第43回 使い古しの半導体工場はMEMSで生かせ?頭脳放談

90nmや65nmといった最先端の半導体製造技術が話題になる一方、古い半導体工場が次々と閉鎖されている。だが古い工場を生かす道が……

» 2003年12月19日 05時00分 公開
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 NECとNECエレクトロニクスは、12月7日から10日の4日間にわたって米国ワシントンDCで開催された半導体デバイスに関する国際会議「2003 IEEE International Electron Devices Meeting(IEDM 2003)」において、「ゲート長5nmのトランジスタの動作に成功した」と発表した。IBMも、ゲート長6nmのトランジスタの動作に成功したと発表している。ただ、IBMの方は、特殊な構造を採用したSOI(Silicon On Insulator)なので、ごく普通のバルク・トランジスタを採用したNECの方が新聞などでは大きく扱われたようだ(SOIについては「第10回 SOIは夢のテクノロジーか?」を参照のこと)。

 ゲート長5nmといわれてもピンと来ないかもしれないが、Intelが2004年に出荷するという量産としては最先端の90nmプロセス製造を採用した次期Pentium 4のゲート長は50nmほどといわれている。すごく単純に計算すれば、ゲート長は1/10になるので、同じ面積ならば100倍のトランジスタが実装できることになる。一方、ゲート長が500nm(0.5μm)だったのは、Pentium-90Mz/100MHzが登場する1994年のことだ(正確には、Pentium-90MHzは0.6μmプロセス製造でゲート長は約0.6μm)。つまり、約10年間で1/10のゲート長を達成したわけである。ただ、50nmから5nmへの道は、10年ではすまなそうだ。この原稿を依頼するメールには、編集担当者から「これで私が現役の間は大丈夫」というコメントが付いていたが、多分さらに老い先短いと思われる筆者の場合には、大丈夫過ぎるくらい大丈夫なほど先の話となりそうだ。たぶん、このゲート長5nmのトランジスタが量産化されるのは20年後だろう。

 そうは思うのだけれど、別の感想も持ったのは事実である。「あとちょっとしかない……」と。原子の大きさを考えれば、もう数十個単位でしかないところまで来ているということである。さらに、この先1桁小さくできるかどうか。1桁は可能でも、2桁は物理的にあり得ないのだ。すぐ先にある微細化の壁を乗り越えるためには、いままでとは異なる世界を切り開くしかない。多分、だれかがそれをやるであろうし、それは壁に直面してからでなく、壁に直面する前に起こるであろう。すると5nmのバルク・トランジスタを見る前にパラダイムが変わる可能性もある。もしかすると現在の半導体業界が完全にひっくり返り、みんなで右往左往することになるのかもしれない。それを見てみたいと思う半面、自分が育った世界がなくなるかもしれないという不安感もあり、多少メランコリックな気持ちになる。

古くなったファブの使い道

 さて、5nmや6nmという先端の研究から振り返ってみれば、ずっと前に壁に当たってしまった人々がいることに気付く。すでに先端の半導体ファブ(半導体製造工場)への投資規模は数千億円に達しているから、この先もトレンドにのって先端の工場を持てるのはわずかな会社にしか過ぎない。それどころか、現在の一般レベルである0.18μmプロセスにもついていけず、とっくに新しいファブをあきらめた会社も多いはずだ。また、先端工場を持っている会社でも、世代が古くなった工場がたくさん残っている。そういった古いラインは、とっくの昔に壁に当たってしまったと、ある意味いえるだろう。彼らはどうしたのだろうか?

 もちろん、古いファブはさっさと閉じてしまい、ファブレスになり、ファウンダリの新鋭工場を使って先端を追いかけるというのも1つの解である。特に先端のマイクロプロセッサやグラフィックス・チップを作ろうというのであれば、そうせざるを得まい。製品の性格上、微細化による高速化と高密度化が必須の領域だからだ。

 そうでない場合に多いのは、先端の微細なファブでは物理的に作りにくい物を作るという選択である。例えば、高い耐電圧の必要な駆動系のデバイスだ。物理的に大きな駆動能力が必要とされる領域では、数十Vから数百V、あるいはそれ以上といった電圧に耐える必要がある。そのようなデバイスは物理寸法そのものが大きく、絶縁膜や配線などの膜も厚いものが必要となるため、逆に微細なトランジスタを製造するプロセスには向いていない。ほかにも選択はいろいろあり得るが、古い製造ラインのほとんどは、微細化に向いていない古いプロセスに適した用途を何らかの形で見出すことで、活路を開いているといってよい。ただし、そうした市場はニッチであり、大きな成長の可能性はあまりなさそうだ。

