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日米のベンチャービジネスを知る男

あるテクノロジ・ベンチャーの肖像―リプレックスは「穴を掘る」

2008/03/03

 日本のテクノロジ・ベンチャーに停滞感が漂っている。テクノロジ・ベンチャーが多数上場する国内の新興市場は長期の低迷にある。世界市場への進出を夢見るも、そもそも国内市場でその足場を築けないテクノロジ・ベンチャーが多い。連載「あるテクノロジ・ベンチャーの肖像」ではさまざまなテクノロジ・ベンチャーの姿を見て、進むべき道を探りたい。第1回目はリプレックス。

関連記事:純国産のソーシャルアドレス帳「Ripplex」のすごいところ

シリコンバレーで10年楽しんだ技術者

 国内のテクノロジ・ベンチャーが飛躍できない理由には資金不足もある。PCが1台あれば起業できるネットサービス企業でも、オフィスを構えてエンジニアを雇い、マーケティング活動を行うには資金が必要。新しいサービスを開発するためには、売り上げがなくても社員に給与を支払わなくてはいけない。日本のテクノロジ・ベンチャーは「高い志があっても飯を食うために受託になっているケースが多い」とソーシャルアドレス帳「Ripplex」を開発したリプレックス株式会社の代表取締役 CEO 直野典彦氏は語る。そして、「リプレックスは日本では珍しいトライをしようとしている」という。どういうことか。

 直野氏は日本のIT業界の慣例に従えば、ベンチャー企業を起こすような人物ではない。現在44歳。大学卒業後に日本の大手IT企業に勤務したが「このままではダメになる」との思いから「シリコンバレーに流れ着いた」。職を得たのが設立されたばかりのラムバス。高速チップ間インターフェイス技術を開発・設計する企業だ。ラムバスはその後に上場。ITバブルの崩壊やエンロン事件などで会社の株価は激しく変動したが、「一応、死ななかった」と振り返る。ラムバスの副社長と日本法人の社長を務め、「10年間、技術革新の先端で楽しむことができた」という技術者だ。

 直野氏のような経歴を持つ人物の場合、外資系企業の日本法人を渡り歩くケースが多い。外資系企業は、海外での勤務経験があり、日本法人のオペレーションの経験もある人物を「話ができる」と歓迎する。事実、直野氏は「大企業からのオファーはいまでもある」と打ち明ける。しかし、直野氏は日本での起業を選んだ。日米でビジネスを経験した直野氏は米国と日本のベンチャー企業の状況をよいところ、悪いところを知っている。リプレックスはそのよいところを組み合わせた仮説の実証の場といえる。

 日本から見ると、米国のベンチャー企業の状況はうらやましい限りだ。1つは人材の流動性だ。直野氏はシリコンバレーでラムバスに入社して「なんて頭のいい人がこんな小さな会社に集まっているのか」と驚いた。そして優秀なエンジニアと日夜働き、「本当に楽しかった」。当時のラムバスは社員が30人程度の中小企業だ。「シリコンバレーではトップレベルの小さな会社が成り立つ」というのが不思議だった。優秀な人のレベルは日米ともあまり変わらないと感じていたが、日本の場合は、優秀な人は大企業に行ってしまう。しかし、シリコンバレーでは将来性が感じられれば小さな会社でも優秀な人が集まる。直野氏は人材の流動性がこの差を生んでいると感じている。

 「シリコンバレーで起業すると、優秀な人がわっと集まることがある。社長がいないときには、どこかからつれてくることができる。特にマネジメントはそういえる。グーグルはまさにこの例。実績のあるエリック・シュミットを引っ張ってきたのは投資家だ。日本は起業してもその周りだけで会社ができ、言い出した人が社長になる。それが大前提。社会全体の流動性が低いので、ほとんど動かない中でごく近い人が集まっている」

ripplex01.jpg リプレックス株式会社の代表取締役 CEO 直野典彦氏

「穴を掘る」型のベンチャー

 社会構造が変化してもやはり日本の社会は公をトップに大中小と続く、ピラミッド構造。そして世界で戦える企業も大企業が中心だ。米国もピラミッド構造だが中小企業でも世界で戦っている。そのような中小企業に資金を提供するのがベンチャーキャピタルだ。直野氏自身、ラムバスを離れた後、米国のベンチャーキャピタルに「アントレプレナー・イン・レジデンス」(EIR)として1年ほど在籍し、ベンチャー支援の現実を見た。

