IFRSと日本基準の「棚卸資産」「法人所得税」【IFRS】IFRS基準書テーマ別解説【11】

日本基準の棚卸資産は会計コンバージェンスの結果、低価法の適用が強制となり、後入先出法による棚卸資産の評価も禁止されたことでIFRSとの大きな差異は解消された。また、法人所得税については実務上微妙な判断の差がIFRSと日本基準の間にはあると考えられる。それぞれについての会計基準を解説する。

2010年07月26日 08時00分 公開
[田島聡志,仰星監査法人]

棚卸資産の会計処理

 IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)において、棚卸資産の会計処理はIAS第2号で包括的に規定されている。一方日本においては、以前は棚卸資産に関する包括的な会計基準は存在せず、かつ両基準との間には2つの大きな相違点があった。すなわち、棚卸資産の期末評価においてIFRSでは後入先出法を認めず、低価法の適用を強制していたのに対し、日本基準では後入先出法を認め、低価法の適用を任意としていた。

 しかし、国際的な会計基準との調和の観点から、2006年7月に企業会計基準第9号「棚卸資産に関する会計基準」が公表され、低価法の適用が強制となり、次いで2008年9月の改正により、後入先出法による棚卸資産の評価が禁止されることとなったため、現在では両基準の差異は概ね解消されている。以下、残る日本基準との相違を中心に、IAS第2号における棚卸資産の会計処理について解説する。

日本基準との主要な相違

 日本基準との主要な相違は、以下の3つである。

IAS第2号 日本基準
棚卸資産の範囲 ・通常の営業過程での販売を目的として保有する資産
・その販売を目的として製造工程にある資産
・製造過程または役務提供過程で消費される原材料またはその他の消耗品
左記のほか、販売活動および一般管理活動において短期間に消費されるべき財貨も棚卸資産に含まれる
借入費用の原価算入 棚卸資産がIAS第23号の要件を満たす場合には、原則としてその原価に借入費用を含めなければならない 棚卸資産の取得原価に借入費用を算入する明確な規定はないが、不動産開発事業における棚卸資産について例外的に認められている
評価損の戻入れ 洗替法のみ 切放法と洗替法の選択適用可

棚卸資産の範囲

 棚卸資産の範囲において、日本基準に含まれている「販売活動および一般管理活動において短期間に消費されるべき財貨」が、IFRSにおいて含まれていない。日本において貯蔵品として処理される代表例としてサンプル品やカタログがあるが、これらの財貨について、IFRSではIAS第38号「無形資産」における規定に従って、サンプル品やカタログへのアクセス権を取得した時点において、費用計上することとなる。ここで注意すべきなのは、アクセス権を取得した時点とは、それらのサンプル品やカタログの配達を企業が要求できるようになった時点のことであり、たとえそれらの財貨が企業の手許に届いていなくても費用計上が要求されることである。

借入費用の原価算入

 借入費用の原価算入においてその対象となる資産の範囲に違いがあるが、IAS第23号に従って、棚卸資産が適格資産に該当するケースは決して多くないと想定される。また該当した場合でも、それが大量、反復的に製造される場合には、借入費用の原価算入を省略することができるため、実際に棚卸資産に対して借入費用の取得原価算入を行うことは実務ではまれなケースとなると思われる。

評価損の戻入れ

 IFRSでは正味実現可能価額の評価は毎期行うこととされているが、日本基準では前期に計上した簿価切下額の戻入れに関して、洗替法と切放法のいずれかの方法を棚卸資産の種類ごとに選択適用できる。日本基準で切放法を適用している場合には、翌期以降の評価の戻入れは行わないため、IFRSで求められる処理と異なることとなる。

今後

 現在のところ、両基準において今後大幅な改正等が行われる予定は特に公表されていない。

法人所得税

 IFRSにおいて、法人所得税全般の会計処理はIAS第12号「法人所得税」で包括的に規定されている。また法人所得税に関連する個別論点に関する規準として、SIC第21号「法人所得税−再評価された非減価償却資産の回収」、およびSIC第25号「企業又は株主の課税上の地位の変化」があるが、日本の制度下において該当するケースはそれほど多くないと考えられる。

 一方、日本においては、「税効果会計に係る会計基準(企業会計審議会)」をはじめとして、企業会計基準委員会による実務対応報告や日本公認会計士協会による実務指針、Q&A、各種取扱い等により、詳細な実務指針が多数公表されている。

 IFRSおよび日本基準ともに、会計上と税務上の帳簿価額の差額に関する将来の税務上の影響額を繰延税金資産または繰延税金負債として計上する、いわゆる資産負債法を採用している点で税効果会計に関する基本的な考え方は共通している。また、ほとんどの各論においても類似の処理を規定しており、相違点は少ない。しかしながら、IFRSの規定はプリンシパル・ベースであり、詳細なガイダンスがない点において、詳細なルールを定める日本基準と違いがあり、特に繰延税金資産の回収可能性の判断においては、実務上微妙な判断の差が、金額的に大きな差となる可能性があるため、注意を要する基準であるといえる。

