第24回 携帯電話の動画メールに群がるMPEG-4チップ達頭脳放談

携帯電話にデジカメ機能は当たり前。次は動画機能となりそう。その機能を支えるのがMPEG-4チップで、各社ともこの市場を狙っているが……

» 2002年05月23日 05時00分 公開
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 このところ、モバイル環境で動画の再生を狙ったとみられるチップの発表が目白押しだ。もちろん、デジタル・テレビ放送の一部がMPEG-4になるというのも当然視野には入っているのだろうが、多くの半導体ベンダの目論見が携帯電話にあるのは明らかである。いまや多くの携帯電話にカメラが搭載され、静止画を扱えるようになっているし、ジェイフォン(J-Phone)のように一部では動画メールも始まっている。これらが携帯電話の買い替え需要を生み、出荷台数を伸ばしているともいわれている。つまり、仕掛け次第ですぐにでも爆発的に出荷数量が増えるということで、みんなが狙っている市場なのだ。何せ半導体ベンダは、鰯に群がる上り鰹のごとく、数には目がない習性がある。というわけで、今回はMPEG-4チップの動向について語ってみよう。

MPEG-4チップへのアプローチいろいろ

 モバイルで動画というと「老舗」は東芝だろう。MPEG-4専用LSIの開発で常に先行してきた。ただ先駈けて開発したのは立派だったのだが、モバイルで動画という気運が熟する前に先行しすぎたきらいがある。立ち上げにはイマイチ苦労していたようだ。ビジネス的にも試行錯誤を繰り返してきたが、いまがチャンスと考えているようだ。SoC(System On a Chip:1つのチップにシステムの機能を集積したもの)向けのメディア・プロセッサ「MeP(Media embedded Processor)」を発表するなど、微妙に方向性を修正しながらも、さらにこの分野に力を入れている(東芝の「MePに関するニュースリリース」)。

 もちろん立ち上がり始めた市場を見て、他社が放っておくわけがない。日本電気は5月8日にMPEG-4エンコーダ/デコーダ・チップ「μPD77214」を発表した(日本電気の「μPD77214に関するニュースリリース」)。このμPD77214は、MPEG-4対応をうたっているものの、実態は完全にDSPだ。MPEG-4のエンコードデコードが行えるDSPの周りにモバイル向けの周辺機能を取り付けて1チップ化したものである。これなら音声系と画像系の多種多様の組み合わせにも対応できる。

日本電気のMPEG-4チップ「μPD77214」 日本電気のMPEG-4チップ「μPD77214」
MPEG-4のエンコーダ/デコーダ・チップ。MPEG-4対応をうたっているものの、実態は汎用DSPのμPD77213をベースに周辺機能を内蔵したもの。

 モバイル動画では、いくつかのコーデック方式が提唱されており、PCの世界と同様、複数のコーデック方式が共存する状態になる可能性が高い。その中でもMPEG-4が本命視されているが、MPEG-4方式そのものが進化し続けることにもなりそうだ。となると、専用LSIではなかなか対応しにくい事態も考えられる。もともと専用LSIも内部にはプロセッサを抱えているから実態はDSPなのだが、内部で閉じており、あとから拡張するようなことは考えられていない。ファームウェアによって機能を拡張する、つまりDSPとして柔軟に対応しようと考えるのは自然な成り行きなのだ。

 さらにいえばDSPだけでも不便がある。画像や音声のコーデックをやらせておくには都合が良いが、通信制御やユーザー・インターフェイスなど汎用プロセッサの出番が必ずあるからだ。このような発想からはプロセッサ+DSPという構成が生まれる。「第20回 日立がS-MAPでケータイを変える?」で取り上げた「S-MAP」改め日立製作所のSH-Mobileや、Texas Instruments(TI)のOMAPがこれにあたる。

 当然の流れとして、DSP的な処理が可能であればプロセッサだけでも可能ではないか、という発想もある(以下、これを「プロセッサだけ路線」とする)。その巨頭がIntelだ。IntelのXScaleはその高速性からDSP抜きでも、モバイルで使う程度のMPEG-4のエンコード/デコードが可能だろう。また本家ARMは、4月29日に発表した次世代のマイクロアーキテクチャ「ARM11」にMPEG-4を強く意識したSIMD的メディア命令を追加しており、プロセッサだけ路線を後押ししている(ARMの「ARM11に関するニュースリリース」)。ARM11は、Intelを始めとして多くの半導体ベンダがライセンスを取得しているので、「プロセッサだけ路線」では優位に立てるかもしれない。

プロセッサと専用LSIのハイブリッドは?

