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連載:IFRSと経営

ビジネスのグローバル化がIFRSを生んだ

野村直秀
アクセンチュア株式会社
2009/6/29

IFRSが広がった背景にはビジネスのグローバル化がある。各国は世界の投資マネーをいかに自国の資本市場に取り込むかを考え、「資本市場における会計基準のグローバルスタンダード」であるIFRSを採用した。IFRSの特徴から経営への影響を探る(→記事要約<Page 2>へ)

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IFRSがビジネスに与える影響

1.会計処理の基本的考えを規定

 日本の会計基準や、米国の会計基準は、一般的に規則主義(Rule Based)と呼ばれています。規則主義の会計基準では、さまざまな業種や取引形態ごとに会計上の取り扱いが具体的に規定され、金額や比率による数値で、基準適用に際しての判断基準が示されている場合も多く見受けられます。各企業は、規則の規定するどおりに会計処理や開示を行うことが求められます。

 IFRSは、原則主義(Principles Based)を採用しています。原則主義では、基本的な考え方や一般的な取引形態に関する会計上の取り扱いが規定されているのみで、業種別や特殊な取引形態別の会計上の取り扱い方法などは明示されていません。各企業は会計基準に記載されている規定とIFRSの会計に関する考え方(概念フレームワーク、コア・スタンダードなど)を理解して、各社が直面している取引の経済的実態をその趣旨にあった形で表現できる会計処理方法を選択し、開示することが求められます。

 日本の各企業は、自社の取引内容を、IFRSの基準や基本的な考え方を踏まえて見直して、現在の会計処理を変更すべきか検討するとともに、本社や日本国内グループ企業のみならず海外グループ企業にも、同様の考え方による会計処理方針を周知徹底させることが求められます。

日本会計基準
 
IFRS
規則主義
・ルールベースで詳細に規則化
・適用指針などで数値基準を設定
原則主義
・原則のみ示し、詳細な規則は設定しない
・企業ごとに原則を解釈し、ルール化必要
損益計算書重視
・一定期間の活動成果である純利益を重視
・投資のリスクから開放された時点で収益認識
貸借対照表重視
・企業の価値(将来キャッシュフロー)を表現
・公正価値(時価)主義の色彩が強い
・資産と負債の差額を包括利益として認識
国内基準
・日本語
・日本の市場関係者や規制当局と協議して決定
・税務との関連性配慮
・日本の個別ルール
グローバル基準
・英語のみ
・グローバルの市場関係者や規制当局と協議
・税務への配慮なし
・グローバル標準(ほぼ全世界が採用)
アクセンチュアの資料から作成


2.企業価値評価の基礎情報を表現

 日本の会計基準では従来は期間損益計算(P/L)が重視されてきました。期間損益情報は、企業の利益体質を表現するとともに、配当原資や課税所得計算の基礎などにも利用される貴重な情報として活用されてきたのです。このような考え方では、貸借対照表(バランスシート、B/S)は二期間以上の期間損益計算の連結環という位置付けとなり、期間損益計算を正しく表現するためのさまざな処理が優先されていました。つまり、P/Lが主で、B/Sはその従だったのです。

 IFRSが採用している貸借対照表重視という考え方は、貸借対照表で表現される情報を重視し、損益計算書を二時点の貸借対照表の変動内容を説明する財務諸表という位置付けに変えるものです。それにより損益計算書には、純利益に含まれる項目以外で貸借対照表の変動要因を説明する項目が含まれる包括利益(Comprehensive Income)を表示するようになります。まさに主従関係が逆転してしまいます。

 IFRSでは、財務報告の最大の利用者は“現在および将来の投資家や債権者等”という理解の下、投資家や債権者が最も知りたい情報として、企業価値評価の基礎情報を貸借対照表上で表現しようとしています。その結果、ある時点における企業の資産や負債を最も適切な評価方法で金額表示(公正価値:Fair Value)することが求められています。

 非常に客観性の高い市場が存在する資産や負債(株式等)には、当該市場の価格を用います。それら以外の資産・負債などは、その資産を実際のビジネスの中で活用することにより獲得できる価値(将来キャッシュフロー)を算定の基礎として評価します。

 しかし、この“公正価値”という評価の方法やその考え方に関しては、まだ多くの問題点が残っており、議論は現在も継続しています。

3.世界規模の社会・経済的メリットを享受

 日本の会計基準は、文字どおり、日本政府あるいは会計基準設定団体(現在ではASBJ)により制定されてきました。会計基準を制定するに際しては、各種利害関係者からの意見を聴取し、特に大きな影響を受けるであろう利害関係者の準備状況なども勘案しながら、基準の内容や実施のタイミングを慎重に判断してきました。会計基準が、広く多種多様な利害関係者により活用されており、その結果として経済社会に大きな影響を及ぼす存在ゆえのデュープロセスといえます。

 一方、グローバル基準のIFRSの場合は、これとは異なるデュープロセスを確立しています。IASBの各種組織のメンバーは、世界各国の規制機関、経済団体、学会などのメンバーで構成され、議論の内容は公開され、基準のドラフトに関する意見の聴取も広く行われる、非常に透明度の高い手続きで運営されています。

 日本がIFRSを受け入れた場合、日本の各種利害関係者の要望が十分に配慮される余地は従来と比べてとても小さくなってしまうでしょう。しかし共通の財務報告基準を採用することで非常に大きな社会・経済的メリットを享受できます。そのための甘受すべきデメリットと割り切って、日本企業や利害関係者もIFRSに対応した体制の整備を検討すべきでしょう。連載の第2回では、IFRS適用に向けての経営上の課題について説明します。

筆者プロフィール

野村 直秀(のむら なおひで)
アクセンチュア株式会社
経営コンサルティング本部 財務・経営管理 グループ統括
エグゼクティブ・パートナー 公認会計士

アーサーアンダーセン公認会計士共同事務所、朝日アーサーアンダーセン株式会社、KPMGコンサルティングを経て、2006年にアクセンチュア入社。大手メーカーの決算早期化プロジェクトや大手金融機関の内部統制強化プロジェクトなどを担当。共著書に「内部統制マネジメント」など。
アクセンチュアのIFRSチームを率いる(Webサイト

要約

 IFRSが広がった背景にはビジネスの急激なグローバル化がある。各国政府にとって世界の投資マネーをいかに自国の資本市場に取り込むかが、国の成長を加速させる上で非常に大きな政策課題となっていた。この動きをけん引したのは先んじてIFRSを義務化したEU。IFRSを“資本市場における会計基準のグローバルスタンダード”に押し上げる流れが生まれた。

 IFRSの特徴の1つは貸借対照表の重視で、従来の損益計算書重視と主従が逆転する。また、時価評価の考えに近い公正価値の考えを導入し、企業価値評価の基礎情報を貸借対照表上で表現する。ただ、公正価値評価の方法やその考え方に関しては多くの問題点が残っており、議論は現在も継続している。

 IFRSの制定プロセスでは日本の個別の要望が受け入れられることは多くない。しかし共通の財務報告基準を採用することで大きな社会・経済メリットを享受できる。日本企業や利害関係者もIFRSに対応した体制の整備を検討すべきといえる。

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