[Analysis]

SIM搭載でPCがケータイ化する

2007/08/20

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 年内にもService Pack 1が出るとされるWindows Vistaだが、普及が伸び悩んでいるといわれている。私はOSやソフトウェアの購入は業界の会費のようなものと割り切っているので、出るたびに必ず自腹で購入するようにしている。だが、Vista、Office 2007にバージョンアップすると10万円近くかかる。さすがに自腹だと費用対効果にはシビアになる。使いこなしてみるとさまざまな改良点にあふれているのだが、これがないと困る、あるいは、Vistaでなければ動作しないといった、キラーアプリケーションが見当たらないのも事実だ。大手企業のITマネージャーに話を聞いてもSP1が出たらVista導入を検討するという人が多い。

端末化するPCとソフトウェアの割高感

 ためらう理由を聞いてみると、企業内システムとしてのPCの地位低下が挙げられる。すでにシステム構築はサーバーサイドに傾斜している。このためPCに求められる機能が低下する一方、PC自体の価格低下によりソフトウェアの割高感がより意識されやすくなっているのである。

 またOffice製品に関しても、新機能やXMLベースのファイルコンテナフォーマットが、旧バージョンユーザーとのファイル交換を制限してしまう。元々、データ交換性と、再利用性を主眼としているにもかかわらず、旧データフォーマットの普及自体が互換性の障害となっているのは皮肉な結果だ。さらに、再教育の必要性から、リボンと呼ばれるOffice 2007の分かりやすいメニュー構造が敬遠されているともいわれている。

Vistaが示すPCの閉塞感

 こうしたVista、Office 2007を取り巻く状況は、PCの閉塞感をよく表している。ムーアの法則に起因する量の変化は、サーバーサイドではホスティングコストの低減として、また、通信では、複雑なプロトコルの導入による通信速度の向上と単価低減という分かりやすい価値をもたらしている。しかし、クライアントサイドに提供されるCPUパワーはこのところ汎用的価値の提供を欠いている。高品位な動画やグラフィックスは、ゲーマーやクリエータには喜ばしいのだが、特にビジネス用途での貢献度が明確ではない。

 マイクロソフトもタブレットPCなどで、CPUリソースを直感的ユーザーインターフェイスの改善に振り向けようとしているのだが、必ずしもうまくいっていない。「ニンテンドーDS」の成功事例と異なり、PCのユーザー層は幅広く、また、行う処理もより複雑であるからだろう。

 32ビット化以来、PCには大きなアーキテクチャの変化がなかった。細かな改良点の積み重ねである成熟OSとしてのVistaの姿はその象徴だろう。だが、数年先以降の未来を見据えてみればPCのアーキテクチャにも次のような大きな変革が予見されている。

ブロードバンドのさらなる高速化とSIM搭載型PCの登場

  • WiMaxの普及を契機として、WiMax内蔵PCにSIMスロットが標準で搭載される可能性が検討されている。元々SIMは、通信キャリア側が端末の利用者を管理するためにSIMごとの個別IDとサービスID(電話であれば電話番号)、および暗号キーをセットとして持ち、キャリア側の管理で紛失耐性を持った端末管理を可能にしている。このSIMと無線/有線のブロードバンドの組み合わせをPC管理に応用することにより、格段に便利で安全なPC管理が実現される可能性がある。
  • SIMにIDとセキュリティ情報を集約化させることにより、ユーザーに意識させずにPC内部データの暗号化し、置き忘れPCをリモートからアクセス不能にするなどを手始めに、PC買い換え時にはSIMを差し込むだけでプロバイダに預けられているバックアップのスナップショットから設定、データ、アプリケーションを含む以前の環境をオートで再現できるようになる。機種入れ替えが圧倒的に簡略化される可能性があるのだ。
  • また、Webでの決済や利用アプリの権利をSIMに集約化しプロバイダ側で一括管理するといった、PC管理の携帯電話化が進展するかもしれない。

ReadyBoostやSSD(Solid State Drive)に代表されるマスストレージのシリコン化とそれに伴うランダムアクセスの高速化

  • 東芝によれば2011年をめどにSSDのビット単価がハードディスクを下回るという。ランダムアクセスの高速化は、音声認識などデータアクセスヘビーなアプリを高度化するかもしれない。

2015年頃をめどにした、スピン注入型MRAMによる主記憶の不揮発化

  • 不揮発型で高速アクセスを実現しているMRAMは、現段階では書き込み電流が回路面積の縮小により増大するという欠点のため高集積化に難点がある。それを解決するスピン注入型MRAMが2015年程度をめどに商用化されるといわれている。
  • 初期には組み込み型端末の省電力化に使われると思われるが、PCに使われればスタンバイが圧倒的に高速化する。電源オン/オフの区別が曖昧となる結果、最終的にはインストールという概念は残るが、アプリの起動という概念はなくなるかもしれない。

 実のところ向こう10年間で、PCは構成ハードウェアを含めて大きく変わっていく可能性がある。基本的に、モバイルデバイスとの境界はあやふやになり、消費電力や発熱による要求により区別されるだけになっていくだろう。何よりクライアントサイドOSは、SIM搭載PCによりSaaS化が進展する可能性がある。こうしてみるとVistaは、再びPCに大きな進展が起きる前の端境期のOSといえるのかもしれない。

(イグナイトジャパン ジェネラルパートナー 酒井裕司)

[著者略歴]

学生時代からプロエンジニアとしてCG/CADのソフトウェア制作に関わり、その後ロータスデベロップメントにて、1-2-3/Windows、1 -2-3/Mac、Approach、Improveの日本語版開発マネージメント、後に本社にてロータスノーツの国際化開発マネージメントを担当後、畑違いのベンチャーキャピタル業界に転職した異色のベンチャーキャピタリスト。2005、2006年度 IPA 未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャ



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