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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(26)

大企業が“正しい決算書”を作らない理由

高田直芳
公認会計士
2012/2/9

本連載では、これまで数多くの上場企業を取り上げてきた。しかしその東証1部上場の母集団のほとんどが、いわゆる「ドンブリ原価計算」なのではないか、と筆者は疑っている。なぜ上場企業までがドンブリ勘定なのか。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年2月19日)

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 『裸の王様』という童話がある。いまの中学生や高校生が、この話をどれだけ知っているか、というリサーチを行なったことがないので、とりあえずは誰もが幼少の頃に学んだ話、ということにさせていただく。

 この童話からは、数々の示唆に富む教訓が導かれる。今回は、上場企業にまつわるコスト管理の話題を提供する前に、次の4つの教訓を確認しておきたい。以下はあくまで、筆者の主観である。

 1つめは、多数派の意見が常識にまで高められると、疑う姿勢をなくしてしまうこと。

 2つめは「あれ? どこかおかしいぞ」と疑問に思うことがあっても、それを理論的に追求するのが困難な場合、人は様子見を決め込むこと。

 3つめは、説明する自信があっても、対象が権威などにまみれて強固なものであるとき、人は自らの道理を引っ込めてしまうこと。

 4つめは、無知は恐ろしい結論を導き出すことがあるので、無知のまま放置しておくほうが、本人も周りも幸せな場合があること、である。

 かくして「裸の王様」が、大通りを闊歩することになる。

上場企業の原価計算が
「ドンブリ勘定」?

 本連載では、数多くの上場企業を取り上げてきた。数多くといっても、筆者の場合は日経平均225銘柄の企業データすべてを把握しているので、本コラムで扱っているのはその一部にすぎない。

 その一部を統計学でいう標本平均とするならば、東証1部上場の母集団(09年12月で1697社)のほとんどが、いわゆる「ドンブリ原価計算」なのではないか、と筆者は疑っている。それ故に、ジェットコースターもどきの業績推移に苦しんでいるのだろう、とも推測している。

 「そんなはずはない。わが社は、厳格なコスト管理を行なっているぞ」と自負するのは、このコラムの終わりまでを読んでからにしていただくことにしよう。

 まずは、「ドンブリ原価計算」の意義を整理しておく。これは、カツ丼や親子丼のように、1杯のドンブリに雑多な具を乗せるところに由来する。

 実際にどのように行なうかは、地方商店街にある八百屋の店頭を思い浮かべて欲しい。

 八百屋では、ヒモでくくりつけたザルを天井からぶら下げて、買い物客から受け取ったおカネを、そのザルに放り込んでいく。野菜用のザルや、果物用のザルを分けて、天井からぶら下げておくのがポイントだ。足許に小さなバケツを用意しておくのでも構わない。

 閉店後、各所に配置したザルやバケツに貯まったおカネを集計していけば、野菜別・果物別などのセグメント別損益計算書がサッとできあがる。これに仕入値を付き合わせていけば「ドンブリ原価計算」の完成だ。

厳密に原価計算しているのは
東証1部上場のわずか1.6%!?

 予備知識を仕入れたところで、製造業に係る典型的な損益計算書と貸借対照表を〔図表 1〕に示す。金額単位は省略する。


  〔図表 1〕の損益計算書の様式は、財務諸表等規則75条1項に基づいている。損益計算書の期末製品棚卸高と、貸借対照表の製品が、赤く染めた4,000で一致していることを確認していただきたい。

 〔図表 1〕は見慣れた様式であり、あらゆる上場企業の決算書で見ることができる。実は、そこに落とし穴がある。

  〔図表 1〕は「実際価格×実際数量=実際原価」という会計処理を行なっている企業が作成する様式であり、予定価格(製造間接費の予定配賦を含む)を採用している企業には当てはまらない。あくまで「実際原価に基づく決算書」の様式である。

 「そんなはずはない。当社はコスト管理に予定価格を採用して、〔図表 1〕を作成しているぞ」と主張するムキもあるだろう。それは落とし穴に嵌り込んだ者が、穴の底から騒いでいるようなものだ。

 「予定価格×実際数量=予定原価」を採用していると主張するのであれば、次に示す〔図表 2〕の様式に基づく必要がある。


  〔図表 2〕の特徴は、損益計算書において赤く染めた「4. 原価差額 400」にある。これが「コスト管理に予定原価を採用しているぞ」と主張する企業が作成すべき「予定原価に基づく決算書」の様式だ。根拠は、財務諸表等規則ガイドライン75-2-1に記述されている。なお、『四半期財務諸表に関する会計基準』第12項にいう「原価差異の繰延処理」の話でないのは、もちろんである。

 東証1部上場1697社中、製造原価明細書を作成している1218社のうち、〔図表 2〕に則った様式を作成している企業を調べたところ、日立金属や三井金属鉱業など19社しかなかった。その割合は1.6%にすぎない。もちろん、この19社には、本連載で扱った企業は1社も存在しない。

 実に上場企業の98.4%(1199社)が落とし穴の中で、もがくように「ドンブリ原価計算」を行なっている勘定だ。

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