シリコンバレー発、Webスタートアップの肖像(1)

なぜY Combinatorだけ特別? Dropbox創業者に聞いた

2011/04/27

 シリコンバレーは、ITの世界にとって今も特別な場所だ。

 Apple、Cisco、eBay、NVIDIA、Oracle、Intelといった名だたるIT企業が本社を置き、Google、Facebook、PayPalなどWeb系ベンチャーが次々と生まれ続けている。

 人口約200万。行政区域としてシリコンバレーという場所は存在しないが、人口100万を擁するサンノゼ市を筆頭に、サンタクララ、サニーベール、マウンテンビューなど約20市を含む領域に世界の才能が集まる。米国西海岸、太平洋に向かって親指を突き立てたような半島の南北30マイル(48km)の細長い領域、東京圏に地図を重ねて言えば、だいたい東京から横浜までぐらいの間に、IT企業群がキラ星のように点在しているような具合だ。建物は低く、緑も多い。風景を見る限りはのんびりした場所だ。

street.jpg パロアルトの比較的大きな通り。クルマ移動が基本ということもあって、人通りは少ない。ただ、その辺のカフェに入れば、Facebook社員やApple社員が1人か2人はいそう、という場所

 2000年と少し古いデータだが、サンノゼ市の人口のうち約36.9%がアメリカ以外の国の生まれで、英語以外の言語を家庭で話すと回答する人の割合も5割に上るとする統計もある。IT系に限って言えば、約半数は海外移民組とも言われている。

 シリコンバレーは単にIT産業が栄えるアメリカの一地方都市などではなく、IT系のイノベーションの中心的存在であり続けている国際都市なのだ。

 理論物理学者でサイエンス・ライターでもある日系アメリカ人のミチオ・カク氏は、あるインタビュー(動画)の中で、現代アメリカの教育システムを“知識偏重”と悲観的に切り捨てる一方、なぜ科学・技術の領域でアメリカは落ちぶれずにいられるのかという問いに対し、アメリカにはほかの国が名前すら聞いたことがない「H1-Bビザ」という秘密兵器があるのだと指摘している。H-1Bビザは就労ビザの一種だが、専門職については雇用主が認めさえすれば外国人労働者にビザが下りる仕組みだ。

 他国から才能を取り込む法的枠組みがアメリカにはある。中でも、シリコンバレーのあるカリフォルニア州は、多様なエスニシティを内包したまま活力を保っている典型的な場所だ。

シリコンバレーで注目のVC

yc01.png

 このシリコンバレーで、ひときわ注目されているIT系ベンチャーキャピタルがある。エッセイストとしても著名なハッカー、ポール・グレアム氏らが立ち上げた「Y Combinator」(ワイ・コンビネータ、以降はYCと略)だ。グレアム氏は自らWebベンチャーを成功させてYahoo!に会社を売却した経験を持ち、IT系の創業者たちが作る強力なネットワークとコミュニティを育てている。

 YCは2005年の創業以来、これまでに250以上のスタートアップに投資し、Dropbox、Reddit、Scribd、ZumoDrive、Heroku、Disqus、Bump、CloudKick、AirBnBなど多くのWebスタートアップを世に送り出してきた。

 なぜYCは成功するスタートアップを送り出し続けられるのか? なぜYCは注目されるのか?

 2010年5月、私はシリコンバレーに滞在し、YCに投資を受けたことがあるWebスタートアップの創業者たち計13人にインタビューすることができた。延べ10時間以上にわたったインタビューでは、各社のサービス、YCを取り巻くカルチャー、シリコンバレーの特殊性などについて話を聞いた。13人の中には、YCのベンチャーキャピタリスト、ハジート・タガー氏も含まれる。タガー氏はロンドンから移住してYCに加わり、その後Webスタートアップを成功させた“YC卒業生”でもある。タガー氏は、ロンドンはシリコンバレーになり得ないという。

 Y Combinatorとはどんな存在なのか。なぜシリコンバレーなのか? 今回から数回に分けて、インタビュー記事をお届けする。

ycoffice02.jpg Y Combinatorのオフィス。普段は皆バラバラに活動しているが、定期ミーティングや食事会、投資家向けのデモなどはこの建物で行うという
ycoffice01.jpg Y Combinatorのベンチャーキャピタリスト、ハジート・タガー氏(左)

Y Combinatorとはどんなグループか?

