BSD(Berkeley Software Distribution)

ビーエスディー

 AT&TのUNIX Time-Sharing System Sixth Edition(V6)およびUNIX/32V Time-Sharing System Version 1.0(32V)を元に、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)にあったComputer Systems Research Group(CSRG)から配布されたUNIXソフトウェアであるBerkeley Software DistributionがBSDの本来の意味である。

 CSRG解散後に開発を引き継いだBerkeley Software Design, Inc.(BSDI)やFreeBSDNetBSD、OpenBSDなどのオープンソースプロジェクトが配布するOSソフトウェアも一括してBSDと呼ぶことがある。また、この後期のオープンなBSDが設定しているほとんど制約のないライセンスを形容する言葉でもある。かわいいDaemonがシンボルキャラクタ。

 UNIXの開発者であるKen Thompson博士が1年間の研究休暇をUCBで過ごす(1975-1976年)ことになり、これが刺激になって、後にSun Microsystemsの創立に参加するWilliam(Bill) Joyらの大学院生によりUCBでUNIXが盛んに研究されるようになった。

 Joyたちによって配布されたリリース3BSD(1978年)が米国国防総省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)の目に止まり、ARPAnetの開発プラットフォームに採用された後、4BSD(1980年)、4.1BSD(1981年)、4.1cBSD(1982年)を経て、TCP/IPの実装を含む4.2BSD(1983年)がリリースされる。その改良版である4.3BSD(1986年)は多くのコンピュータベンダーのOSに取り入れられた。

 この間、TCP/IP以外にもBSDを揺りかごにしてフルスクリーンエディタのviや仮想メモリシステム、高速ファイルシステム(FFS)、sendmail、インターネットネームサーバなどの実用的なシステムが数多く開発された。

 当時、4.xBSDを利用するにはAT&Tの32Vのライセンスも必要であった。そこでCSRGは、BSDのネットワーク部分を中心にしたサブセットで、4.3BSD-Tahoe(1988年)相当の機能を持ち、制約が少なくanonymous FTPから再配布可能なBSD Networking Release 1(1988年)をリリース。そして4.3BSD-Reno(1990年)を経てMachシステムから派生した新しい仮想メモリシステムやBill JolitzによるIntel 386/486への移植であるBSD/386を含むBSD Networking Release 2(1991年)もリリースした。

 ところが、BSD/386を含むOSを販売したBSDIがUnix Systems Laboratories(USL)からライセンス侵害で訴訟を受ける(1994年和解)。こうして、4.4BSD-Lite(1993年)、4.4BSD-Lite Rel.2(1995年)のリリースをもってCSRGは役割を終え、開発は現在FreeBSDNetBSD、OpenBSD、BSD/OSなどに引き継がれている。シンボルキャラクタの著作権者であるKirk McKusickも、CSRG時代からFFSを中心にいまも盛んに活躍している。

参考文献
Peter H. Saus:『A Quarter Century of UNIX』 Addison-Wesley(邦訳:QUIPU LLC:『UNIXの1/4世紀』 アスキー出版局)
砂原 秀樹、石井 秀治、植原 啓介、林 周志:『プロフェショナルBSD(改訂版)』 アスキー出版局

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