古いファブでMEMSを作る

 そんな中で、古い半導体生産ラインを活用しつつも、新たな世界に活路を見出すところが現れている。「新たな世界」とは「MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)」と呼ぶ技術のことである。端的にいえば「電子顕微鏡でしか見えないような××」を作ったといったようにときどき紹介される「ナノテク」の1種だ。ただしナノテクの場合、半導体製造プロセスを使わないアプローチもある。MEMSは、半導体側からの「ナノテク」へのアプローチなのだ。

 現在、最先端の半導体ファブでは直径10インチ以上のウエハが採用されているが、一番多いのは8インチである。一方MEMSでは、4インチといった小さなウエハ(=古いライン)を使うファブでも活躍可能だ。逆にいうと大きな口径の先端ファブでMEMSを作っているところはない。

 MEMSは、ウエハの上にトランジスタを形成するのでなく、ウエハを削って機械的な形状を作り出す。まさに機械加工である。フライス盤とかボール盤とかでやるような仕事を、ウエハ上でミクロ/ナノの単位で実現していくのである。たださすがにMEMSの場合、旋盤加工そのものの工程はなく、ウエハ・プロセス(半導体プロセス)を応用することで加工を行う。微細な可動部分を作ることもできる。

 しかし、通常の機械加工と異なるのは、ウエハ・プロセスで加工するので、ウエハ上に敷き詰めたMEMSのパターンが同時に加工されることだ。これはメモリやプロセッサなどを作るときと同じである。通常の機械加工のように数に制限されることなく、大きな量産効果が得られる可能性がある。テクノロジ的には半導体製造プロセスに起源を持つものが多いが、現時点では、通常の半導体プロセスとはまったく互換性がないところまで独自進化してしまっている。例えば、一部の半導体メモリ・プロセスなどではトレンチと称して半導体に溝を掘ったりするのだが、MEMSプロセスではこのような技術が極端に進化しており、異方性エッチングによって幅が数μmに対して深さ数百μmなどという深い溝を掘ることも可能となっている。また、可動部分の動作する空間を作りだすために犠牲層エッチングなどいう特殊な技術も開発されている。

 MEMSというと、最先端の特殊な技術であり、製品化はこれからという印象を持っているかもしれない。しかし、多分すでにMEMSの応用製品を目にしているはずだ。一部のプロジェクタに採用されているDMD(Digital Micromirror Device)などはMEMSの応用といってよいだろう。このデバイスの場合、半導体プロセスによるメモリ回路の上にMEMSプロセスで作った可動ミラーを重ねることで、電子的なスイッチングを光の反射に変換している。また、ある会社のインクジェット・プリンタでは、ヘッド部分にMEMS技術を応用し、微小ノズルを形成している。そのほか、圧力センサや流量センサ、加速度センサといった各種のセンサ類でMEMS技術が応用されている。MEMSセンサと半導体回路を重ね合わせることで非常に小さく、かつ能動的に測定ができるセンサを作り出せる可能性がでてきている。

Texas InstrumentsのDMD Texas InstrumentsのDMD
多くのプロジェクタに採用されているDLP(Digital Light Processing)も、MEMSをベースとしたDMDを基本コンポーネントとしている。チップの銀色部分がDMDである。ここには、約14〜17μmの小さなミラーがMEMSにより作られており、このミラーを±12度に傾けることで、光の反射を制御し、オンとオフを実現している。

MEMSの次のターゲットは無線分野?

 さらに注目が集まっているのは、RF(Radio Frequency:高周波)の分野への応用である。「RF-MEMS」と称している。MEMSによって、機械的なスイッチや可変容量、フィルタやインダクタンスなどRFに必須の素子を作り出すのである。もともと一般的なLSIなどの場合、トランジスタなどの能動素子は作りやすいが、キャパシタや抵抗などの受動素子は作りにくく、インダクタンスは一番の不得手なのである。それに対して、GHzといった単位の周波数帯ではMEMSによる機械的な素子の方が特性、消費電力などで有利だといわれている。

 こうして見ると、超小型のMEMSセンサを半導体回路で駆動してデータ処理し、RF-MEMSで送信することがそう遠くない将来に可能になりそうだ。そしてそういったコンポーネントを元に、生体の神経系のような微妙かつ巧妙なシステムが構築できるようになる可能性がある。古いファブが新たな世界を開く可能性の1つとなるかもしれない。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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