スモールワールド(すもーるわーるど)情報システム用語事典

small world / 小さな世界 / 狭い世界

» 2005年07月28日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 ネットワークにおいて、あるノード(ネットワークの要素)からほかの任意のノードにたどり着くのに、少数の中継ノードを経由するだけでよいという性質を示す言葉。知り合いの知り合いが意外にも旧知の人であったときに使う「It's a small world !」(世間は狭い!)という英語表現に由来する。

 ネットワークに関する研究は数学分野では18世紀のレオンハルト・オイラー(Leonhard Euler)以来、グラフ理論として古くからあった。1950年代ごろ、数学者のポール・エルデシュ(Paul Erdos)とアルフレッド・レーニイ(Alfred Renyi)はそれを発展させ、ネットワークの形成についてエルデシュ・レーニイモデル(ERモデル)を考案している。同じころ、社会科学の分野でも政治学者のイシエル・デ・ソラ・プール(Ithiel de Sola Pool)らが人的ネットワークの政治的影響力について、行動科学者のアナトール・ラパポート(Anatol Rapoport)らが社会ネットワーク内における病気の拡散についての研究を行い数理モデル化を試みている。

 こうした先行研究を受けて、実証的に社会ネットワークの“小ささ”を明らかにしようとしたのが社会心理学者スタンリー・ミルグラム(Stanley Milgram)である。ミルグラムはカンザス州およびネブラスカ州の住人の中から無作為に抽出した300人に手紙を渡し、直接面識のないマサチューセッツ州ボストンの受取人まで届けるよう依頼した。このとき、受取人の正確な住所は与えられず、郵便ではなく知人(ファーストネームで呼ぶような親しい人)経由で転送するように指示し、何人の仲介者が必要かを調べた。その結果は、1967年にPsychology Today誌に『The small world problem』という論文によって発表され、この問題は「スモールワールド問題」と呼ばれるようになった。

 スモールワールドは長く数学および社会学の研究対象だったが、1998年にブレークスルーが訪れ、にわかにネットワーク一般の諸問題を解くキーとして注目されるようになった。

 コーネル大学の学生だったダンカン・ワッツ(Duncan J. Watts)は博士課程で取り組んでいたコオロギの交尾期の鳴き声研究から連鎖的同調現象を見いだし、これが映画俳優の共演者ネットワーク、送電線網、線虫の神経網などに共通するある特徴量を持つグラフ(ネットワーク)として定式化できることを発見した。

 研究成果は指導教官だったスティーブン・ストロガッツ(Steven H. Strogatz)と連名の論文「Collective Dynamics of small-world Networks」として、1998年にNature誌に掲載された。これをきっかけに社会学はもちろん、経済学、コンピュータサイエンス、疫学などの多数の分野にまたがった学際的な“ネットワークの科学”が始まることになった。

 ワッツが示したスモールワールドは、次のような特徴を持っている。

  1. 全ノード数に対してエッジ(リンク)数が少ない(すべてのノード同士が直接結び付いていない分散グラフになっている)
  2. 任意の2ノード間の距離が小さい(同じノード数のランダムグラフと同程度)
  3. ノードが塊(クラスター)になっている度合いが大きい

 1は、一定のサイズ以上のネットワークでは一般に見られるもので(1万人の社員がいる会社の社員は、すべての同僚と直接知り合いではない)、この前提条件ではランダムネットワークの特徴である2と、レギュラーネットワークの特徴である3は相反するものだと考えられていた。それが両立しているのがスモールワールドである。

ALT β-Graphスモールワールド・モデル(「Small Worlds: The Dynamics of Networks Between Order and Randomness」ワッツ 1999)

 典型的なスモールワールド・ネットワークは、上図のように近接するノードをつなぐリンクと、少数のショートカットリンクが混在したものである。このショートカットは、社会学でいう「ブリッジ」「弱い紐帯」が相当する。

 ネットワークの科学の進展により、スモールワールド・ネットワークは“社会”をはじめ、自然界や人工物など世の中のあらゆるネットワークに、広く見られる性質であることが分かってきている。

参考文献

▼『新ネットワーク思考――世界のしくみを読み解く』 アルバート・ラズロ・バラバシ=著/青木薫=訳/日本放送出版協会/2002年12月(『Linked: The New Science Of Networks Science Of Networks』の邦訳)

▼『スモールワールド・ネットワーク――世界を知るための新科学的思考法』 ダンカン・J・ワッツ=著/辻竜平、友知政樹=訳/阪急コミュニケーションズ/2004年10月(『Six Degrees: The Science of a Connected Age』の邦訳)

▼『リーディングス ネットワーク論――家族・コミュニティ・社会関係資本』 野沢慎司=編・監訳/勁草書房/2006年8月(「小さな世界問題」 スタンレー・ミルグラム=著/野沢慎司・大岡栄美=訳を収録)


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