HPがオフショア開発で成功した理由日本向け専任組織を日中横断で設置

» 2008年02月28日 00時00分 公開
[西村賢,@IT]

 大連国際空港に降りたち表に出ると、東京と変わらない気温に少し拍子抜けした。「2月の大連は極寒ですよ」。あらかじめ厚着を勧められていたからだ。空港からバスで約20分。ヒューレット・パッカード(HP)が2004年に設立したソフトウェア開発拠点、「GDCC(Global Delivery China Center)大連」を訪ねた。

 成田から3時間、日本との時差は1時間。大連は近い。

 人口約600万人。中国東北地方の随一の港町、大連は、東京と北京を線で結ぶと、ちょうどその線が大陸と交わるあたりにある。遼東半島の南西岸に位置した天然の良港に恵まれ、港湾都市として栄えた。その歴史は比較的新しく、1898年の帝政ロシアによる租借に始まる。現在の大連は高層ビルが立ち並ぶ近代都市だが、40年にわたった日本の植民地時代に建てられた歴史的建造物は、現在もその役割を変えて市街地に点在している。

ヒューレット・パッカードのソフトウェア開発拠点「GDCC(Global Delivery China Center)大連」

 大連は、内陸中国、日本、韓国の真ん中に位置する。日本から見ると、もっとも近い中国の都市の1つで、地の利がある。そのため近年大連はグローバル企業のアジア拠点、またオフショアサイトとして飛躍的な発展を遂げている。中でも、開放的なIT政策と国の援助のもと、1998年の設立以来成長を続けてきた「大連ソフトウェアパーク」は、多くのグローバル企業が拠点を構える一大ソフトウェア産業区となっている。

 8.6平方キロほどの地域に集まる企業数は400弱。そのうち4割以上が外資系で、約半分の企業が日本向けソフトウェアの開発、情報サービス、BPO業務を行っている。例えば、HP、IBM、SAP、アクセンチュア、デル、ソニーなどがソフトウェア開発センターを設立している。

大連ソフトウェアパークの一部。近代的なビルが立ち並ぶ、オフショア開発の一大拠点となっている

オフショアでの品質への懸念を払拭

 「数年ほどオフショア開発を行っているが、まだ品質や生産性に課題がある」。ある大手企業のCIOは、そう話す。人件費が安いというだけの理由でオフショア開発に踏み切り、品質や生産性が思ったように上がらないことで、オフショア開発から手を引く企業もある。

 「オフショアでやると安かろう悪かろうという印象をお持ちかもしれない。そうではないサービスを作るというのが、JDDC立ち上げ当初の目標だった」。そう話すのは日本ヒューレット・パッカードの酒井孝雄氏(執行役員 コンサルティング・インテグレーション統括本部 技術本部長)だ。

 JDDC(Japan Dedicated Delivery Center)とは、同社の大連拠点と日本HPにまたがる「日本専任」の組織だ。日本向けプロジェクト開発に特化した施設と開発要員を集め、日本向けノウハウを蓄積する。2004年4月設立時に140人だったJDDCのメンバーは、現在600人弱。「2008年中に1000人程度を目指す」(酒井氏)という。GDCCの地域別ビジネスシェアを見ると、2006年に18%だった日本向け開発は、2007年には24%に急増している。JDDCは過去3年にわたって100%成長を続けているという。

 JDDCは、開発プロジェクトにおいては日本HPのコンサルティング・インテグレーション部門(CIJ)と、GDCC大連を取り結ぶ役割を持つ。コンサルティングや要件定義といった上流工程をCIJが担当。当初JDDCを含むGDCC側は、コーディング、単体テストなどを分担することに主眼を置いたが、最近では従来CIJが行っていた構造設計や結合テストなど、より上流工程に近い領域まで、GDDC大連で行えるようになっているという。

 オフショア開発の成功の背景には、GDCCが、プロセス・品質ソリューションの研究拠点となっていることも影響している。見積りプロセスの徹底やプロジェクト終了後のPDCAサイクルの実施などに組織的に取り組み、GDDC大連は2003年にソフトウェアの開発プロセスの改善モデル「CMM」(Capability Maturity Model)のレベル3認定を、2004年にはレベル5の認定を受けている。また人材育成能力の指標となる「P-CMM」(People CMM)も取得。「P-CMM取得は中国では初めてではないか」(GDCC兼JDDCディレクター チェン・イェン氏)という。

 これまでオフショア開発では、言語や方法論の違いからコミュニケーション上の問題が発生することもあった。そのため日本専任のJDCCではドキュメントやコミュニケーションに日本語を用いるほか、プロセス、メソッド、ツールを日中で共通化しているという。JDCCメンバーの12%は日本語能力検定1級取得者、4.9%は2級取得者。もともと大連が親日的ということもあって、多言語によるオーラルコミュニケーション能力が高いスタッフを揃えることもJDDCの強みだ。イェン氏は、日中チームが発注元と下請けという関係ではなく、対等なパートナー関係にあるということも同社のオフショア開発成功の要因だという。日中のコミュニケーションにはテレビ電話システムやIMを使う。

日中連携の組織体制。JDDCは日本HPとGDCCにまたがる日本専任の組織
GDCCの部隊が入るフロアを案内するGDCC兼JDDCディレクター チェン・イェン氏。入り口にはCMMやP-CMMの認定証が飾られている
中規模の建物の2フロアを使うGDCC大連の開発チーム。ふと開発者を見ると検索エンジンに「百度」を使っていてお国柄が感じられたりするが、Windowsのスタートメニューはカタカナ表記で「スタート」とあるなど日本語OSを使っているケースも見受けられた

GDCCで開発したサービスを順次外販

 世界中で均一なサービス提供を行う「Global Delivery」というコンセプトのもと、2003年から同社はスロバキア、ワルシャワ、インド、マニラ、中国などにオフショア拠点を施設。1バイト言語圏はインドを中心に、2バイト言語圏は中国にリソースを集約している。GDCC大連のほか、GDCCは上海、北京、重慶、広州の計5箇所で展開。現在2600人体制で、OS、開発言語、ミドルウェア、アプリケーション、手法、産業別サービスなどでノウハウを蓄積・共有している。GDCCはHPのグローバルな拠点ネットワークからのサポートも受ける。

 こうした背景を持つGDCCで昨年から開発をスタートしたのが、開発・テスト環境を社内SaaSとして提供可能とする新サービス「HP Shared Service Utility」(SSU)だ。これは、従来プロジェクト単位で準備していたハードウェア・ソフトウェア環境を、仮想化・自動化されたフレームワークで提供するもので、日本国内では2月20日に発表している。SSUはGDCCにおけるプロセスやツールの共通化、標準化から生まれたサービスだが、同社は今後も「ITシェアードサービス」というコンセプトのもと、本番環境やデータセンターにおけるシェアードサービスの提供を視野に入れている。

HPは「Global Delivery」というコンセプトで均一なサービスをワールドワイドで提供していくという

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