 そこで学んだのは「穴を掘る」型のベンチャー企業だ。事業で成功体験がある投資家が厳選したベンチャー企業に最初から大きな資金を供給する。優秀な人を集めたベンチャー企業はその資金を元に開発研究に集中。当初の潤沢な資金は開発期間の経過とともに減少する。そしてめでたく開発が終わり、サービスをリリースすると次第に資金が増えていく。これが「穴を掘る」型のビジネスだ。社会の流動性の高さを背景に優秀な技術者やマネジメントを一挙に集められる米国では「穴を掘る」型のビジネスが成り立つ。

 ただ、すべてのベンチャー企業が「穴を掘る」型で成功するわけではない。著名なマネジメントを連れてくるが、実際のビジネスが稼働せず、時間とともにただ資金を食いつぶす。「正しいビジネスプランに行き着く前に商売を大きくしてしまう」。こういう企業もたくさんある。

ripplex02.jpg 穴を掘る型のビジネス。縦軸が資金、横軸が時間

日米のよい点を組み合わせる

 資金が潤沢なのに越したことはないが、正しいビジネスプランに行き着かなくては意味がない。その意味では少ない資金でスタートを切る日本のベンチャー企業の方が健全ともいえる。リプレックスには国内の複数のベンチャーキャピタルが出資する。

 直野氏は米国で起業することも可能だったが、日本を選んだ。設立前にリプレックスの現在の社外取締役から「日本もそんなに根性がない投資家ばかりじゃない」といわれて、複数のベンチャーキャピタルに接触。出資と日本での起業が決まったという。そして選んだのが、日本のベンチャーでは少ない、「穴を掘る」型のビジネスだ。

 だが、現在の社員は8人、原宿駅近くの格安なオフィスで「ものすごくけちけちにやっている」(直野氏)。会議室の会議机は手作りで、少しがたがたする。「シリコンバレーのスタートアップが大きくなる中で、これはシリコンバレーが優れていると感じたこともあるし、まったくの逆もある。その2つをきちっと判断してどこまでやれるかやってみようというのが今回のプロジェクトの成り立ち」と話す。「投資家の出資を含めて、日本で珍しいトライをやってみようというのが動機」なのだ。

日本の技術者の人件費は2.5分の1

 「日本が優れているのは技術者の人件費の安さ。シリコンバレーで東京と同じレベルの技術者を雇おうと思ったら、2.5倍はかかる」。直野氏が感じる日本のベンチャーの優位点だ。固定費の安さは企業の競争力に結びつく。優秀な人をシリコンバレーほどコストをかけずに雇えることは大きい。人件費の差は日本の技術者にとってはショックな数字かもしれない。しかし、語学の問題さえクリアすれば、日本の技術者もシリコンバレーに渡ればいまの2倍以上の給与を得られるということも意味する。

 リプレックスの開発者は5人。シリコンバレーで働いた直野氏は「中核の3人はたまたま入社したが、すごい。シリコンバレーに行っても大丈夫」と評価する。優秀な人材の確保はリプレックスでも苦労している。特に日本の流動性の低さはやっかいだ。直野氏は「次は外国人の技術者を採用するだろう」という。

一流の知識技能が安定につながる

 日本人は安定志向と言われる。優秀な人でも、優秀でない人でも公務員や倒産の危険が少ない大企業を目指す。もちろん、人が安定を求めるのは当然だ。しかし、長い不景気を経験し、日本人は大企業が必ずしも安定ではない、ということも知った。直野氏は「大企業でもスモール企業でも成功のために必要なのは根性や運ではなく、世界中どこに出しても通用する知識や技能。こういう知識、技能はベンチャー企業も大企業も関係ない。一流の知識、技能こそが職業生活の安定につながる」と語る。

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(@IT 垣内郁栄)

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