連載
» 2003年09月26日 05時00分 公開

頭脳放談:第40回 ルネサス テクノロジのマイコンはどこに行く?

日立と三菱の半導体事業の一部が合併してできた「ルネサス テクノロジ」。そのルネサスの新製品から新会社の未来を予想してみよう。

[Massa POP Izumida,著]
「頭脳放談」のインデックス

連載目次

 夏前ごろから、何人かの方から同じカタログをもらった。「R8C/Tinyシリーズ」という「新マイコン」と名乗る製品のカタログである。最近、筆者の仕事も「マイコン」にかかわっているのだが、いまさら「新マイコン」といういい方が少々レトロな印象を受けた。Pentium 4のようなPC向けのマイクロプロセッサを「マイコン」と呼ばなくなって久しい。もともとは「マイクロコンピュータ」の日本式の略称で、黎明期にはいまのPCのような装置そのものを「パソコン」でなく「マイコン」と呼んでいたくらいだ。それがいつの間にか組み込み系の「マイクロコントローラ」限定で、それも日本限定の呼称にダウングレードされてしまっている。R8C/Tinyは、そんな「マイコン」の最大手であるルネサス テクノロジが、誕生後に初めてリリースした新マイコン系列である(ルネサス テクノロジの「R8C/Tinyシリーズに関するニュースリリース」)。もちろん、R8C/Tinyの「R」は、ルネサス(Renesas)の「R」に違いない。

 ルネサス テクノロジと聞いても憶えのない方に、この会社のアウトラインを解説しておこう。ルネサス テクノロジは、日立製作所と三菱電機のそれぞれの半導体事業部の一部が合わさってできた半導体会社である。ことさら一部と書いたのは、日立製作所はNECなどとも半導体で合弁会社があり、三菱電機は三菱ブランドのまま製造を続けている半導体部品があるからだ。一部同士が合併したとはいえ、それでも巨大な会社である。日立製作所も三菱電機も「マイコン」の大手であったので、それを合わせたルネサス テクノロジにはこれでもか、というくらいのマイコン製品ラインがそろうことになる。日立製作所のSHシリーズと三菱電機のM32シリーズをそれぞれの旗艦とする「フルラインアップ」が合体したのだから、冗談でなく2倍の製品ラインが生まれたことになる。PC向けのプロセッサを除き、ハイエンドからローエンドに至るほとんどすべてのアプリケーション分野に対して、それぞれ2つから3つ、分野によっては4つの製品ラインが存在している。この中から選んでくれ、といわれると対象になりそうな製品のデータシートに目を通すだけで目眩がしそうなほどの品ぞろえである。

ルネサス テクノロジの製品ラインアップ ルネサス テクノロジの製品ラインアップ
4bitから32bitまで複数のシリーズ/ファミリを用意している。各シリーズ/ファミリにも複数の製品がラインアップされるので、総製品数は非常に多い。

 そんな蟻の這い出る隙間のなさそうな製品ラインアップに、さらに「新マイコン」と銘打って、新たな製品ラインを追加しようというのだ。よほど何か戦略あってのこと、と考えるのは当然だ。その上、「R」と会社の名前を背負っているのだ。先々、主力製品にする意図がなければ、このネーミングはあるまい。このR8C/Tinyから、ルネサス テクノロジという会社をのぞいてみよう。

R8C/Tinyの正体は?

H8/300H Tinyのロゴ H8/300H Tinyのロゴ

R8C/Tinyのロゴ R8C/Tinyのロゴ
両ロゴとも、Tinyの右肩に小さく「H8/300H」「R8C」の文字がある。このロゴを見ると、両シリーズが密接に関係しているように感じる。

 「R8C/Tiny」のネーミングから、日立製作所時代のH8シリーズの小型組み込み向けマイコン「H8 Tiny(正確には「H8/300H Tiny」)」が思い浮かぶ。H8シリーズは、組み込み用途では非常にポピュラーなマイコンの1つである。意識するかしないかはともかく、H8シリーズの組み込まれた装置は、どこの家にもきっと1つか2つあるはずだ。ちなみにH8シリーズの「H」はいわずと知れた日立製作所(Hitachi)の「H」である。さらにH8 Tinyのシリーズ・ロゴは、Tinyと大きく書かれた右肩に小さく「H8/300H」とある。これに対し、R8C/TinyのロゴもTinyという文字の右肩に、「R8C」の文字があるのだ。字体も含めてロゴがそっくりである。「H」を「R」に変えただけ、という連想が浮かんだのはやむを得まい。ロゴを見たらだれでもそう思うのではないだろうか。しかし違ったのである。カタログのキャッチ・コピーには、こうある。

