今年始まる「無料ビジネスバブル」の崩壊[Analysis]

» 2009年01月26日 00時00分 公開
[@IT]

 組み込み向けデザインツールを開発する欧州IT企業の担当者と情報交換をする中で、今年は「無料ビジネスバブルの破綻」が起きるのではないかという話になった。

 無料ビジネスの代表といえば携帯電話販売である。ヨーロッパでも本体価格を無料にして販売するケースが多く見られるらしい。もちろん、端末が無料で作れるはずもなく、携帯キャリアが端末代金を負担し、毎月の利用料から回収しているわけである。

 その際、当初は携帯キャリアが銀行から借り入れ調達した資金で、端末を仕入れて提供していたが、財務負担を圧縮するため、端末を仕入れてもすぐには支払いは行わず、端末が売れたら支払うという商慣行が生まれた。負担は端末メーカーにも転嫁されることとなったのだ。

 そして、この連鎖は携帯キャリアとメーカーにとどまらず、今度は寡占的端末メーカーの圧力により、搭載チップの代金すら端末が売れたら払うという状況となり、後払いの連鎖が広がっているらしい。

 こうした連鎖においても、結局は金融機関から調達した資金を先行投入することにより生産を行っているわけである。端末メーカーや部品メーカーはそれぞれの製品を「在庫」として計上し、バランスシート上では対応する負債を抱え込んでいるということになるわけだ。

負担感なく在庫増加

 世界的大企業である携帯メーカー、チップメーカーにとってみれば、販売が安定的に行われている限り金融的負担の増加が経営に与える影響は軽微なものでしかない。しかし、昨今のように急激に販売量が減少する局面では、この構造は極めて危うい。なぜなら負債を抱えながら販売のめどが不明確な在庫を抱え込むこととなり、特に技術的陳腐化の激しい半導体分野では致命的な経営リスクになりかねない。

 何よりも問題なのは、端末メーカーや部品メーカーは、すでに端末や部品を携帯キャリアに売ってしまっているので、端末を売るための新たな努力ができないということだ。販売店がユーザーに端末を渡したときにメーカーは初めて在庫が現金化できる、にもかかわらずである。

 逆に、携帯キャリア側は、端末を客に渡すのを遅らせればメーカーへの支払いも遅らせることができてしまう。在庫を抱えることの負担がそれほどないのである。このため在庫は通常でも過剰になりやすく、金融の引き締めと在庫に対する評価の厳格化が破綻連鎖の引き金を引きかねない。

 サブプライム問題で、問題のある金融商品が各国の金融機関にばらまかれたように、無料ビジネスの金融負担は不良在庫としてハイテク企業にばらまかれている。今年こそは、その連鎖が顕在化するのではないかというわけだ。

痛まないことの危険性

 もちろん急速に低価格化するサーバコストを背景に、いままでのコスト構造では成立し得なかったような広く薄い収益機会を活用することで成立する無料ビジネスモデルもあるにはある。しかし、およそすべての無料ビジネスにおいて、実際に費用がかからないことなどはあり得ない。

 しかし、ここに金融の仕組みが関わると期間限定とはいえ実際に痛みを感じなくなるということが発生する。貸出金、社債、株式、流動化債権の形で負担を先送りし、過剰在庫と過剰支出を覆い隠してしまう。

 痛みを感じないことは快適だが、まったく痛みを感じない人の日常生活は危険にあふれている。迅速な危機回避を妨げるからである。危機を増幅する商慣行の是正と、在庫正常化の観点からみれば、無料ビジネスバブルの縮小は歓迎されるべきだ。同時にそのバブル縮小がハイテク産業自体の低迷につながらないことを祈るばかりである。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長

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