[Analysis]

iPhone-Google-マルチコア

2008/07/23

mobile.jpg

 iPhone 3Gを買った。世界が変わるというような過剰評価はともかく、最近まで使っていた携帯ネットデバイス「EM・ONE」と比べても格段に使いやすい。しかし同時に分散した複雑な設定や文字化けする電子メール、そして落ちるアプリケーションを見ていると「パソコンの世界の混乱が携帯にも持ち込まれたなあ」というのが正直な感想だ。アップルは、この混乱を収束させ、携帯電話もPC化させていくのであろうか?

モバイルの課題は電池

 PCを使ってきたのユーザーがiPhoneのようなデバイスに期待することの1つが、「PCで行っているネットアクセスを外出先でも可能にすること」である。しかしこれがままならない。ひところは携帯の「PCサイトビューアー」に期待してみたが、見にくいし遅すぎる。Mbpsクラスの速度が出るEM・ONEでも遅い。しかし、同じ回線をPC経由で使うと、そこそこ満足できる。なぜか? パソコンのCPUが圧倒的に速いためである。ネットアクセスの体感速度は、回線速度以上に処理速度に依存する度合いが高いのだ。

 計算処理速度の1つの目安として単純にCPUの「TDP(熱設計電力)」で比較してみる。モバイル向けCPUは、使わない機能領域の電源オフや低クロック化による低消費電力対策が施されているが、基本的に計算能力が高ければ発熱量も多いのだ。するとデスクトップ向けのCPUでは、100W近くと明るい白熱電球なみに電力を消費するのに対して、モバイル、例えばインテルのAtomプロセッサでは0.65〜2.4W程度である。40倍以上の開きがある。これがピークパフォーマンスの差となる。ノートPC向けのCore 2 Duoでも35Wだから、こちらも10倍以上の開きがあることになる。理由はもちろん、モバイル系機器では消費可能なエネルギー、つまり電池の容量に制約があるからだ。

 例えばリチウムイオン電池の体積あたりエネルギー密度は、10年で2倍というゆっくりとしたペース(PDF)でしか進歩していない。一方、半導体の進展は、18〜24カヶ月で面積当たりのトランジスタ数が2倍になるというムーアの法則に支えられている。プロセスの進化はエネルギー効率の改善ももたらすが最近はそこにも限界が見え始めている。つまり、今後もPCとモバイル機器のパフォーマンス格差は簡単には縮まらないということである。そして、桁違いのパフォーマンス格差が存在する以上、モバイル機器にPCの幻影を見るユーザーは落胆し、そうしたコンセプトの機器は失敗する。モバイル機器には割り切りが必須なのだ。

マルチコアとサーバーセントリック

 一方、発熱の増大はPC自体にとっても課題でもある。このため最近のCPUは、クロックの向上よりは、処理の上位レベルでの並列化に焦点が置かれている。マルチコア化とGPU化のトレンドである。ところがマルチコア化は、同一の処理を多数のユーザーに提供するサーバにはリニアな処理能力の向上をもたらすのだが、クライアントPCに対する実際の効果は限定的だ。

 つまり、グーグルが提供するようなサーバーサイドサービスは、サーバの処理能力向上によって今後も継続的にホスティングコストを低減させていける。一方、クライアントサイドに関しては、グラフィックスのような特定のアプリケーションを除いて、コアの増大がパフォーマンスの向上に寄与するのはクアッドコアぐらいまでといわれている。

 PCユーザーが高価なマルチコアCPUを購入する動機は少なくなっていくだろう。CPU能力の適切な配置を考えても、Web化とサーバーセントリックアーキテクチャが必然で合理性のある選択なのだ。

 しかし、現実的にはビジネスモデルという大きな問題が存在する。

iPhoneが目指すべき方向性は

 Web化とサーバーセントリックアーキテクチャを利用したSaaSなどの新しいソフトウェアサービスモデルは、ビジネス向けには定着しつつあるものの、コンシューマにとっては未だになじみが薄い。これが現状のビジネスモデルの問題だ。コンシューマに定着しているサービスは、主にグーグルのような無料の広告モデルか、徴集代行という形でサービス料金を徴収してきた携帯電話の課金モデルなのである。ユーザーが無料で利用できる広告モデルはすばらしいのだが、広告市場にも限界がある。

 iPhoneに関しては携帯市場に対するPCモデルの導入というキーワードが盛んに喧伝されている。しかし、システムアーキテクチャの動向やビジネスモデルを考えると、本来iPhoneで達成されるべきなのは、コスト的、機能的に制約された安価なクライアントと、サーバーサイドアプリケーションの組み合わせによるトータルメリットの提供だ。究極的にはPCモデルの携帯化/サービス化が目指されるべき方向性なのではないだろうか。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長



情報をお寄せください:

アイティメディアの提供サービス

キャリアアップ


- PR -
ソリューションFLASH

「ITmedia マーケティング」新着記事

Xが新規アカウントに課金するとユーザーはどれほど影響を受ける? そしてそれは本当にbot対策になるのか?
Xが新規利用者を対象に、課金制を導入する方針を表明した。botの排除が目的だというが、...

Googleの次世代AIモデル「Gemini 1.5」を統合 コカ・コーラやロレアルにも信頼される「WPP Open」とは?
世界最大級の広告会社であるWPPはGoogle Cloudと協業を開始した。キャンペーンの最適化、...

Cookie廃止で広告主とデータプロバイダ、媒体社にこれから起きることとその対策
連載の最後に、サードパーティーCookie廃止が広告主と媒体社それぞれに与える影響と今後...