[ガートナー特別寄稿]
PBCS:ガートナーが考える自律型コンピューティングのビジョン

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔

2003/1/11

■PBCSとは何か?

 IT系のニュースに定期的に目を通している方であれば、今、コンピューティング・インフラの世界で、ある大きな潮流が存在していることにお気づきだろう。IBMのAutonomic Computing、サンのN1、HPのAdaptive Infrastructure、NECのVALUMO、日立のHarmonious Computingなどの、いわゆる自律型コンピューティングのことである。

 ガートナーはこのような自律型コンピューティングに向かうトレンドを単なる流行とは考えていない。今後10年以上にわたり、企業のIS組織およびITベンダの競争力に大きな影響を与えるメガトレンドと考えている。ガートナーは、自律型コンピューティングを表すベンダ中立な用語としてPBCS(ポリシー・ベース・コンピューティング)という呼称を使用している。単に、「自律型コンピューティング」と呼ぶと、IBMの戦略としてのAutonomic Computingと一般的なテクノロジ・タームとの区別がつきにくいからである。ガートナーが考えるPBCSは、各ベンダのビジョンを総合したものであり、各ベンダおよび企業ユーザーが将来のITインフラを考えるうえで重要なガイドとなるものである。

■なぜ、今、PBCSが必要とされているのか?

 PBCSが注目を浴びている最大の理由は、システムの複雑性の増大が人間の管理能力を越えてしまう危険性が増大してきたことにある。サンのスコット・マクニーリ氏の言葉を借りれば、「30歳以下の人間をすべてシスアドにしても足りない」という状況になるという危険性である(同氏らしい、ちょっとオーバーな物言いではあるが)。

 そもそも、コンピュータ・テクノロジは性能の向上だけではなく、コンピュータを人間にとってどれだけ使いやすいものにするかという方向性でも進展してきた。例えば、高級言語やビジュアル開発ツールは、デベロッパにとってコンピュータを使いやすくするテクノロジであり、GUIやデスクトップ・メタフォは、エンドユーザーにとってコンピュータを使いやすくするテクノロジである。これらのテクノロジは、(決して十分とは言えないが)コンピュータと人の間のギャップを縮めることに成功してきた。

 ところが、システム管理者の立場から言うと、このギャップは思ったほど縮まっていない。もちろん、いわゆる運用管理ツールは進化してきているが、ほとんどの情報システム部門では、驚くほど原始的で労働集約型のやり方でシステム管理が行われているのが実情だろう。結果的に、システム障害の多くがオペレーションミスなどの人的要因によるものとなっており、さらに、人件費がネックとなってシステムのTCOが削減できないケースが往々にして見られる。PBCSはこのようなシステム管理の領域におけるコンピュータと人の間のギャップを縮小するためのブレークスルー・テクノロジである。

■PBCSでは具体的にどのような機能が実現されるのか?

 PBCSの最も基本的な機能は仮想化である。例えば、5000台のサーバを5000個のものとして管理しなければならないとするならば、管理の複雑性は減少しない。5000台のサーバをあたかも1台の巨大なサーバとして扱えるような仕組みが必要なのである。現在では、ストレージの仮想化は一般的なテクノロジとなりつつある。ネットワークの仮想化もいわゆるVLANとして実現可能である。

 最大の課題はサーバの仮想化である。現時点では、1台のサーバをあたかも複数のサーバとして利用できるようにする、いわゆる区画分割機能は一般的になっているが、複数のサーバを1台のサーバのイメージで運用できる機能は、ごく少数のサーバによる特定の構成に限られている(例えば、メインフレームの並列シスプレックスやオラクルのRAC=リアル・アプリケーション・クラスタ、など)。

 地理的に分散した多数のサーバをあたかも1台のサーバとして利用できるようにするという意味では、現在注目されているテクノロジであるグリッド・コンピューティングがPBCSに影響を与えていく可能性が高い。しかし、現時点でのグリッド・コンピューティングはあくまでも計算中心型の処理にしか対応できていない点に注意する必要がある。大規模なデータベースの更新を伴う処理を地理的に分散した環境で効率的に行えるようにするためには、さらなるブレークスルーが必要である。

 PBCSのもう1つの重要な要素は、上記のような仮想化されたシステム資源の上で、プロビジョニング(事前準備された資源による迅速なサービスの提供)、自己チューニング機能、自己修復機能を提供することにある。自律型コンピューティング=自己修復型コンピューティングであるかのような見方をする人もいるようだが、それだけでは完全なビジョンとは言えないだろう。

■PBCSはユーザーにどのようなメリットを提供できるのか?

 ユーザーにとってのPBCSの最大のメリットは、前述のようにシステムの管理負荷が大幅に削減されることである。これにより、システムのTCOが大幅に削減され、より大規模なシステムの実装が可能となる。人手による管理負荷が削減されるということは、システムのダウンタイムも減少することを意味する。また仮想化と自己チューニング機能によりシステム資源の利用率も向上する。結果として、システムのサービス・レベル(信頼性と性能)が向上することになる。さらに、プロビジョニングを実現することで、システム資源の要求があった時に、これに迅速に対応することが可能になり、システムの俊敏性が高まる。俊敏性はこれからの情報システムにとって極めて重要な要件である。

■PBCSにユーザーはどのように対応すべきなのか?

 前述のようにPBCSは10年以上にわたるメガトレンドであり、その機能は段階的に導入されていく。おそらく、今年は多くのベンダが自律型コンピューティングのソリューションを発表することになるだろう。しかし、あくまでもこれはPBCSの機能の一部を実現したものにすぎない。ユーザーはバズワードに惑わされずに、冷静な判断のもとにこれらのソリューションを適用していくべきだ。

 PBCSのビジョンの面ではIBMが先行していたが、HPもUtility Data Centerという具体的ソリューションで先行するなど、ベンダの競合力学も大きく変化していく。企業は、ベンダの評価において、PBCSのサポート状況も検討要素の1つとすべきだろう。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。

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