 以下、日本基準との相違を中心に、IAS第12号における法人所得税の会計処理について解説する。

日本基準との主要な相違

 日本基準との主な相違は以下のとおりである。

IFRS 日本基準
法人所得税の範囲 課税所得を課税標準とするもの 必ずしも課税所得を課税標準とするものだけが含まれている訳ではない
繰延税金資産の実現可能性 将来に十分な課税所得が生じる可能性が高いかを実質的に判断する 一時差異の解消時期のスケジューリングと過去の業績等による会社区分を中心とした詳細なガイダンスに基づいて判断する
未実現利益消去に伴う税効果調整 買手の税率
回収可能性の判断は必要
売手の税率
回収可能性の判断が不要
繰延税金資産・負債の表示区分 すべて非流動項目 関連する資産・負債の流動・固定分類に合わせて区分表示

法人所得税の範囲

 IAS第12号において、法人所得税とは、課税所得を課税標準として課される国内および国外のすべての税金をいう。日本基準は基本的に同様であるものの、住民税均等割といった課税標準が課税所得でない税金も「法人税等」に含めて表示している点で違いがあるといえる。

 また、IFRSでは特定の税金が法人所得税に該当するかどうか実務上問題となり、判断が求められることがある。例えば、法人事業税の付加価値割について、日本基準においては企業会計基準委員会の公表する実務対応報告第12号において「法人税等」に含めないことが明確に規定されているが、所得をベースに算定される部分がある以上、IFRSにおいては法人所得税と解釈する余地があり、その場合には損益計算書上の表示の組替えや、実効税率の計算に影響してくることとなる点に留意が必要である。

繰延税金資産の実現可能性

IAS第12号では、繰延税金資産として認識できるのは、これらを利用できる課税所得が生じる可能性が高い(probable)範囲内に限られる、としている。しかし、IAS第12号は「probable」については定義していないため、実務上は、各報告企業が繰延税金資産の認識に関するより詳細な方針を明確するなどの対応が必要になると考えられる。繰延税金資産の実現可能性を検討するにあたっては、基本的に以下の3つの項目を考慮する必要がある。

  1. 十分な将来加算一時差異を有しており、将来減算一時差異の解消予測期間と同一期間内に解消が予測されること
  2. 十分な課税所得が得られる可能性が高いこと
  3. 適切な期に課税所得を生じさせるタックス・プランニングの実行が可能かどうか

 日本基準においても基本的な規定に相違はないものの、IAS第12号においては日本基準における監査委員会報告第66号のような繰延税金資産の実現可能性の判断に関する詳細なガイダンスは存在しないことから、実質的な判断が求められることになる。

 つまり、日本基準における会社区分に基づいて、将来のある一定期間の回収可能性のみを検討する方法を、IFRSにおいてもそのまま使用することは適切でないと考えられる。IFRSでは経営者が将来の合理的な見積もりを行い、「課税所得が生じる可能性が高い」と判断する範囲を、その根拠とともに説明できることが必要となる。また、将来の合理的な見積もりを行うためには、必要な情報を適時・適切に入手できる体制を整備することや、ほかで使用している将来計画との整合性を確認することが必要となる。

未実現利益の消去に伴う税効果調整

 日本基準は基本的に資産負債法を採用しているものの、連結財務諸表上消去された未実現利益に係る税効果については、その例外として繰延法を採用している。そのため、グループ内未実現利益に係る繰延税金資産は、その発生年度における売却元の税率に基づき計算され、回収可能性の検討は不要とされている。

 しかしながら、IAS第12号においては、このような例外規定はないため、通常の一時差異と同様に扱われ、購入会社の税率を用いて計算されるとともに、将来の回収可能性を検討したうえで、繰延税金資産を計上する必要がある。

繰延税金資産・負債の表示区分

 IFRSでは、繰延税金資産または負債は流動項目に分類してはならないため、すべての繰延税金資産(負債)は、非流動項目として表示しなければならない。一方、日本基準では、繰延税金資産(負債)はこれらに関連した資産・負債の分類に基づいて、流動・固定に区分して表示しなければならない点でIFRSと異なっている。

 また、これに関連して、日本基準では短期・長期それぞれの範囲内のみで相殺を認めているため、短期と長期に分類せず、そのような制約がないIFRSにおいては相殺結果が異なることがある。

今後

 IASB(国際会計基準審議会)は2009年3月に法人所得税に関する公開草案を公表した。公開草案の提案内容は、主に現行のIAS第12号の明瞭化とともに、米国基準とのコンバージェンスを図ったもので、例外規定の削除や、永久差異の概念の導入、評価性引当金の導入、不確実な税務ポジションの概念の導入、流動・非流動に区分表示する考え方を採用、などである。

 2011年前半に最終基準書を公表する予定としているので、今後公表される最終基準書の内容に留意が必要である。

田島 聡志(たじま さとし)

仰星(ぎょうせい)監査法人

東京大学工学系研究科修士課程を修了後、東レ株式会社にエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。公認会計士試験合格後、東京北斗監査法人(現仰星監査法人)に入所。2005年より全米5位の会計事務所であるRSM McGladreyのマンハッタン事務所に出向後、2009年に帰国し現在に至る。現在は、国際会計基準への移行支援業務及び研修、所属する国際ネットワークへの対応業務、国際的な監査業務などに従事している。

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