いまさら聞けないHPのアダプティブ・エンタープライズ

2004/6/26

日本ヒューレット・パッカード エンタープライズプロダクト営業統括本部 コンサルタント 村井修造氏

 ヒューレット・パッカード(HP)が提唱する「アダプティブ・エンタープライズ」とは「ビジネスとITを同期させている状態を表現したHPのビジョンであり、具体的な製品群ではない」。日本ヒューレット・パッカード エンタープライズプロダクト営業統括本部 コンサルタント 村井修造氏は「顧客から、『わかりにくい』という文句をたくさんもらっている」アダプティブ・エンタープライズについて、エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)の観点からあらためて解説した。

 非常にザックリいうと、アダプティブ・エンタープライズとは“明確なアーキテクチャを持ったアプローチ”ということなのだが、この一言の要約でもいまいち明瞭な姿を表さない。その理由は、アダプティブ・エンタープライズというビジョンがあくまで概念として存在しており、具体的な製品やサービスへのマッピング作業がうまく進んでいないからだろう。

 しかし、村井氏の解説を聞くと、概念レベルとはいえ、実際にはかなり詳細な部分までこのビジョンが議論され尽くされていることがうかがえる。このことは、ITシステムを構築する際のフレームワーク(アーキテクチャ)である「ダーウィン・リファレンス・アーキテクチャ(ダーウィン参照アーキテクチャ)」を理解することで明らかになる。

 ダーウィン・リファレンス・アーキテクチャとは、(HPが提唱するビジョンである)アダプティブ・エンタープライズに向けてビジネスとITを進化させるための「枠組み」と定義される。ダーウィン・アプローチを用いることで、社内の複数のレベル(部門など)でビジネスモデルやITシステムを設計し、変化を日常的に活用することによって、柔軟かつ市場環境の変化に迅速に対応できるITシステムの構築を目指す。つまり、HPが考えるITシステムの理想(それがアダプティブ・エンタープライズだが)を構築する際に最低限必要となるであろう巨大なテンプレート(枠組み、ひな型、ブループリント、フレームワーク)がダーウィン・リファレンス・アーキテクチャである。なお、HPに限らず、システム構築における全体的なフレームワークは、1990年代以降、IBMやユニシスなど大手ITベンダがこぞって構築し始めた。

 ダーウィン・リファレンス・アーキテクチャは、(1)ビジネスおよびIT機能のレイヤ(各レイヤには、機能ドメインの総合セットが含まれる)、(2)「管理とコントロール」機能(適正なオペレーションと同期化を確保する)、(3)アーキテクチャの原則のセット(アーキテクチャのインスタンスを実装するうえでの考慮事項)、(4)シナリオのセット(このアーキテクチャにより、どのような付加価値が得られるかを明示する)という4つの特徴がある。このフレームワークは、実はHPがコンパックと合併する際に生じた社内システム上の再構築のノウハウを反映させて構築した。このような方針に基づいて構築されたITシステムこそ、アダプティブ・エンタープライズの理想的な姿だということができる。つまり、現在のHPの社内システムこそがアダプティブ・エンタープライズの理想的な姿であると、村井氏はいう。

 さらに、ダーウィン・リファレンス・アーキテクチャの(上位レベルの)各レイヤは以下のように定義されている。

[ビジネス戦略]
  ITプロセスを含む企業のビジネス・プロセスの推進力となる総合的なビジネス目標とプラン。M&Aを通じて市場シェアの拡大を図る複数年事業計画がその例。

[ビジネス・プロセス]
 ビジネス戦略を実施する、バリュー・チェーン上の当事者間の商品、情報、価値のフローを導く活動。製品/サービスの創出と管理、製品/サービスのマーケティング、製品/サービスの販売、注文管理の実施などのバリューチェーン・プロセスがその例。

[インフォメーション]
 ビジネス・プロセスにより使用される、アダプティブ・エンタープライズ情報システムの管理するデータ。顧客データ、製品データ、注文データがその例。

[アプリケーション・サービス]
 Webサービスの集合として、これらのサービスを使用してビジネス・プロセスの自動化をサポートするメカニズムとともに提供される、基幹業務ソフトウェア(ERP)、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)などのアプリケーション。

[インフラストラクチャ・サービス]
 アプリケーション非依存ルーチン。アプリケーションの構築と実行のための基本的なIT環境機能を提供するルーチン。Webサービス、グリッド・サービス、トラスト&セキュリティ・サービス、データベース・サービスがその例。

[仮想化リソース]
 物理リソース(サーバ、ストレージ、ネットワーク、プリンタなど)の境界をなくし、共有またはプールされるリソースの総合セットを統一的な複合サービスとして提示する論理的情報処理要素。物理リソースとデータ・センター環境も、このレイヤに含まれる。仮想ストレージ、物理ストレージ、VLANがその例。

 企業のITシステム全体を包含するこのようなフレームワークが存在したとしても、実際の構築作業に適合できなければ意味はない。村井氏が「各レイヤごとにドリルダウンした細かいフレームワークが存在する」というように、ここでは触れられないが、実際にはかなり細かい部分まで仕様が固まっているとみてよい。

 だが、課題はある。技術的な要素としては、仮想化技術のさらなる発展、モデル駆動型の自動化を可能にする強力なツールの存在および標準規格の策定、総合的なプロビジョニング環境の実現などがあり、「実はEAという観点からみればこの方が重要なのだが」(村井氏)、人、企業文化、プロセスなど“人間系”要素の洗練がどうしても必要になってくる。HPが合併作業を経てはじき出した調査結果によると、「アダプティブ・エンタープライズに適合するシステム構築において、成功要因の85%は人間系の要素が占める。技術面は15%の重要度しかない」という。

(編集局 谷古宇浩司)

[関連リンク]
日本ヒューレット・パッカード:ダーウィン・リファレンス・アーキテクチャの解説

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