 YCは、Webサービスをウォッチしている人々の間では2007年頃から広く知られる存在となっていた。「なるほど! その手があったか!」と膝を打つアイデアと、シャープなフォーカス、ユーザー本位の気の利いたユーザー体験など、これはと思えるサービスが登場すると、「またYCか」ということが続いた時期があったからだ。

 それは今でも続いている。

 YCでは1年に2回、年初と年の半ばに3カ月間に渡る投資サイクルを回している。まず、投資を決めた起業家たちをベイエリア(北のサンフランシスコやシリコンバレーを含む、湾岸エリアの総称)に呼び寄せる。同時期に応募し、運良く投資を受けられることになったYCの起業家たちは、自分たちのことを“YC09 Summer”(YC2009夏組)などと、まるで学校や企業に入った同期のように呼ぶ。

school.jpg IT業界の著名人や成功した創業者を招くこともあるという

 彼らは3カ月の間に一種の同期意識を持って、YCが用意する各種イベントや定期会合などを通して切磋琢磨し、スタートアップ企業として離陸していく。プロトタイプを見せ合い、毎週のディナーではアイデアやプロダクトを話し合い、何度かの投資家向けイベントではプレゼンテーションを洗練させていく。人的ネットワークを生かして、IT業界の著名人を招聘してディスカッションもする。

 シリコンバレーのスタートアップといえば、われわれが目にするのは、何という名前のスタートアップが何百万ドルの投資を受けたというニュースが多い。YCは主に、その前段階にある起業家たちにフォーカスしている。アイデアと才能、熱意のある若者たちに対して、創業経験者や優れたハッカーだからこその暗黙知を伝承をし、有力な投資家ネットワークへ橋渡しをする。YCは、アイデアが形になるかどうか分からないような早い段階で、少額の投資をする“シード型”のベンチャーキャピタルだ。

 YCの特徴やシリコンバレーの特殊性などは、YC創業者たちの言葉で少しずつ明らかにすることにして、早速、YCの中でも最も大きな成功を収めつつあるオンラインストレージサービス「Dropbox」の共同創業者の1人、アンドリュー・ヒューストン氏(通称ドゥリュー)の話をまとめてみよう。

著名投資家がDropboxに投資しそこねた理由

 Dropboxはクラウド型ストレージ「Amazon S3」をバックエンドに、クラウド上の個人向けストレージを提供している。Dropboxが創業した2007年当時、オンラインストレージ、オンラインバックアップサービスは数多く存在し、Dropboxはどちらかと言えば後発組。市場は、すでに勝者のない“レッドオーシャン”となりつつあった。

 今となってはDropboxが圧倒的に優勢だ。ユーザー数は2011年4月現在2500万人。2010年1月に400万人、2009年4月に100万人だったことを考えると、その伸びは驚異的だ(数字はいずれもDropboxによる発表値)。Dropboxはフリーミアムモデルで無料で2GB使えるが、それ以上の容量については、50GBで月額9.99ドル、100GBで19.99ドルなどとなっている。ザックリ言ってバックエンドに使っているAmazon S3の原価の2倍の料金だ。会員数が伸びれば非常に高い収益を上げられる。非上場企業なので詳しい数字は出ていないが、米Fortuneが報じたところによれば、2011年中に1億ドルの売り上げに達し、評価額は10〜20億ドルに上るだろうという(記事初出時に1億ドルの利益とありましたが、正しくは売上額でした。訂正してお詫びします)。

dropbox01.jpg Dropbox共同創業者の1人、ドゥリュー・ヒューストン氏

 飛ぶ鳥を落とす勢いのDropboxも、2007年の時点では、その他大勢のベンチャーの後塵を拝する新参者でしかなかった。

 Dropboxが類似サービスを押しのけて成功すると考えた人は少なかった。例えば、Webスタートアップの創業者としても投資家としても成功し、現在もHunchというWebサービスの立ち上げに共同創業者として携わっているクリス・ディクソン氏は最近のブログの中で、Dropboxに投資しそこねた過去を振り返り、こう述懐している。

