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[Analysis]

アップルが再び負ける日

2010/01/29

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 私のアップルに関する意見には、偏見が含まれている。

 私が主にソフトウェア開発に従事していた1990年代半ばという時代において、Appleのプラットフォーム向けの製品開発は、苦労の割に報われないプロジェクトだった。販売本数が少なく、日本のアップルはちゃらちゃらしたマーケッター的兄ちゃんで構成されているので、技術サポートはアメリカ丸投げで貧弱。その反面、濃いユーザーからの要望は高く、品質チェックでの手は抜けなかったからである。

 あの頃のアップルときたら、落日の象徴だった。その落日の最大要因は「ソフトウェアとハードウェアの一体販売」である。

敗者としてのアップル

 落日の日々のMacは、「インターフェイスは優れているが、価格帯性能比には劣るパソコン」という位置付けだった。OSの提供がオープン化されていなかったため、Windowsパソコンで起こるメーカー間の競争が働かず、また、当時の主要なパソコン購入者である企業ユーザーにとってMacのユーザビリティの優位性はそれほど意味を持たなかった。コストの差は普及台数の差となり、周辺機器やソフトウェア対応の差となって、Windowsとの差はますます開いていったわけである。

 正直、当時の状況の延長から、その後アップルが再び有力な企業として復活すると考える者は少なかったはずである。しかし、その敗因となった「ソフトウェアとハードウェアの一体販売」が復活の要因になるとは、誰が想像しただろうか。

ルールの変化

 アップルの復活は、インテルCPUの採用や、仮想化が可能にしたWindowsとの共存という要因以外に、実はEMS(Electronics Manufacturing Service)の台頭が密接に関連している。

 80年代から90年代初めにかけてアップルを苦しめたパソコンメーカーは、90年代後半以降、淘汰の時代に入る。巨大EMSの出現は日本のメーカーも含め、設計/マーケティングと生産の分離を招いた。

 もともとキーコンポーネントの寄せ集めであるパソコンにおいて、設計面における付加価値は低く、その結果として引き起こった価格競争は長らくアップルを苦しめてきた。だが、パソコンを安く作る仕組みとして発展したEMSは、マーケティング能力のあるアップルにとっては、OSを開放せずともハードウェア部分のコストを下げる手段に変化したわけである。

 そしてもう1つの要因が、iTunesのサービスに特化した専用ハードウェア、iPodの登場である。

“エコカーモデル”

 実は、iPod、特にiPhoneのビジネスモデルは、エコカーによく似ている。ガソリン価格の上昇を受けて、燃費効率のよいハイブリッドカーの購入を検討するユーザーは増えた。だが実は、ハイブリッドカー本体の値段は、ハイブリッドカーによって節約できる燃料代を上回っていることが多い。

 iPod投入当時、音楽のオンライン配信は、「無料の違法コンテンツ」と「高価で品揃えが少ない公式配信コンテンツ」に二分されていた。そこにiTunesは利ざやを大幅に圧縮し、競合力のある配信サービスを提供することで、利用者とコンテンツの品揃えの両方を爆発的に拡大していったのである。そしてそれが可能だったのは、EMSによって安くハードウェアを作る体制を確立し、ハードウェア販売で大きな利ざやを稼げる仕組みが用意されていたからである。

 結果、サービスとひも付けられないMP3プレイヤーは伸び悩んだ。音楽レーベルを傘下に持つSONYなどは、既存流通に対する配慮から、配信コンテンツの価格や品揃えにおいて戦略的な新機軸を打ち出すことはできず、せいぜい日本市場でiTunesに嫌がらせをすることぐらいしかできないでいたのである。

Amazonのミラー戦略「Kindle」

 こう考えると、ハードウェアなど持ったこともないAmazonがKindleを開発した理由がよく分かる。Amazonは、iPodのモデルを真似したのである。

 製造経験のない会社であっても、現在はEMSを利用して安価に製品を作ることができる。その上、10ドルの本を読むために、ユーザーは200ドル以上もするKindleを買ってくれる。もともと配送料を追加コストとして持つAmazonにとっては、自社の書籍販売ビジネスとの食い合いをさほど気にする必要もない。

 使ってみれば分かるが、Kindleは、読書するユーザーのことをよく考えたデバイスである。特にパソコンを使って本を読むことから生じる“落ち着きのなさ”の解消に特化している。

 古さすら感じさせるインターフェースは、「ページをめくったらじっくり読む、まためくる」の繰り返しであり、落ち着きのない“動的”ブラウザインターフェイスとは別の方向性を強く感じさせる。またE-Inkは読みやすく、省電力モードで消えてしまう画面を気にすることもない。バッテリーも長時間保ち、軽いため腕も疲れない。コンテンツの購入は3G回線で行われ、パソコンもいらない。

 おそらくKindleは、テキスト系電子デバイスでは稀有な「長時間利用し、その間あまり操作しない」ことを前提に設計されているデバイスに分類されると思われる。

iPadでアップルは再び勝てるのか?

 それでは、iPhone OSをベースにしたiPadはどうだろう。電子ブックをターゲットにはしているものの、タッチパネルの利用も含めてPCに近く、動的アプリも動作し、多機能で「長時間操作する」ことを前提にした設計ではないかと考えられる。これはなかなか難しい分野だ。

 よく知られているように、「操作する」デバイスより「操作しない」デバイスの方が潜在的なユーザー層は広い。iPhoneの普及も、iPodの機能を兼ねていることの寄与が大きいと思われる(私見だが、ゆえにAndroidは“味付け”を行わなければ潜在ユーザー層は狭いと思う)。

 人は怠惰なのだ。iTunesでとった戦略のように、本体の収益をベースに、原価に近い電子書籍を提供することも可能だが、今回はKindleがミラー戦略をとってくる可能性がある。Kindleは目的が限定されているだけに、価格は安くできるはずなのである。

 おそらく、iPadの600ドルという価格レンジはいい線を突いているが、Kindleとの競合においては高い。当初の普及は、ゲームやビデオの複合ユーザー層に訴求できるかにかかっているだろう。

 では、アップルは再び負けてしまうのであろうか?

 いや、アップルは、iPhone同様に段階的普及戦略を考えていることだろう。新しい製品の初期コストは、カネをどぶに捨てるハイエンド(人柱)ユーザーで回収し、類似設計でソフトの改良をしつつ、ムーアの法則が価格を下げるのを待つ。何より、その間ハイエンド(人柱)ユーザーは、Kindleのユーザーに「きみの端末はモノクロだねぇ」といって溜飲を下げることができるではないか。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴] 「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長

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