[Analysis]

技術者視点で見る「クラウド」

2008/10/20

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 2006年の後半から頻繁に聞かれるようになった「クラウド・コンピューティング」だが、マイクロソフトが“Windows Cloud”の構想を明らかにするに至り、ついに役者がそろったようだ。だが、そもそも「クラウド」とは何か?

「インターネット上にグローバルに拡散したコンピューティングリソースを使って、ユーザーに情報サービスやアプリケーションサービスを提供するという、コンピュータ構成・利用に関するコンセプト」(情報マネジメント用語事典から)

 とのことだが、それがWeb(蜘蛛の巣のようにネットに分散するコンピュータ・サービスの結合コンセプト)や「グリッド・コンピューティング」と、どう違うのかは判然としない。「サーバを意識しない」や、「よりサービス指向」などのニュアンスは持つものの、単に手垢が付いていないマーケティングメッセージの新鮮さに各社が相乗りしているというのが実態だろう。

 経営層に対するメッセージとしても「クラウド」という言葉の持つモヤモヤとしたイメージは想像しやすく、かつ広大で、そこにつなげば何でも解決してくれるというメッセージを醸し出しやすい。

 一方、昔から分散コンピューティングに取り組んできた技術者の観点からみると、「クラウド・コンピューティング」という言葉は慣れ親しんだ概念であり、明確な特徴がある。それはサービス規模における単一マシンの制約を超えた拡張性とオンデマンド性である。

技術トレンドとしてのクラウド

 多数のコンピュータがあるとしても、それぞれに特定の仕事しか割り振れないのであれば、たった1台のピークパフォーマンスが全体のパフォーマンスを制約してしまう。だが、ピーク時に、必要に応じて空いているコンピュータに仕事を割り振ることができれば、全体のパフォーマンスを上げることができ、遊んでいるコンピュータも少なくできる。これが分散コンピューティングの基本的な考え方である。

 仕事の割り振りを可能にするには、各コンピュータが同じようにジョブを受け取る仕組みを持ち、そうした多くのコンピュータ全体を1つのシステムとして扱う仕組みがなければならない。これを実現するのが分散コンピューティングにおけるクラウドの概念である。

 こうした構想はかなり昔からあったものの、通信帯域、レイテンシ、障害時例外処理の煩雑さなどのため、実用化は遅々として進まなかった。しかし、1990年代後半に入り、過度に集中化したデータ処理が皮肉にも分散データ処理のニーズを生み出した。アマゾンやグーグルの出現である。

グーグルのクラウド

 グーグルにとって、分散ファイルシステムは当初から必須であった。ネット上に存在する膨大なデータに対する検索処理を実現するわけであるから、検索対象は最初から単一のストレージに収まるわけがない。また、値下がりが期待できる安価なPCアーキテクチャのサーバで巨大なデータセンターを構成することにより、運用コストを下げ、半導体の進化速度に合わせてデータセンター全体のパフォーマンスを上げることができる。

 反面、このようなデータセンターでは機器の故障を前提とするため、個々のサーバではなく、冗長化されたシステム全体として安定性を保証する必要がある。こうした目的のために、グーグルは分散ファイルシステムのGFSBigTableChubby、そしてアプリケーションの開発補助のためにMapReduceSawzallなどの開発環境を整備してきたのである。

 つまりグーグルにとって自社データセンター自体がクラウドなのであり、App Engineの開放は、むしろ外部にクラウドを拡張する役割を持つのである。

マイクロソフトのクラウド

 これに対してマイクロソフトは、多数のOSを支配下に置いているが、それはライセンス提供という形であり、有機的に連結させる仕組みを提供できてはいない。Windows Cloudも正式発表前で、実装の実態は必ずしも明確ではない。

 同社は「Red Dog」と呼ばれるクラウドサービスを開発中と言われているが、その実態は明らかではない。唯一、チーフ・ ソフトウェア・アーキテクトのレイ・オジー(Ray Ozzie)氏が2006年のアナリストミーティングにて、同社Liveサービスの4階層の分類と担当を述べるにとどまっている。

 おそらく、マイクロソフトとしては、同社のLiveサービス上にグーグルのApp Engineに相当するインフラサービスを構築した上で、Windows Cloudと呼ばれる次期サーバ製品とインフラサービスとの連携を容易にする仕組みを導入してくるのであろう。その際、サービスのセグメンテーションを容易にする仕組みとして、Voltaのような技術を導入してくるのではないだろうか。

雲は下からも湧くのか

 私自身、ロータス時代にオジー氏の下で働いていた時期がある。元々、ノーツもGrooveも、当時のネットワーク環境を前提とした分散型システムの先駆事例である。そうした意味では、グーグル型のインフラ指向クラウドとは別に、マイクロソフトにはもっと草の根の、より小さな単位で負荷分散を図れるようなミニクラウドとでもいうべきアーキテクチャを発表してほしい。

 ほしいとは思うのだが、同氏はアーキテクチャにこだわる人でもある。すでに多くのミッションクリティカルなアプリが走るWindowsをさらにクラウド的に拡張するとなると、懸念されるのはWinFSに見られたような、収束しない開発であろう。

 サーチという整合性が重大な問題にならない領域からクラウドを始めたグーグルは幸いであったと言えるだろう。勝敗を決するのは意外に、オジー氏がそのアーキテクチャ的美学を捨て去れるかどうかかもしれない。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長



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