 「(2007年の時点で)またもう1つ別のヤツ(オンラインストレージサービス)を始めるなんて、まったく馬鹿げたアイデアに思えたし、ドゥリューの唯一の主張にしても、自分のプロダクトは他のものより良いということだけだったしね」

 ベンチャー企業が披露する製品ロードマップや取り組み領域、自分たちの強みなど、何をどのように評価したところで、2007年の時点でB2C市場のファイル共有サービスに投資するなどという決断は下せなかったはずだと、ディクソン氏は言う。当時、Amazon S3が登場したおかげでオンラインストレージサービスは、誰にでも簡単に参入できる市場だったからだ。

 しかし、コンシューマ向けオンラインストレージの分野で良いプロダクトを作るのは本質的には難しく、最終的には「プロダクトの良さ」が決め手になったのだった。YCやセコイアキャピタルといったベンチャーキャピタルは、スバ抜けた才能に投資をしたのだという。「Dropboxこそ、チームに投資しろという絶対的なルールを私が持つようになった理由の1つだ……(中略)……。私の中でDropboxは、アイデアよりも人に投資するべきだという理由の象徴となっている」(ディクソン氏)

Dropbox CEOは天才肌のプログラマ

 他の多くのシリコンバレーのWebスタートアップ創業者同様に、ヒューストン氏は生粋のエンジニア、それも天才肌のプログラマだ。

 「小さい頃からプログラミングはやってるよ。6歳のときに初めて父親と一緒に書いたプログラムはPC Junior上で、BASICだった。8歳のときにはPascal、12、3歳のときにはCでプログラミングしていて、14歳のときに初めて仕事を受けたんだ」

 「そのころ、あるオンラインゲームをやろうと思ってたんだけど、どうも開発にすごく時間がかかってたんだよね。退屈だったんで、そのゲームがどうやって動いてるのかあちこちつついて調べ始めたんですよ、特にネットワーク周りとか。そしたらセキュリティの問題に気づいて、ゲーム作者たちに連絡したんだ。ねぇ、こことここに問題があるから、直したほうがいいよ、と」

 「そうしたら、ちょうどエンジニアが1人減ったところだから、自分たちのチームに加わってネットワーク周りを全部書かないかって返事が来て。ぼくが“オーケー、ところでぼく、14だけど”って言ったら、彼らは“そんなのどうでもいいよ”という感じでしたね」

小さな成功ではなく大きな成功を目指して

 Dropboxの創業以前、2006年にマサチューセッツ工科大学でコンピュータサイエンスの学士号を取得するまでにも、実はヒューストン氏はスタートアップ企業の立ち上げ経験がある。アメリカで大学に進学する時に受験生が受ける「SAT」と呼ばれる適性試験の対策がオンライン上でできる、「Accolade」というWebサービスを立ち上げたことがあるのだという。

 「オンラインのSAT会社を作ったんだよね。オンライン試験のサービス。ほとんどの高校生は800ページぐらいあるSAT本をやるんだけど、試験の採点を自分でやるとか、そういうムダな努力が注がれていたんですよ」

 「この会社は大学在学時に始めて、2、3年ぐらいやったかな。外部からの資金調達なしにブートストラップさせて(編注:ゼロから徐々に段階的に大きくするという意味)。少しはお金になったし、儲けも出ていたんだけど、次のGoogleになるようなサービスではなかったしね。会社を作るということについては非常にいい経験となったけど」