 「M16Cの高性能と、『H8/300 Tiny』の使いやすさを継承」

 そして、カタログの中心には、M16Cの流れとH8 Tinyとの交点に置かれたR8C/Tinyが描かれている。すると、日立製作所のH8と三菱電機のM16が合体したのが、R8C/Tinyということになりそうだ。H8は、「8」と付いているので、8bitマイコンのように思えるが、実際には8bitに留まらず、16bitから32bitのエントリー領域までをカバーしている。16bitを中心に32bitクラスをカバーするM16とは、完全に競合関係にあったはずだ。例えていえば、新選組と海援隊が合併したというか、ハブとマングースのキメラ*1というか、カタログの第一印象ではそんな意外な感じを受けた。でもカタログをよく読むと、またまた違ってしまった。

*1 ギリシャ神話に登場する怪物。ライオンの頭、羊の体、蛇の尾を持つ。


 結論からいえば、R8C/Tinyは三菱電機のM16コアをベースに、組み込み向けで最近人気の出てきた小ピン化を施して、ローエンド向けとしたものであった。結局、中身はM16Cである。最初見逃してしまったが、実はR8Cの「C」という3文字目にこそ、その素性が現れていたのだ。H8との接点は、日立製作所系が強い小ピン向けのインサーキット・エミュレータ(ICE)*2のインターフェイスをH8互換としただけにあるようだ。多分、開発用ソフトウェアをH8のものと入れ替えれば、既存のH8用の低価格エミュレータが使えるだろう。そう思ってよくみればカタログの表紙には、小さくM16Cのロゴも入っていた。でも、「R8C/TinyがM16Cと同じアーキテクチャです」とすぐに分かるような書き方をしていないところが絶妙だ。

*2 マイコンを利用した機器を開発する際に用いる開発支援装置。


R8C/Tinyシリーズのロードマップ R8C/Tinyシリーズのロードマップ
R8C/Tinyシリーズは、図のように機能を追加し、製品ラインアップが増えていく予定だ。

大規模な製品ラインアップを持つルネサスの未来

 このR8C/Tinyを出したルネサス テクノロジの意図を明確には読み取れないでいる。実は合併によりルネサスが製品系列を整理するのではないか、という観測もあったのだ。だが、ルネサスは真っ向から否定し、「どの製品系列も維持する」と明言しているのだ。何せH8シリーズにせよ、M16シリーズにせよ、既存顧客が多い上、それでご飯を食べているソフトハウスやシステムハウスも多い。ばっさりと、製品ラインから削ってしまったら大問題になるのは必至である。顧客の大事なソフトウェアやハードウェアの資産がマイコンの上に載っているからだ。日本的感覚からすると、顧客の投資を無駄にすることは避けたい。問題先送りを図りたいところだろう。

 しかし、このままであれば銀行の合併と一緒で、合併したけれど支店の統廃合は遅々として進まず、という状態だ。そういう観点から再びR8C/Tinyを見ると、「R」を冠して既存のH8 Tinyにかぶるエリアに製品ラインをぶつけたというのは、整理統合の水面下での第1歩、残るのはM16シリーズの方じゃないか、と勘ぐりたくもなる。でも、H8シリーズがなくなるなんてことは有り得ないという声も聞こえてくる。

 結局のところ、ローエンド小ピンのところが弱かったので、M16シリーズのラインアップに空いていた「穴」を埋めたというのが真相なのかもしれない。それが、たまたまルネサス テクノロジになって最初のシリーズなので、何の考えもなく「R」などという名を付けただけなのだろう。だが、ルネサス テクノロジがその巨大な全マイコン・ラインを見据えた上で、統一した意図のもとに動き始めたのであれば、R8C/Tinyは小さな石だが大きな意味を持つ石になる。そうでなければ、巨人ルネサスが結局は寄せ集めであることを露呈したにすぎないことにもなる。いまはまだ本当のところは分からない。この判断には、ルネサス テクノロジのマイコンに対する次の一手、二手を注意深く見てみる必要があるだろう。

■関連リンク


筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


「頭脳放談」のインデックス

頭脳放談

Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.

編集部からのお知らせ

8月8日10時30分〜16時30分の間、システムメンテナンスのため記事の一部表示や資料のダウンロードができなくなります。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。