ナッシュ均衡(なっしゅきんこう)情報システム用語事典

Nash equilibrium

» 2009年01月06日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 ゲーム理論の最も基本となる均衡概念で、ゲームに参加するすべてのプレーヤーが相互に他者の戦略を考慮に入れつつ、自己の利益を最大化するような戦略を実行したときに成立する均衡状態のこと。

 多数のプレーヤーが参加する非協力ゲームでは、あるプレーヤーがどのように戦略を変えても、自分以外のプレーヤーが戦略を変えない限り、それ以上には結果がよくならない混合戦略の組み合わせ(均衡点)が少なくとも1つ存在する。この均衡点では各プレーヤーが相互に最適戦略を取り合っている状況となり、すべてのプレーヤーが自分だけ戦略を変えても得にならないため、戦略の変更がない安定状態となる。このような均衡状態を「ナッシュ均衡」と呼ぶ。

 ナッシュ均衡はすべてのゲームに1つ以上あるが、1つしかないとは限らず、複数のナッシュ均衡を持つゲームは珍しくない。一般に複雑なゲームは、多くのナッシュ均衡を持ち、そのうちどの均衡点に達するかを予測することはできない。したがって、各プレーヤーが具体的にどの混合戦略を採用するのかを知ることはできない。どのナッシュ均衡を選ぶかについての考察を「均衡選択」という。

 また、ナッシュ均衡はその状況における最適ではあっても、各プレーヤーにとって必ずしも最善な戦略――すなわち最大利得を保証するものではない。「囚人のジレンマ」は、その例である。

 この均衡定理を証明したのが、米国の数学者 ジョン・F・ナッシュ(John Forbes Nash Jr.)である。ナッシュはまだ、プリンストン大学の大学院生だった1950年に、小論「Equilibrium Points in N-Person Games」(n人ゲームにおける均衡点)を『米国科学アカデミー紀要』に掲載し、続けて学位論文「Non-Cooperative Games」(非協力ゲーム)を書き上げた。これらは、非協力ゲームにおける均衡解に関する定義と証明を含むものだった(ナッシュは、この業績によって1994年にノーベル経済学賞を受賞している)。

 ナッシュ本人は、非協力ゲームの均衡を「自身のためのに行動しているいかなる参加者も戦略を変更して自身にとってよりよい結果を得ることができないような戦略の形態」と定義している。

 ナッシュ均衡は、19世紀に活躍したフランスの数学者・経済学者のアントワーヌ・A・クールノー(Antoine Augustin Cournot)が論じた、複占市場における均衡状態(クールノー均衡)をn人に拡張したものといえる(クルーノー均衡は、クールノ=ナッシュ均衡とも呼ばれる)。また、ゲーム理論的にはゼロサム2人ゲームの均衡定理であるミニマックス定理の一般化である。この均衡定理により、経済学は個人を捨象した“市場”に変えて、経済主体がどのように相互依存し合うかを数理的に記述するツールを手に入れたと評価されている。

参考文献

▼『囚人のジレンマ――フォン・ノイマンとゲームの理論』 ウィリアム・パウンドストーン=著/松浦俊輔=訳/青土社/1995年3月(『Prisoner's Dilemma』の邦訳)

▼『入門 ゲーム理論――戦略的思考の科学』 佐々木宏夫=著/日本評論社/2003年3月

▼『確率の科学史――「パスカルの賭け」から気象予報まで』 マイケル・カプラン、エレン・カプラン=著/対馬妙=訳/朝日新聞社/2007年3月(『Chances Are ...: Adventures in Probability』の邦訳)

▼『ナッシュは何を見たか――純粋数学とゲーム理論』 ハロルド・W・クーン、シルビア・ナサー=編/落合卓四郎、松島斉=訳/シュプリンガー・フェアクラーク東京/2005年10月(『The Essential John Nash』の邦訳)

▼『もっとも美しい数学――ゲーム理論』 トム・ジーグフリード=著/冨永星=訳/文藝春秋/2008年2月(『A Beautiful Math: John Nash, Game Theory, and the Modern Quest for a Code of Nature』の邦訳)


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