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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(26)

大企業が“正しい決算書”を作らない理由

高田直芳
公認会計士
2012/2/9

本連載では、これまで数多くの上場企業を取り上げてきた。しかしその東証1部上場の母集団のほとんどが、いわゆる「ドンブリ原価計算」なのではないか、と筆者は疑っている。なぜ上場企業までがドンブリ勘定なのか。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年2月19日)

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企業は“結果(決算書)”に
よってのみ評価される

 もちろん、プロセスも大事なことは承知している。しかし、それは社内での評価基準にとどまる。筆者はあいにく、すべての上場企業の内部プロセスに精通しているわけではない。

 東証1部上場の98.4%(1199社)の企業が〔図表 1〕の様式で決算書を開示している以上、それらの企業では「ドンブリ原価計算」が行なわれているのだ、と外形的に断定せざるを得ない。そして、そういうドンブリ状態が、企業の業績回復を遅らせている要因になっているのではないか、と指摘することもできる。

 そもそもの話として、多額の原価差額が発生する最大の原因は、企業が設定する「工数」に、明確な根拠がないからだ。ただし、それを指摘しては可哀想な面もある。工数の根拠となる「年間予算額/延べ人数/延べ日数」などを、向こう1年先まで見積もるのは、神ワザだからである。

 そうはいっても、実務の範となるべき現在の原価計算論の罪も大きい。期待実際操業度(または短期予定操業度)などといった、実務では絶対に算定不可能な神ワザ的概念を、漫然と書き並べた書物が相変わらず多いのには辟易する。

 自ら現場に立ち入ることをせず、システム制作のノウハウもなく、理論的に正しいかどうかしか議論しない「空想的原価計算」は、実務では不要である。実務で役立つ理論やシステムは、如何にあるべきかを考えるべきだろう。

 こうした問題について、今春に出版する予定の書籍では、筆者が制作した原価計算システムのノウハウをベースに、四半期(3ヵ月)ごとに工数をどんどん改訂していく手法を紹介する予定でいる。現場における実際の運用状況を観察していると、3ヵ月先までであれば神さまも許容してくれているようだ。

「目的と手段」を取り違えた
コスト管理に気をつけろ!

 コスト管理は確かに難しい。一朝一夕に取り組めるものではない。筆者のところには時々「活動基準原価計算(ABC)を指導して欲しい」という依頼が舞い込む。そのたびに、筆者は身構える。相手のレベルも確認しないまま安請け合いをしたのでは、裸の王様を着飾らせるための、あこぎな仕立屋に成り下がってしまうので注意が必要だ。

 例えば、次のケースを考えてみよう。「当社は建設業を営んでいるので、個別原価計算を指導して欲しい」こういう依頼なら、筆者は喜んでオーダーメイドの服を仕立てる。

 ところが、「当社は個別原価計算に取り組みたいので、建設業に進出したいのだ」という発想は、どう考えてもおかしい。目的と手段を取り違えて、本末転倒である。建設業→個別原価計算という因果関係は成立するが、個別原価計算→建設業という因果関係は成立しないのである。

 活動基準原価計算の場合は、こうした因果関係がもっと成り立たない。製造業だから活動基準原価計算がふさわしいわけではなく、ましてや、活動基準原価計算に取り組みたいから新たな製造部門を立ち上げる、ということもあり得ない。

 かつての生産現場では、単純作業は機械に行なわせ、複雑高度な作業は人の手で行なわれていた。近年、モジュール生産などが普及するようになると、複雑高度な作業は機械に行なわせ、単純作業は人が行なうようになった。

 こうした場合、現場の周辺で発生する管理コストなどが無視できない大きさになってきた→活動基準原価計算が有効なのではないか、という因果関係がようやく成立するのだ。

「活動基準原価計算を指導して欲しい」と依頼してくる企業は、まず間違いなく「活動基準原価計算ありき」の発想である。その動機を問いただしてみると「書店でたくさんの関連書籍が並んでいたから」が圧倒的だ。活動基準原価計算以外の原価計算はすべて時代遅れだ、と思い込んでいる人もいる。

 この会社は一体、何を目指しているのだろうなぁ、と問うてみたいのだが、「裸の王様」はコストドライバーなどの専門用語に妙に習熟しているケースが多いので面食らってしまう。管理コストを減らすどころか増やす方向に話を持っていくと、より喜ぶのではないか、などと皮肉ってもみたくなる。

 童話をよく読むと、王様を裸で歩かせた仕立屋だけが、一方的に悪いというわけではないようだ。目的と手段を履き違えた王様や、媚びへつらう宮廷官吏にも問題がある。これが、筆者が学んだ第5の教訓である。

 そして、気をつけないと、公認会計士という肩書きを持った仕立屋自身が「裸の王様」に転じる可能性がある。それが筆者自戒の教訓である。

 さて、もうすぐ2010年3月期決算を迎える。われらがニッポンの上場企業は相も変わらず「実際原価に基づく決算書」を開示してくるのかどうか。光学迷彩で仕立てたノウハウでも用意しないことには、筆者1人で1千社を分析する「一騎当千」状態は、さすがに避けたいところである。

筆者プロフィール

高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当

1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。

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