連載:M&A新時代へ(1)
IFRSで変わる成熟産業「M&A」のルール
岡俊子
アビームM&Aコンサルティング株式会社
2009/8/28
これから日本に適用されるIFRSは企業のM&Aにどのような影響を与えるのか。連載第1回ではIFRSがM&Aを「増加」させるのか、それとも「減少」させるのかについて解説する(→記事要約<Page 3 >へ)
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日本企業が関与するM&A(合併と買収)取引の件数は、サブプライム問題が顕在化して以降、減少に転じ、2008年秋に起こったリーマンショックは、この減少傾向にさらに追い討ちをかけています。2010年3月期から任意適用、2015年または2016年からは強制適用となる可能性があるIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)は、日本のM&Aにどのような影響を与えるのでしょうか。
第1回では、IFRSが適用されることがわが国の上場企業にとってどのような意味合いがあるのか、IFRSは日本のM&Aを「増加」させるのか、それとも「減少」させるのかについて解説します。
またIFRS適用により様々な会計処理方法が変わるわけですが、M&Aにとっては「のれん」の処理方法が変更になることが大きな論点となります。そこで、次回は、この変更がM&Aにどのような影響を与えるのかについて解説します。
M&Aのプロセス
M&Aとは、企業や事業を買収することです。M&Aのプロセスは、買い手及び売り手において売買の意向が確認された後、条件交渉を経て、契約を締結し、引渡しのクロージングで完結します。このプロセスの中で、財務諸表は3つの意味において重要な役割を果たします。
一般的なM&Aのプロセス |
アビームM&Aコンサルティング資料から作成 |
1つ目は、買い手、売り手、対象会社というM&Aの当事者間において、当該M&A取引を前に進めることが同意されたら、買い手は、機密保持契約を締結し、対象企業から財務諸表を受領します。買い手にとって、過去の財務諸表は、対象会社の経営実態を理解するための重要な資料となります。
2つ目は、M&Aは売買取引ですので、いくらで買収するかを決めなければいけません。買い手が対象会社から受領した財務諸表や事業計画は、買収価格を算定する際の重要な基礎情報です。買収する買い手、売却する売り手の双方とって、対象会社が作成した財務諸表は大きな意味を持つことになります。
3つ目は、M&A取引が成立すると、買い手は、対象会社の財務諸表を組み込んだ連結財務諸表を作成していくことになります。そうなると、対象会社が作成する財務諸表は、買い手の連結財務諸表に相応の影響を与えるということになります。
IFRSが適用されることの意味
このようにM&Aにおける財務諸表の役割は極めて重要ですが、日本の上場企業の多くは、日本の会計基準に基づいて財務諸表を作成し、開示しています。日本の会計基準とは異なる会計基準を持つ外国企業にとっては、日本の会計基準に基づいて作成された財務諸表や会社の実態を理解することは容易ではありません。
従って、日本の上場企業を買収しようとする外国企業は、日本の会計基準を理解した上で財務諸表を読むか、それができない場合には、日本の会計基準で作成された財務諸表を自国の会計基準に翻訳することが必要です。日本企業の実態を知るためには、コストと時間をかけることを余儀なくされているわけです。
これは、外国企業が日本企業を買収する場合だけではなく、日本企業が外国企業を買収する場合でも同様です。
M&Aでは、経営の実態が分からない会社を買収することは大きなリスクです。そのため、会社の実態を把握するためのコストと時間をかけたくない、あるいはかけられない企業においては、会計基準が異なる外国の会社の買収になかなか踏み出せないことになります。つまり、ある程度規模が大きく、体力のある会社でないと、日本企業が海外企業を買収する、または海外企業が日本企業を買収するような国境をまたぐクロスボーダーM&Aはできないのが現況です。