それはNetscapeに始まる

ダイキン工業の「なにわThunderbird導入記」

2007/03/12

 「ほとんどNetscapeと同じでっせ、と若手に言われてThunderbirdにしたんです。元々は知りませんでした」。空調大手のダイキン工業がオープンソースソフトウェアの「Mozilla Thunderbird」を全社導入した。「オープンソースが大好きでThunderbirdを選んだわけと違います」と振り返る同社のIT推進室 IT企画担当課長 小倉禎則氏が語る導入経緯は。

 ダイキンは大阪市に本社を構える7000人規模の企業。関連会社を含めた連結従業員数は約2万2000人。2006年5月にマレーシアのOYLインダストリーズ買収を発表。4月からは連結従業員が1万1000人増加するなど規模を急拡大させている。

ローミング機能を自社開発

 同社が電子メールの全社展開を開始したのは1995年。「DEC Alpha Station」に「Sendmail」でシステムを構築し、クライアントにはIMAP対応の「Airmail」を使った。ダイキンがメールシステムの構築で気を使ったのは全国や世界各地に事業所が分散することを考慮し、社員が出張先のどのPCを使っても、同じ環境で電子メールが使えること。当時はノートPCを持ち歩くのは一般的でなく、事業所の共有PCを使うのが普通だった。そのため同社は、電子メールを利用する際に個人のプロファイル情報をPCにダウンロードして、メールアドレスや返信先(Reply-to)を適用する「ゲスト機能」を自社開発した。

 1999年になり、「Airmailが2000年問題に引っかかった」ことをきっかけにメールクライアントを「Netscape Communicator 4.7」に切り替えた後も、この考えは継続された。ダイキンはゲスト機能に代わる機能としてNetscape向けに「ローミングサービス」を構築した。NetscapeのDirectoryサーバと連動し、クライアント側に個人ごとの環境を提供するサービス。「分散職場に出張した場合でも、個人のPCを持ち歩く必要がない。この利用法は社内に浸透し、なくてはならないサービスとなった」と小倉氏は語る。

消えるNetscape、DEC Alpha

 だが、このNetscape環境も万全だったわけではない。電子メールユーザーの増加や添付ファイル利用が増え、慢性的なレスポンスの悪化が起きるようになった。社内の電子メールの送信件数は、1999年は月15万通だったが、2003年には月53万通に増加。添付ファイルを使うことが増え、電子メールの総容量も1999年の月18TBが2003年には月58TBに増えた。また、2003年ごろにはBagle、MyDoom、Netskyなど電子メールを大量にばら撒くコンピュータウィルスが社内で発生。メールシステムが打撃を受けた。

mozilla01.jpg ダイキン工業のIT推進室 IT企画担当課長 小倉禎則氏

 さらにNetscape Communicator 4.7を採用したため、社内のWebブラウザはNetscape Navigator 4.7を標準とし、社内システムの構築でもNavigator 4.7で動作するようにしてきた。だが、2003年ごろから「Internet Explorer」(IE)に合わせた外部のWebサイトが多くなり、Navigator 4.7では表示できないケースが増えてきた。

 そのうえ、開発元のネットスケープが実質的に消滅し、DEC Alphaはコンパック、ヒューレット・パッカードと引き継がれたものの新規開発が終了。システム・インテグレータ(SIer)のシステム保守も受けられなくなった。通常の企業ならこの段階でメールシステムを含めて、抜本的に再構築を図るところ。しかし、ダイキンが選んだのは「ローミングサービスのために現在のシステムを使い続けること」。日常の運用は「綱渡りだった。1日で10回くらい落ちていた」(小倉氏)という。

 小倉氏らは増強を行わずに現状のシステムを使い続けるため、「プロセス監視」「自動復旧」「自動リブート」など自社開発の改善策を次々と導入。メールの添付ファイル利用を減らすためにユーザー同士がデータを直接にやり取りできるツールも導入した。

「メールシステムを捨てることを決意」

 何とか現状システムでの運用を続けていたが、2004年になって、社内システムの開発でミドルウェアがNavigator 4.7をサポートしない問題が発生。IEに切り替えることを決めたが、スイート製品であるNetscapeのブラウザだけをIEにするとメールシステムと連動できないなどの問題が起きるため、ついに「メールシステムを捨てることを決心した」(小倉氏)。

 新しいメールシステムの要件となったのはこれまでのメールシステムと同様に、出張先のPCで同じメール環境を利用できる機能の実装。Directoryサーバの情報を引き継ぐことも条件で、メールサーバにはサン・マイクロシステムズの「Sun One」(現Sun Java System)を選んだ。Sun Oneは、ネットスケープとサンの合弁会社であったiPlanetの製品を引き継いたミドルウェア製品で、過去資産を生かせると判断した。

作り込み可能とThunderbird導入を決める

 メールクライアントの選定ではNetscape 7.1、Microsoft Outlook、Notesなどを検討した。そのとき、小倉氏が同社の若手社員から「ほとんどNetscapeと同じでっせ」と紹介されたのがThunderbirdだった。ThunderbirdもFirefoxと同じくNetscapeと関係が深いソフトウェアで、個人プロファイルの概念があることや、プロファイルの持ち方、Directoryサーバとの連携などがNetscape 4.7と似ていた。小倉氏らは「ゲスト機能(ローミングサービス)はないが、ソースや仕組みを解析することで、作り込みは可能」と判断し、Thunderbirdの採用を決意した。

 Thunderbirdに組み込むローミングサービスは基本はこれまでと同じ仕組み。Directoryサーバにログインするとそのユーザーのメールのプロファイル情報がローカルにダウンロードされ、同じ環境でメールの読み書きができるようになる。完成したメールシステムはダイキンの情報システム部隊の約300人がまずはテストをした。その結果、いくつかの問題点が分かった。最も重大な問題は、メッセージをA4で出力しようとしてもレターサイズに変更されてしまう点。これはMozilla Japanに連絡し、ダイキン向けの特別版Thunderbirdを提供してもらうことで解決した。フォルダに「予」「申」「表」など特定の39文字が入っているとメール移行ツールが使えない問題もあったが、これはフォルダ名をユーザーに手動で変更してもらうことで対応した。

グローバルでThunderbird利用へ

 メールシステムも再構築し、これまで12台で分散配置していたメールサーバを大阪・千里のデータセンターに一極集中した。「5年先まで使い続けることを前提にし、過去のメール利用の伸び率から5年先の状況をシミュレーションし、サイジングを行った」(小倉氏)という。導入したのはサンの「Sun UltraSPARC IV」を8台。1人当たり100MBのメールボックスを用意し、1万5000人までのユーザーに耐えられるようにした。導入は2005年3月から5月にかけて4回に分けて行った。

 2005年8月からは中国の拠点で新メールシステムの導入を進めている。小倉氏は全面導入したメールシステムについて、従来からのローミングサービスを継承したことで、「利用者の利便性を損なわずにメールシステムを再構築できた」と評価。また、Netscapeと操作性が近いThunderbirdを採用したことでユーザーへの教育を行わずにクライアントを切り替えることができたとしている。2006年11月現在、Thunderbirdを導入しているクライアントPCは9700台。今後は海外拠点への導入を進めていく。

(@IT 垣内郁栄)

情報をお寄せください:



@ITメールマガジン 新着情報やスタッフのコラムがメールで届きます(無料)