 まだ21歳のときにスタートしたこのSAT関連の会社は、自分が食べていくぐらいの収益を上げていたという。転機は親友の1人が、メール関連のスタータアップ「Xobni」を立ち上げ、成功しつつあるのを目の当たりにしたことだ。

 「XobniもまたYC組なんだけど、非常に順調だったんですよ。彼はYCに応募して素晴らしい経験をしてた。2007年に彼らが投資を受けるのを見て、ぼくもYCに加わらなきゃって思って応募したんだよ。ほかの成功しているベンチャーの経緯を見ていて、これなら自分にだって出来ることだろうって」

 「それにクールでしょ。一体誰が、ぼくなんかに500万ドル(約4億円強)の小切手を切るのって? 正気の人間がそんなことするのかよってね(笑) だけどね、ここ(シリコンバレー)では実は、良いアイデアとか優秀な人々の数よりも、お金のほうがずっと多くて余ってるんですよ」

 「君がもし優秀な起業家だったら、君は投資家を助けていることになる。投資家には、君のような人が必要なんだよ。君に投資家が要るわけじゃない。まったく逆なんだ。こういうことって実際に自分で起業してみるまでは、それほど自明なことじゃないんだよね」

YC参加によって何が得られるのか?

 アイデアや起業家より、お金のほうが余っている。では、シリコンバレーに来れば、それで起業ができるのかといえば、そうではない。

 「YCという存在は非常に重要だよ。資金も経験もコネもない状態でシリコンバレーに入り込むのは難しいからね。この難しい最初のスタートをYCは手伝ってくれるパーフェクトな存在。何を知らなきゃいけないのかを教えてくれたり、人にも紹介してくれるからね」

 「素晴らしい創業者となり得る優秀なエンジニアは、たくさんいる。でも、こうした人たちは、何から手を付けていいのかが分からない。ニュースを見ていると、一晩でスタートアップが成功して投資が集まる。何だか分からないミステリアスな話ですよね。どうやって資金を集めて離陸するかというスタートアップの苦労話は報道されないから、そこは分からない」

 「でも、本当にただやり方が分からないだけなんだ。やり方さえ伝えれば、成功できるエンジニアはたくさんいるんだ。そのことにYCは非常に早い段階で気付いていたんだよ。これがYCを特別な存在にしているのだと思いますね」

 YCの存在価値は仲間の存在だという。

 「ぼく自身、もしYCに加わらずに起業していたら、Dropboxの成功にはずっと遅れていただろうし、そもそも、1人のエンジニアがスタートアップのCEOとなっていくのに何が必要かということも分からなかっただろうね。その明確な道筋をYCは与えてくれるんだ。もちろん、いずれ自分でも理解していくこともあるかもしれないけど、先人たちが知識や経験から得た知恵に効率的なやり方で触れさせてくれるんだ」

 「YCには非常に素晴らしい同期生たちのネットワークがあるんだ。YCから投資を受けることになれば、その時点で、同様のスタート地点にいる20ぐらいの創業者やスタートアップのグループに加わる。これは相互に助け合うループでもあって、この価値は過小評価されていると思いますね」

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 「スタートアップの初期というのは、実は非常にツライ時期です。うまくいくかどうかも分からず、それまで経験したことのないぐらいハードに働きもします。分からないことも多い。でも、まったく同じ経験をしている人々が一緒にいて、こうした人たちと非常に親しい友人となれる。ぼくはWeeblyやJustin.tvの創業者とルームメイトだったんだ」

 「さらに、自分たちより6カ月前とか、12カ月前に起業した人たちもいて、彼らがどんな状況か、進捗はどうかということも見ることができる。もし何か問題を抱えていたり、疑問があれば、ほかのYCの創業者たちに聞くこともできる。これはすごく大きなネットワークだよ。例えばサーバ設定とかSEOについて聞けば、かなりの確率でエキスパートがいるんだよね。なぜなら彼らはイヤというほど、そうしたことをやってきたから。このネットワークは才能の宝庫」

