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連載:日本人が知らないIFRS(3)

「利益は過去しか表さない」が示唆すること

高田橋範充
中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授
2009/10/27

IFRSでは、投資意思決定に有用な情報を提供することが財務報告の目的とされている。しかし利益情報こそが投資意思決定情報として決定的であるとの考えもある。今回はこの問題を考える (→記事要約<Page 3>へ)

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 IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)の基本的立脚点が利益に置かれていないことは、この連載の1回目「 IFRSは『会計』基準ではない、では何なの? 」において述べた通りである。すなわち、IFRSでは、投資意思決定に有用な情報を提供することが財務報告の目的として理解されているのである。しかしながら、多くの日本人は、利益情報こそが投資意思決定情報として決定的であるととらえているのではないだろうか。今回はこの問題を考えてみよう。

利益のとらえ方

 利益のとらえ方が欧米、正確にはアングロサクソン系のグループにおいても大きく異なることに気付いたのは、オーストラリアの友人たちと知り合ったからである。それらの友人の1人、オーストラリア会計士協会会長のグレッグ・デニス氏を今夏、中央大学国際会計研究科に客員教授として迎えて、セッションと連続講義を行ってもらった(関連リンク)。彼は一度として、利益に言及することも、仕訳をすることもなく、1週間の講義を終えた。日本人の学生からは何度も、それはどのように利益に影響を与えるのかという質問や、損益計算に関する質問が寄せられたが、彼の回答は冷ややかで、IFRSには関係ないという受け答えに終始していたのが印象的であった。

 彼の主張は簡単であった。「利益は過去しか表さない」。このようなフレーズは、彼だけではなく、オーストラリアの実務家あるいは英国系の企業の勤務している在日英国人からも聞いた。オーストラリアの大学教員は、米国の会計学の影響下にあることが多く、ここまで利益を忌避することはなかった。しかしオーストラリアや英国の実務家たちは、どうも違う思考を持っていることに、私自身がオーストラリアに2007年に留学した際に気付いた。そして、彼らは利益を議論の中心に据えていない。この感覚が分かった時、いままでIFRSに持っていた数々の疑問が氷解したのを覚えている。

 これらの疑問のうち、中心的な疑問は、IFRSの基準で損益計算に直接的に関係しているのは「IAS18号:収益」しかないのはなぜか、という点だった。IFRSの基準を初めて読んだ時、損益計算書に関する規定がないことを不思議に感じた。当時は、IFRSが資産・負債アプローチを採用しているので、資産・負債の評価結果から包括利益を計算する構造であるからだと思っていた。確かに米国の会計学者では、資産に裏付けられた利益という意味での資産・負債アプローチを理解する場合が多い。彼らの主張に従っても資産・負債の評価が会計基準の主たる内容になるであろう。

 しかし、英国型あるいはオーストラリア型の理解に従えば、あくまで資産・負債こそが問題の中心ということになり、損益計算は付加的に行っているという感覚になる。この思考に従って、IFRSのフレームワークを読み解いたものが、1回目「 IFRSは『会計』基準ではない、では何なの? 」だ。この思考に従って読んだ方が、IFRSは分かりやすい。

 英国人に見られる利益の忌避感覚は、いわゆるクリエティブ・アカウンティングの問題(注)と直結するであろう。ビック・バスやクッキー・ジャーと呼ばれる会計手法による利益操作が1980年代の英国経済社会では大きな問題となっていたのである。しかし、彼らと会話していると、それを超える問題に気付くことも多い。

(注)クリエティブ・アカウンティングの問題は、拙書『ビジネス・アカウンティング』(ダイヤモンド社、2007年)を参照されたい

過去情報としての利益

 前述したように、英国やオーストラリアの実務家は「利益は過去しか表さない」という表現をしばしば口にする。この言明は、何気なく聞くと当たり前としか思えないが、よく考えてみると、極めて重要な問題を示唆している。

 投資意思決定は、あくまで将来を対象にして行われるのに対して、利益は過去の業績しか表していない。そこには大きな距離がある。その距離を埋めるためには、ある種の仮説が必要である。過去の外挿、すなわち、過去と将来が連続線上にあることがその仮説である。

 だが、この過去と将来の連続は、現在の企業の実像を考えれば無理な仮説であり、企業にとっては過去と将来の断絶こそが当然の姿ではないだろうか。技術革新や情報伝播のスピードを考えると、企業はそのビジネスのあり方や業種、国境を超えて行かねばならない。過去の成功体験をかなぐり捨てて、常に新たな将来を模索する企業にこそ、その存続が許されているのではないだろうか。そうであるとすると、過去情報である利益にどれほどの意味があるのか。

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