。組織図からは、実にさまざまなことが読み取れます。業務分掌や職務権限はもちろんのこと、主力の商品、マーケティング戦略、人事制度、役員の力関係や資金力などの情報も得ることができます。これらの情報を基に、実質的な意思決定者をあぶりだします。

 以下は、具体的な組織図の見方の例を図示したものです(図1)。

ALT 図1 組織図の読み方の例(出所: トーマツ イノベーション)

 また、いったんキーパーソンを発見できたら、とにかく「会う回数を増やす」ことが大事です。下の図を見てください(図2)。これは「ザイアンスの法則」と呼ばれるものですが、信頼してもらうためには「まずは会うことが大事である」と提唱しています。

ALT 図2 ザイアンスの法則(出所: トーマツ イノベーション)

キーパーソンへ報告・連絡・相談する

 米国屈指の多国籍企業であったITT(インターナショナル・テレフォン・アンド・テレグラフ・カンパニー)において、約14年間連続増益を成し遂げた経営者であるハロルド・ジェニーン氏は、その著書『プロフェッショナルマネジャー』(田中 融二=訳/プレジデント社/2004年5月)の中でこう述べています。

 「ITTの基本ポリシーの1つは、『びっくりさせるな!』(ノー・サプライズ)ということだった。企業にあって、びっくりさせられることの99%までは良くないことに決まっている。経営チームとしてわれわれがどれほど熟達していようとも、誰かがきっと失策を犯し、予期しなかったことが起こり、問題が生じるものだ。しかし、予期しなかった問題を発見し、それに対処するのが早ければ早いほど、解決するのはそれだけ容易になる。(中略)私は全子会社のマネージャに、重要と思われる問題はすべて月次報告書に書き出すように要求した。隠しておいて、後でびっくりさせるな、と」

 国や時代が異なれど、確実な報告・連絡・相談、いわゆる「ホウレンソウ」によって仕事の質が高まることに変わりはありません。また、ホウレンソウができていれば、キーパーソンからの信頼も厚くなりますので、話が進めやすくなります。

 新入社員が必ず研修で教わるホウレンソウですが、現実のプロジェクトでは社内だけでなく、社外のすべてのキーパーソンとコミュニケーションをとる際に実行する必要があります。

 また、ホウレンソウのポイントとして、下の図の3点が挙げられます(図3)。

ALT 図3 ホウレンソウの基本ポイント(出所: トーマツ イノベーション)

 1つ目は、「悪い情報ほど早く伝える」です。先ほどご紹介した「ノー・サプライズ」と同じことです。

 2つ目の「5W1H」も、新入社員が必ず教わる仕事上のポイントでしょう。しかし、果たして普段の実務の中でどれぐらい実行できているでしょうか? ここで、あらためて復習してみましょう。下の図を見てください(図4)。

ALT 図4 事実を整理して結論から伝える(出所: トーマツ イノベーション)

 何かを相手に伝える際、上図の5W1Hの形を心掛けることで、伝えたい内容が明確になります。

 そして、最後に「自分なりの意見を持って行う」です。次の2つの会話例を見てください。

[会話例1]

 朝方△社から電話がありまして、大変お怒りの様子で、電話に出たアシスタントもオロオロして大変困ってしまって、結局私が代わって対応したのですが、予定していたテストがまだ完了していないとのことでした。

 Aさんはたまにミスがあるので、いま携帯電話に連絡をとっていますが、出張中で飛行機に乗っているところなのでしょうか、まだ連絡がついていません。

 どのように対応したらよいでしょうか?



[会話例2]

 本日8時に、Aさんが担当する△社の部長から、予定していたZシステムの連結テストがまだ完了していないとのクレームを受けました。

 お客さまは、システムを止めての大規模テストなので、明日までに完了させてほしいと強く要望されています。

 作業担当者に問い合わせたところ、そのような予定は聞いていないとのことでした。ただし、テストに備えて人員は待機しているとのことです。私が至急センターに向かい、状況を把握したうえでテストを再開したいのですが、よろしいでしょうか?

 原因は、私の推測ですが、当社の連絡漏れだと思います。現在、担当のAさんの携帯電話に連絡をとっておりますが、まだ連絡がついていません。同時に、メンバーにはスケジュールを確認してもらっています。

 原因が分かり次第、お伝えします。



 どちらの例が望ましいか、いうまでもないでしょう。最終的な現場での判断が求められるプロジェクトマネージャにとって、自分だけの勝手な意見を報告するのではなく、会話例2のように「顧客の要望を最優先に考えた、自分なりの意見」が求められます。

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