投資家への引きあわせ“デモ・デー”

 YCでは“デモ・デー”と呼ばれる集中的に投資家向けにプレゼンを行う日がある。非常に効率的に投資家たちに会える環境だ。ヒューストン氏は、このダイナミズムが、資金調達のプロセスや競争を加速していると指摘する。

pg.jpg Y Combinator共同創業者のポール・グレアム氏(左)

 「投資家は必ずしもその場で投資を決めるわけじゃない。ある投資家にプレゼンし、その人が興味を示さなければ、また別の投資家に向けてプレゼンして、という風に次々に話ができる。資金調達で市場価格を決めるには、投資に関心を持つ参加者を多数集めればいいんですよ。例えば10人の投資家がいて、投資を決めるのに競争をする。それって起業家に好ましい環境ですよね。投資家を1人ずつ訪ね歩くよりもいい」

 「投資家同士は互いに知り合いなので、もし資金調達に4カ月もかけていたら、どうしてあの投資家はこのベンチャーが気に入らなかったのだろうかと訝ったり、ほかの投資家はどう考えただろうか、投資しただろうかというようなことを考えるんですね。実際には何も不安に思う要素がなくても。これは非合理的なプロセスでないにしても、心理的なものなんだ」

 YCはシリコンバレーの投資家ネットワークに若い創業者を紹介するコネクターの役割を担っているのだ。

Dropboxは製品として何が良かったのか?

 Dropboxはなぜ成功したのか? それは創業者2人がずば抜けて優秀で、それを見抜く投資家に出会えたから、ということだが、成功の直接の要因は種々の技術的詳細やサービス展開の戦略にあったのだろうと思う。

 Amazon S3をバックエンドに利用したのは賢明だった。ほかのオンラインストレージと違ったのは、ユーザーにはオンラインのファイルがWindowsのフォルダに見えるように実装したことだった。しかも、LinuxのFUSEのようにOSのファイルシステムを拡張するのではなく、ファイルシステムを監視するサービス(デーモン)として実装したこともポイントだった。ファイルシステムとして透過的にクラウド側のストレージをマウントする方式は優れているように思えるが、任意の既存フォルダの同期をするためには監視方式でなければならないからだ。

website.png Dropboxは差分でデータを管理していて、ファイルのバージョンを巻戻すこともできる
dropbox02.jpg サンフランシスコのメインストリート沿い、ど真ん中辺りにDropboxのオフィスはある。最近のベイエリアのベンチャーは、落ち着いていてのんびりしたシリコンバレーよりも、クルマで1時間程度かかるものの、活気があって若い人が好むサンフランシスコ市内にオフィスを構える例が増えている

 Dropboxはシンプルなサービスに見えるかもしれないが、サーバ側もクライアント側も、実装は自明でも単純でもない。クライアントはPythonベースで書いていて、中間コードにコンパイルした状態のバイナリをPython処理系と結合した実行形式として配布している。このことで、Windows、Mac、Linuxという異なるプラットフォームのサポートや機能拡張が容易になる。また、Pythonのような記述力の高い軽量言語を選択することには「競合にスピードで勝って生き残る」という観点で意味があるだろう。中間コードの難読化をした上でPython処理系と結合して配布するというのは、ハッカーだからこそできること、あるいは発想できることと言っていいだろう。アップロードするデータにしても、変更のあったファイルの一部分だけを認識して差分を送る方式を当初から実装している。

 競合サービスが10も20もある中で勝ち残れたのは、こうした技術力の違いによるところが大きそうだ。スタートアップはアイデアや企画勝負と誤解されがちだが、実装力が物を言う世界なのだ。

 2010年5月時点で、Dropboxの27人の社員のうち17人がエンジニアという。「デザイナはいるけど、マーケティングやセールス担当はいない。電話を取る人間も少しいるけど、大部分は直接プロダクトに関わっている。これまで、いわゆる大企業に勤めたことはなくて、自分が勤めた中では、そろそろDropboxが一番大きな企業になるね(笑)」(ヒューストン氏)という。