松下電器産業のMPEG-4ビデオ・カメラ「D-snap(SV-AV10)」 松下電器産業のMPEG-4ビデオ・カメラ「D-snap(SV-AV10)」
テスト・マーケティング的な意味合いも強いが、携帯電話以外にも、デジタル・ビデオ・カメラなどMPEG-4に対応した製品が登場し始めている。今後、モバイル環境における動画サポートは増えていくだろう。

 ただ、システム構成の簡単さとそれから想定できる低コスト、そしてソフトウェア処理の柔軟性、とアドバンテージがありそうな「プロセッサだけ路線」であるが、問題がないわけではない。何せ負荷の重い動画のコーデックなどをバンバン動かすということは、プロセッサ・パワーを食うということでもある。低消費電力とはいえ、ピーク時にはそれなりに電気を消費する強力なプロセッサである。モバイルに使えるのは、ひとえに使わないときには小まめに電気を切る(クロック周波数を下げる)という涙ぐましい努力の賜物なのだ。数秒から数十秒程度の動画メールならまだしも、何十分も配信される動画を見続けるとなると、プロセッサをフルで動かし続けなければならず、バッテリ駆動という側面からは不利になる。

 そこで登場するのが、フルで動かし続けてもそれほど電気を消費しない控えめのプロセッサにハードウェアのアシストを付けるという折衷案である。プロセッサ+DSPと似ているがハードウェアのアシストは、あくまでプロセッサにとっての小さなアクセラレータで、自立して動作するようなDSPとは違う。うがった見方をすれば、強力なプロセッサを投入できない弱小ベンダの対抗策なのであるが、うまくバランスを取って設計すればそこそこやれるというところだ。最近の発表の中ではMediaQ社のMQ-Katanaという製品がこの構成だ。

 MediaQというのは聞きなれない会社かもしれないが、液晶パネルのシェアが高い日本ベンダが圧倒的に強いモバイル向け液晶表示コントローラの分野で、そこそこやっている米国のファブレス・ベンダだ。同社の液晶表示コントローラは、NTTドコモの携帯電話やソニーのPalm OS採用PDAの「CLIE」などでも採用されている。MQ-Katanaでは、液晶表示コントローラから一歩踏み出してプロセッサ搭載に踏み切ったのだが、この背景には前述の「プロセッサだけ路線」への対策があるものと推測している。というのも、「プロセッサだけ路線」では、プロセッサの中に液晶表示コントローラまでも実装してしまう傾向にあり、この流れが本格化してしまうと、同社の製品がまったく売れなくなってしまう可能性があるからだ。

 MQ-Katanaの場合、ARM系の「ARM922T」というそこそこ速いが年式の古いプロセッサを据え、グラフィックス・エンジンとトランスレータ形式のJavaのアクセラレータ、そしてMPEG-4のポスト・プロセッサで補っている。MPEG-4デコードはほとんどプロセッサで行い、単純だが負荷としてはデコードに匹敵する負荷があるといわれる前処理だけをハードウェア化している。

 バランスは悪くない設計である。特に液晶表示まわりと一体化しているのは、なまじ表示と切り離されたMPEG-4専用LSIよりは画像を扱いやすい。しかし限界も散見される。ARMといえばJazelleというJavaソリューションがあるのだが、MQ-KatanaではわざわざほかのJavaトランスレータIPを使用している(ARMの「Jazelleの紹介ページ」)。これは製造権の関係でJavaを扱える最新のARMコアにアクセスできないためと推測される。かつてのC&T(Chips and Technologies:1998年にIntelに買収された)を例に挙げるまでもなく、周辺チップ・ベンダのプロセッサ分野への進出は、だいたい裏目に出ている。進出した瞬間、うまく付き合っていたプロセッサ・ベンダとの関係がギクシャクしてくるからだ。周辺チップの専業ベンダは手をつなぐ先のプロセッサ・ベンダなどと情報交換が密でないと成り立たない。かといって全部自分でプロセッサをまかなおうとしても、プロセッサは金食い虫で、それ自体に金がかかるうえに、ソフトウェアやらツールやらにも金がかかるので、プロセッサ・ベンダの向こうを張るのは並大抵ではない。MediaQもキャッチアップし続けるには相当お金がかかりそうだ。

まだまだ行く先が分からない携帯動画事情

 最近発表のあったものを中心に、モバイル動画をターゲットにした代表的な実装方式のいくつかを紹介したが、これ以外にもすでにニュースリリースが出ているもの、潜行して開発の続いているものが多数ある。そのうえ、Tensilicaのような再設計可能なIPベンダもMPEG-4に狙いを定めてきているから、SoCソリューションに組み込まれる可能性も大きい。現時点では、どの実装方式が勝利を収めるのかはおろか、大体、普及するコーデックの形式も不明である。半導体チップ側の技術的なトレードオフにとどまらず、サーバ側のテクノロジ、キャリアのポリシー、インフラの整備状況、政治的な動向まで影響し、最終的にはコンシューマ市場で勝敗決定するので誰も見通せないだろう。当面、注意深く見守るしかないだろうが、しばらくは見ていて面白いシーンが続くハズである。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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