札幌に産官連携のIT企業支援拠点を開設

マイクロソフトなどが札幌でITアーキテクトを育成

2007/06/25

 マイクロソフトが地方自治体との連携強化を進めている。その象徴といえるものが、同社が調布に開設したイノベーションセンターのサブセット展開だ。今回、岐阜に続いて2番目の拠点として札幌での開設を発表した。このニュースの背景には、多重下請け構造からの脱却を切に願う地方のIT産業と、“3K”と呼ばれる日本のIT業界イメージ払拭を図りたいマイクロソフトの思惑の一致がある。

マイクロソフトのアーキテクト育成事業

 2007年6月12日、札幌で地場IT企業の支援および人材育成のための拠点が新たに設けられた。これは「札幌イノベーションセンター」と呼ばれるもので、マイクロソフト、札幌市、財団法人 さっぽろ産業振興財団という三者が産官連携で開設したものだ。20年の歴史を持つ札幌市エレクトロニクスセンター内に設置、2007年7月2日にオープンする。

 マイクロソフトは2006年11月、東京・調布のマイクロソフト調布技術センターにマイクロソフトイノベーションセンターを開設している。これは同社が保有している技術/製品開発におけるリソースを、国内IT産業の技術研究、製品開発・検証のために提供しようという施設。マイクロソフト 最高技術責任者 加治佐俊一氏によると、これまで同社製品の日本展開にあたって、ハードウェア・パートナーと密接に進めてきた協業を、ソフトウェア・パートナーとも推進していこうという意味合いを持っているという。

 このイノベーションセンターでは、画期的なソフトウェアのアイデアを募集して、国内外におけるビジネス展開までを総合的に支援するさまざまなプログラムを展開している。全国のIT企業からプログラムの参加申し込みが多いことから、マイクロソフトは今年に入り、このイノベーションセンターの地方展開を始めた。札幌イノベーションセンターは、2月に岐阜県大垣市で開設された岐阜マイクロソフトイノベーションセンターに続いて2番目の施設である。

札幌市ITアーキテクト育成プロジェクト

 今回マイクロソフトとパートナーシップを組む札幌市は、従来からIT産業の支援に力を入れてきた。札幌市 経済局産業振興部 産業企画課長 本間敬規氏によると、現在、同市では10年後に技術者3万人、企業数600社、売上高1兆円の産業規模を目指すという目標のもと、自治体主導による企業支援事業を実施しているという。なかでも、雇用機会の創出や、実践的なスキルを身につけたIT人材育成のために、地域提案型雇用創造促進事業や高度情報通信人材育成・活用事業を行ってきた。後者に関しては、すでに2004年からマイクロソフトと協業しており、札幌エレクトロニクスセンターの運営基盤であるさっぽろ産業振興財団とともに「札幌市ITアーキテクト育成プロジェクト」を展開している。

 札幌イノベーションセンターの開設で強化するのが、高度情報通信人材育成・活用事業である。総務省が作成したITアーキテクト育成PBL(Project Based Learning)教材を使用した講座を日本で初めて開始する。

 このPBL教材は、学習者に実際のプロジェクトや擬似的なプロジェクトを体験させることにより、課題解決の手法や能力を修得させる効果がある。「学習者主導型ITアーキテクト育成PBL教材」「講師主導型ITアーキテクト育成PBL教材」の2種類があり、前者に関しては富士通、後者については豆蔵が開発に関わった。

 発表会に出席した豆蔵の取締役会長 羽生田栄一氏は、このPBL教材に関して、ビジネスニーズとIT技術のマッチングを行い、妥当な品質のシステムを世に送り出せる人材を育成するため、インターネットを使った販売業務案件といった現実的なプロジェクトを設定、後から要件が追加されるなど実際に起こりうる状況も盛り込んだ形で、受講者の問題解決能力を高めるような教材を開発した、とコメントした。

「38万人のエンジニア不足」と総務省は認識

 なぜ、ITアーキテクトなのか。発表の際、総務省 情報通信政策局 課長補佐の高田義久氏は、日本において高度情報通信人材は78万人が必要なところ、現時点では43万人しかおらず、38万人が不足しているということを総務庁調査で判明したことを指摘した。具体的には、CIO、ITアーキテクト、プロジェクトマネジャーといった職種に深刻な不足が生じている。

 こうした人材が足りないことにより、設計に問題が出てプロジェクトが暗礁に乗り上げたり、ITエンジニアが過酷な労働を強いられたりするなど、IT業界に大きな経済損失をもたらしている。また、日本においては、いわゆる“スーパーSE”と呼ばれる人材が、ITアーキテクトとプロジェクトマネジャーを兼務するような仕事に就くことが多いが、品質に責任を持つITアーキテクトと、納期に責任を持つプロジェクトマネジャーでは、根本的に役割が異なる。このような状況を打開するべき開発されたのがITアーキテクトPBL教材というわけだ。

 そしてなぜ札幌なのか。地方のITベンダはどこも、東京を中心とした首都圏のITベンダからの“下請け”的な業務に甘んじている。早くからIT産業の振興に力を入れてきた札幌ですら、その呪縛からなかなか逃れきれなかった。今回の札幌イノベーションセンター開設で、ITアーキテクト育成を加速させ、札幌のITベンダでより上流工程の案件が受注できるようにする。また、この講座で育ったITアーキテクトが講師となって、さらにITアーキテクト人口を増やす良循環が生まれることを、札幌市やさっぽろ産業振興財団は期待している。

 2004年度から独自メニューで展開してきたITアーキテクト育成でも、その兆しは徐々に表れている。育成プログラムの受講者どうしでコミュニティが形成され、システム開発案件への取り組み意識が変化しつつあり、そのような人材が育った企業では、上流案件の受注に成功した企業もある。発注するITベンダにとっては、どこにどのようなITアーキテクトがいるのか探す方法を知りたいところだが、その窓口は札幌市の企業情報提供センターが務める。

 札幌イノベーションセンターでは、この人材育成プログラムばかりではなく、調布のマイクロソフトイノベーションセンターで展開されているようなプラットフォーム・サポート・プログラムやアプリケーション・プラットフォーム・サポート・プログラムなども実施する。

 札幌イノベーションセンターのスペースの1つは、部屋面積約27平方メートル、約7名がミーティングできる。そこには4台のクライアント端末を設置する。もう1つは部屋面積が約50平方メートル。約10名がミーティングできるスペースに8台のクライアント端末を設置する。これらのクライアント端末は、調布のマイクロソフトイノベーションセンターにある100台以上のサーバ群と接続されており、調布と同等レベルの検証作業が行える。

 利用は無料。1日単位で希望の日数の部屋予約を申し込む。札幌あるいは北海道在住のITベンダでなければならないという制約条件はない。ただし、利用申し込みが多くなった場合は、札幌および北海道のITベンダからの依頼を優先的に受ける予定。

(吉田育代)

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