クチコミを利用したキャンペーンが起爆剤に

 Dropboxはサービス展開もうまくやった。Dropboxでは広告など従来のマーケティング手法はほとんど使っていない。既存ユーザーが友人をサービスに誘えば容量が増えるという紹介キャンペーンこそが、ユーザー急増の起爆剤になったのだという。iPhoneやAndroidへの対応、QuickOfficeやGoodReaderといったiPhoneアプリとの連携など、多くのデバイスやサービスにも対応していった。デバイスやアプリが多様化する過渡期に、クラウド・ストレージのデファクトの地位を確立しつつある。現在200以上のアプリがDropboxに対応しているという。

 サービスをシンプルに保つことにも非常に慎重だ。

 例えば、Amazon S3というストレージサービスには、低い冗長度で安価に利用できるRRS(Reduced Redundancy Storage)という別メニューがある。オリジナルのS3が99.999999999%の耐久性であるのに対して、99.99%と少し桁が落ちる。それでもオブジェクトの平均年間予測喪失率は0.01%と小さく、これをDropboxで利用し、安価な別メニューとして出すことはできないのか?

 「残念ながらユーザーはすごく小さな数字とか大きな数字って理解してくれませんからね。それに、そんな違いなんか彼らは知りたくもないんですよ。どんなに些細であっても、データを喪失する可能性に人は敏感だから、われわれは絶対にユーザーのデータを失うことはできないんですよ」

 Dropboxでは、どのフォルダを同期して、どのフォルダを同期しないということも、比較的最近までコントロールできなかった。アップロードの優先順位付けは、「小さいファイルから順に」というルールがあるだけで、ユーザーがコントロールすることはできない。Dropboxの開発者たちはバイナリ差分の実装方法を議論するハッカーでありながら、自分たちが欲しかったであろう機能は排除してサービスをシンプルに保つことを徹底しているのだ。

デバイス間、アプリ間をつなぐファブリックに

 Dropboxの未来に、ヒューストン氏は何を見ているのだろうか?

android.jpg DropboxはiPhone、iPad、BlackBerry、Androidなどにも対応

 「非常にエキサイティングな時代ですね。複数のコンピュータ間でデータを移動するのが面倒、いや、移動自体は簡単でiPhoneで撮影すれば写真はFlickrに入るけどね。でも、家にPCがあって、ネットブックがあって、iPadがあって……、結局また同じ問題が頭をもたげてくるでしょ、はるかに大きなスケールでね。われわれが本当に作りたかったのは、こうしたデバイス、PC、アプリなどすべてをつなぐファブリックのようなものです」

 長期的に見れば、すべてクラウドに移行してファイルという概念も不要になるのでは?

 「たとえすべてがWebになっても、アプリ同士の連携は必要で、その連携のためのファブリックがいるよね。Gmailに写真を添付するとき、別のクラウドベースの写真アプリから選択してきますよね? すべてオンラインにという考えは興味深いとは思うし、実際Googleや他の企業も関心を示してますよね。でも、まだ10年や15年はかかるでしょうね。ファイルはなくなりません」

 原理的には写真編集はサーバ側で完結できるはずだ。RAW現像や動画のエンコーディングのような現在PCで行っている処理も、Dropboxと連携するサービスがあればいい。しかし、問題はインターネット回線はそこまで高速ではなく、GB単位のアップロードやダウンロードは、一般ユーザーにとって現実的なアプローチではない、ということだろう。

 サーバ上に100GBや200GBの容量を用意することは、今では難しくない。しかし、どうやって実際に100GBもの画像・音楽・書類のフォルダをアップロードしてもらうのか? 実は、Dropboxとほぼ同時期に起業したYCの別のスタートアップ、「ZumoDrive」が解決しようとしている問題は、まさにこれだ。次回は、ZumoDriveと、その創業者、デイビッド・ザオ氏の素顔に迫る。

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(@IT 西村賢)

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