IFRSプロジェクトに経営管理を組み込む【IFRS】成功するIFRSプロジェクト【2】

IFRSの適用プロジェクトを本格的に開始する企業が増えてきた。しかし、多くの企業では初めての経験で試行錯誤が見られる。IFRSプロジェクトをスムーズに進行させ、目標を達成するためにクリアすべき、課題を解説する。第2回は経営管理の組み込みについて説明する。

2010年12月24日 08時00分 公開
[島田嗣仁,日立コンサルティング]

経営管理の基本サイクル

 経営管理は、年次での予算策定、予実管理、経営シミュレーション、四半期や本年の着地点の精査が根幹です。一見明白で必要な仕組みではありますが、このフレームワーク自体が売り上げや利益を直接生み出すわけではなく、企業価値には関連がありません。このため、売り上げありき、との考えが染み付いた経営管理では、経営の軸がはっきりしない状態を放置する傾向があり、直面する目先の経営環境に流されがちです。

 経営管理を徹底させるための課題は浸透力です。端的に表現すれば、末端までの情報収集力、事象の理解力がベースで、そのうえでの伝達力が重要です。経営のかじ取りを十分に実行するためには、個社別、拠点別、事業別、そしてグループ全体における経営管理が行き届かなければなりません。この考えはIFRSプロジェクトでも同様です。

 経営管理を充実させるには、3つの浸透力レベルを強化する必要があります。(1)モニタリングレベル、(2)デシジョンレベル、(3)アクションレベルで、それぞれの経営管理レベルの粒度が合致して、確立していることが肝要です。

経営管理の3つのレベル

(1)モニタリングレベル

 このレベルでの実現すべき項目は、実績(過去および現在)での比較可能性です。つまり、予算実績比較、実績推移(トレンド)、過去実績比較(期間ごとの昨年度対比)、拠点横並びでの比較があり、経営判断の軸に照らし合せて適切な粒度レベルが確保されていることが必要です。

 さらに、将来(着地点予測)との比較が求められます。具体的には、四半期や年度末における着地の予測に加えて、発生可能性に基づくシミュレーションが必要で、いくつか起こりえるシナリオ(例、円高推移シナリオ、原価高騰予測シナリオ、個社・地域での業績変動に対する全社インパクトシナリオ、M&Aシナリオ、リストラシナリオなど)を作成して、仮説検証型の経営管理を実現していくことです。モニタリングには、どの経営指標(Key Performance Indicator:KPI)を取るかというフレーム(経営基盤)が必須となります。

経営管理のモニタリングレベル。状況変化に対応できる高度なシミュレーションを駆使した手法が必要になる。

(2)デシジョンレベル

 モニタリングの段階では、KPIの差異から変化の兆候をつかみ、意思決定し、アクションにつなげます。有効なデシジョンモデルには、認識された差異の大小によって、どのようなアクションを取るかというシナリオセットが用意されています。週次レベルで細かな数値設定(calibration)がされていれば、アクションあるいは、代替案をタイムリーに実行できます。古典的な表現ですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」、だけでなく、「その風力はいくつを越えると、どれだけ利益にインパクトがあるのか」、あるいは、「想定より1ポイント高い数値の場合、桶屋の営業利益は、いくら影響が出るのか」という表現になります。

 このような経営管理のシナリオセットをそれぞれの拠点や本部に導入し、どんな風が吹いても検討時間をかけずタイムリーに対応できるかが重要です。

(3)アクションレベル

 上記のモニタリング、デシジョンにおいて、タイムリーにアクションを取れるのは、意思決定部署と実行部署との同期が取れていることが条件です。このためには、判断部署が意思決定する背景や想定効果を、実際に解決策や代替案を行使する部署との間で共有できる仕組みづくりが欠かせません。

 このような経営体質は短期間では構築できません。なぜでしょうか。個々の目先の目標を達成すべく、各部門の活動が拡散してきた背景があるからです。さらに自主独立というスローガンで新規事業を目指すべく、多角化経営をしてきたり、M&Aで異業種の経営管理体制を取り入れてきた企業が相当あります。経営管理のフレームを実質的に見直し、導入してきていない場合は企業行動に弊害が起きます。創業者や創業一族が経営哲学を語るだけでは、網の目のような経営管理体制を確立できません。昨今の経営管理環境の変化は目覚しく、実態に対応していくには、それ相応の投資を積み重ねて実践することが求められています。

 多角化した事業や子会社を横並びにして経営管理の軸を正すことに何度もチャレンジしてきた企業がある一方で、社内のコード統一すらできていない状況も見受けられます。IFRSによって統一したルールで経営状況を開示しなければならない状況が差し迫っているといえるでしょう。IFRSを千載一遇のチャンスと捉えて、今後の経営管理に対応していくべきです。IFRS対応を単なる制度対応で十分と考えている企業は、経営管理を見直しできる数少ない機会を失っています。経営管理の仕組みを改善する必要性を感じて号令をかけるのは、まさしく経営者の責任です。いきなり高いレベルの達成は難しいにしても、少なくともIFRSが提唱している基本的な概念や基準に対応することが最初の一歩です。初度適用は2013年、初度開示は2015年と想定するなら、2011年度からプロジェクトを発足し開始しても遅くはありません。

経営管理に関連するIFRS基準

 IFRSは「概念フレームワーク」で原則主義や比較可能性などをうたっており、その上にIASとIFRS合わせて計37基準が上乗せされています。さらにSICとIFRICの合わせて計27の解釈指針があります。これらすべてを総称してIFRSと称しています。財務諸表の表示方法や初度適用の免除規定など財務諸表の表示に関して規定している基準も多く、経営管理に影響がない基準や解釈指針もあります。

 一方、IFRSには、従来の管理手法では対応できない基準もあります。IFRS適用時に管理手法、経営管理に影響する一過性の基準もあれば、継続して対応しなければならない基準もあります。日本でのIFRS適用は連結財務諸表を想定していますが、これまでの日本基準や監査を考慮すると単体での対応も必要でしょう。単体の対応を考える際は、単体の会計処理から連結決算のどの段階でIFRSの数値を取るのかを明確にしなければなりません。

3段階あるIFRS対応の影響レベル

 典型的には「連結決算」「単体決算」「現業業務」と3段階があります。これが意味することは、一概には言えないものの、従来の日本基準での開示レベルは、「連結」+「単体」という程度であったのが、さらに「現業業務」レベルまでIFRS対応する必要があることです。このため、どの段階まで経営管理を浸透させていくかの検討が必要となります。この検討において考慮すべき点は、企業規模や事業内容の構成、さらには、地域特性やそこに根ざしている顧客特性についてです。経営管理は将来の動向を視野にいれて検討すべきです。

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